34話:波乱万丈
前回までの死闘が嘘みたいに、今日はちょっと肩の力を抜いたお話です。
神宮寺も真鴉も輝も水瀬も、それぞれ疲れがまだ抜けてないはずなのに、日常ってやつは普通に流れていく。
寮での新しい生活、変なルール、変な設備、変な住人。
気がつけば、戦いよりも面倒くさいことが多いかもしれない。
怪我人はまだ寝ぼけてるし、元気なやつは相変わらず騒がしいし、
神宮寺は初めての“寮暮らし”にどう反応するのか──そこも見どころ。
普段の呼吸を取り戻すような小休止。
緩くて、ちょっと笑えて、でもどこか続きが不穏な日常編です。
【登場人物】
主人公:気道 輝
真鴉 隼
神宮寺 泰斗
天城 朔夜
ドアが閉まった瞬間、ぱっと室内の灯りが点いた。
眩しさに思わず目を細めながら、全員が無言で周囲を見回す。白い壁、静かな空気、妙に広い共有スペース──まるで新品の箱の中に閉じ込められたような感覚だった。
その場の中心で、天城が軽く手を叩く。
天城「では、まず部屋割りを行います」
そう言って、天城は一人ひとりに紙を手渡していく。
受け取った紙を開くと、それぞれ数字だけが書かれた簡素なものだった。
天城「その紙に記された番号の部屋が、あなたの部屋です。
荷物を置いたら、もう一度ここに集合してください」
淡々と告げる天城の声が、寮の静けさに吸い込まれていった。
荷物を抱え、それぞれが自分の部屋へと向かう。
輝は指定された部屋の前に立ち、少し緊張した面持ちでドアノブへ手を伸ばした。
──その瞬間、
カチ、と同じタイミングで別の手がノブに触れる。
輝「……え?」
真鴉「……は?」
2人の視線がぶつかった。
お互い、まるで鏡を覗き込んだかのように同じ表情で固まる。
一拍置いて、同時に叫んだ。
「なんでお前なんだよ!!」
廊下にその声が響き渡った。
隣の部屋の前で鍵を差し込もうとしていた神宮寺が、盛大な叫び声に眉をひそめた。
神宮寺「ああもう……隣、お前らかよ。」
ドアノブの上で手を止め、肩を落とす。
真鴉「……なんか文句あんのかよぉ!」
神宮寺「文句しかねぇよ。うるせぇ。壁薄かったら殺すぞ。」
輝「えぇぇ!? 物騒すぎるだろ!」
神宮寺はため息をひとつつくと、自分の部屋のドアを開けながらぼそりと漏らす。
神宮寺「……頼むから静かに寝ろよ。俺まで眠れなくなる。」
そう言い捨てて部屋へと消えていった。
2人は神宮寺の背中が見えなくなるまで無言で見送り、そのまま自分たちのドアを開けた。
部屋の灯りがつき、思ったより広い空間が現れる。
輝は安堵の息をつきながら荷物をベッド脇に置いた。
その横で真鴉がニヤッと笑い、肩をすくめる。
真鴉「……ご愁傷さま。
俺と同室はな、けっこうキツいぞ?」
輝は振り向き、まじまじと真鴉の顔を見る。
輝「お前が何言ってんだよ!? 寝相悪いとかイビキかくとか、そういうやつか?」
鴉は腕を組み、得意げに顎を上げた。
真鴉「半分正解だ」
輝「やめろよ! 地獄の同室じゃん!」
そんなやり取りがしばらく続き、2人ともようやく荷物の整理に取りかかった。
さっきまでの戦闘の緊張が嘘のように、部屋にはほどよい騒がしさと笑いが満ち始めていた
全員が荷物を置き終え、ぞろぞろと寮の共用スペース──“ホーム”へ戻ってくる。
足音が重なり、ざわつきが起き始めたその中心には、すでにソファーで腰をかけている天城と、関西訛りの大柄な男がいた。
2人は何やら真剣な表情で話している。
天城「……つまり、霊力というのは鍛錬でどうにかなるものではなく、素質と覚悟の兼ね合いで──」
関西弁の男は腕を組みながら、興味深そうにうなずく。
???「なるほどなぁ。せやけどウチかて霊力くらい──」
その瞬間、彼は口を途中で止めた。
視線の先――ほかのクラスメイトたちが続々と集まってくるのが見えたからだ。
関西の男はニッと笑い、手をひらひらと振ってから一歩、二歩と後ろへ下がる。
天城は涼しい顔でソファーに姿勢を正し、集まった7人をゆっくり見渡した。
場の空気には、霊力の話を途中で切った男の“引っかかる笑み”が薄く残ったまま、微妙な緊張が流れ始めた。
天城が話を切り出そうとした、その瞬間だった。
太った男「飯は!? 飯の時間はいつなんですか!! もう腹減って死にそうなんですけど!!」
いきなりの大声に、その場の空気が止まる。
天城は一度だけ瞬きをし、男へ視線を向けた。
天城「……まず説明を聞いてください。食事は規定の時間に──」
太った男「いやいやいや! 食べないと無理ですって! さっきの森でイノシシ食ったけど、あれじゃ足りないんですよ!」
周囲の全員が「イノシシ……?」とざわつく。
天城は淡々と確認するように問い返す。
天城「……そのイノシシを、倒れた妖怪の亡骸を椅子にしながら焼いて食べていた、あの行為のことですか?」
全員の視線がゆっくり太った男へ向く。
太った男「……はい。椅子として優秀だったので……」
輝「いや優秀とかじゃねぇよ……!」
真鴉は目を細め、肩を震わせながら
真鴉「妖怪を……椅子に……?」
と呟き、ツボに入りかけている。
天城はため息をひとつ落とし、冷ややかに告げた。
天城「説明が終われば勝手に食べてください。では──話を続けます。」
あまりにマイペースすぎる“胃袋の怪物”の登場に、ホームの空気は妙な方向へとざわつきながら、天城の説明が再開された。
天城はテーブルの前に立ち、落ち着いた声で説明を再開した。
天城「まず、ここ──ホームを中心として説明します。
こちらから見て左手に食堂があります。食事は基本そこで取ってください。
右手には、先ほど皆さんに見てもらった各自の部屋が並んでいます。
一番奥には浴場とトイレがあり、男女でしっかり分かれていますので安心してください。
それから──二階には我々教師陣の部屋があります。ですが、普段会うことはあまりありません。授業のときくらいでしょうね。何せ曲者揃いですから。授業を通して、ゆっくり理解していってもらえればと思います。」
説明の最後で、天城は僅かに意味深な笑みを浮かべた。
その表情を見た瞬間、全員の背筋がひやりと冷える。
まるで「これからもっと面白いことになる」とでも言いたげな、そんな笑みだった。
天城は静かに指を組み、視線をゆっくり全員へ向けた。
天城「それから──もう一つ大事なことがあります。
たまに二年生の“やんちゃ”な連中が様子見に来ることがあります。ちょっかいをかけてくる者もいますが……限度を超えていれば我々が止めます。
ですが、基本的な対処は自分たちでお願いしたい。
この学園は“自立”が第一ですからね。」
そこまで言うと、天城の目が楽しげに細まる。
そして、皆が密かに不安に思っていた話題へと触れた。
天城「さて──皆様が特に気になっているであろう“三年生”の存在についてですが……」
室内の空気が、急にひんやりと重くなった。
真鴉が眉をひそめ、輝はごくりと喉を鳴らす。
誰もが“その話だけは聞きたくない気がする”と直感する。
天城は淡々と続けた。
天城「三年生は……一言で言えば“別格”です。
私たち教師陣ですら、彼らには手を焼きます...」
その言葉に、全員の心臓がわずかに跳ねた。
天城は椅子の背にもたれ、薄く笑う。
天城「とはいえ、皆さんが遭遇することは滅多にありません。
もっとも──遭遇してしまったなら、その時は……」
沈黙。
天城の微笑だけが、妙に深い意味を帯びていた。
真鴉が手を挙げ、少し眉をひそめながら口を開く。
真鴉「なぁ天城さん。……2年と3年の人数ってどれくらいなんだ? そこ、大事じゃね?」
天城は腕を組んだまま視線だけを真鴉へ向け、静かに答える。
天城「2年生は三名。そして三年生は二名です」
淡々とした声に、周囲の数人が小さく息を呑んだ。
数字だけなのに、どこか重みがある。
天城は続けて言う。
天城「どちらも問題児揃いですので、関わる際は十分にお気をつけて」
天城は少し咳払いし、全員の視線が自分に向いたのを確認してから静かに告げた。
天城「――とりあえず、本日は以上です。
疑問があれば、二階へ上がってすぐの部屋が私の居住地なので、質問しに来ていただいてもかまいません」
淡々とした口調だが、“自分から来い”という姿勢は相変わらずだ。
ホームにいた面々は顔を見合わせ、少し気まずい空気が流れる。
天城は軽く一礼し、ソファから立ち上がると、そのまま踵を返して階段の方へと歩き出した。
途中、振り返ることもなく階段を上っていく。
教師の気配が完全に消えると、残された生徒たちにようやく緩んだ空気が戻り始める――。
ホーム内が静まっていく。
全員の顔に疲労の色が濃く滲んでいた。
それを見て、誰からともなく「……寝よ」と小さく漏れ、自然と流れができる。
生徒たちは重たい足取りで、それぞれ割り当てられた部屋へと戻っていった。
部屋に戻った真鴉と輝は、ベッドを見た瞬間に限界を悟る。
輝「……無理、寝る……」
輝が言いかけた言葉は、最後まで形になる前に消えた。
真鴉も同じく、布団に倒れ込んだ瞬間に意識が落ちる。
会話など挟む余裕すらなく、2人はまさに“気絶するように”眠りへと沈んでいった。
寮の廊下には、部屋ごとに扉が閉まる音だけが順々に響き――
次第に静けさが支配していった。
寮が完全に静まり返ってから、およそ二時間後のことだった。
暗い部屋の中、真鴉のベッドがわずかに揺れ始める。寝返りにしては不自然なほど大きく、断続的だ。
隣のベッドで眠っていた輝は、その振動で目を覚ました。薄暗い中、真鴉の方へ目を向ける。
真鴉はシーツを握りしめ、肩を震わせながらうなだれていた。
輝「……真鴉? おい、起きてるのか?」
返事はない。
呼びかけようと身を起こした瞬間――
真鴉「やめろッ!!!」
部屋が揺れるほどの叫び。
輝は息を呑んだ。
真鴉「俺から……全部奪うな……ッ!!」
真鴉の声は怒号というより、悲鳴に近かった。押しつぶされるような苦痛がにじんでいる。
続けて、途切れ途切れの声が漏れた。
真鴉「……殺しちまって……ほんと……すまねぇ……」
涙が頬を伝い、枕へと落ちる。
輝は呆然とその光景を見つめながら、自分の喉がきつく締め付けられるのを感じた。
輝「……真鴉。大丈夫だ、起きろ。ここにいるのは俺だ。お前はひとりじゃねぇ」
声をかけても、悪夢の底へ沈んだ真鴉の意識には届かない。
真鴉の荒い息がようやく落ち着くのを確認し、輝はふぅと小さく息を吐いて布団へ戻った。
真鴉はもう苦しそうではなかった。
輝はそのまま眠気に引きずられるようにして再び目を閉じた。
──そして、次に目を覚ました時。
真鴉の布団は乱れたまま、空っぽだった。
輝「……いない」
ぼんやりした頭で時計を見ると、短針はきっちり 12時 を指していた。
寝癖を手で押さえながら輝は洗面台で歯を磨こうと部屋を出る。
すると──廊下の先、食堂方向から何やらざわざわと人の声が響いていた。
ガヤ……ガタッ……「ちょ、やめろって!」
どう聞いても穏やかではない。
輝(なんだ……? この時間に騒ぎ?)
まだ半分寝ぼけた頭が一気に覚醒する。
輝は歯ブラシを握ったまま、音のする食堂へと足を向けた──。
食堂へ向かった輝が目にしたのは、喧騒の中心で掴み合い寸前の真鴉と神宮寺だった。
真鴉が神宮寺のトレイに手を伸ばし、パンをつまみ取ろうとしている。
神宮寺「おい真鴉! それ俺のだって言ってんだろ、自分の食えよ!」
神宮寺が怒鳴る
しかし真鴉も負けていない。
真鴉「いいじゃねぇかよ! 足りねぇんだよ俺は! 朝から腹減って仕方ねぇんだよ!」
神宮寺「知らんわ! だったら追加で取れって!」
真鴉「もうねぇんだよバカ!」
食堂の生徒たちがざわつく中、天城がゆっくりとコーヒーを啜りながら二人を眺めていた。
天城「……あの二人、朝から元気ですねぇ。まぁ、止めるのは輝くんに任せましょうか。」
完全に職務放棄だ。
輝はため息をつきながら2人の間に割って入った。
輝「はいストップ! 真鴉、神宮寺の昼飯奪うとかやめろ。神宮寺、お前も売り言葉に買い言葉すんなって。」
2人は輝を挟んで睨み合うが、そのうち神宮寺がぷいっと顔をそらす。
神宮寺「……ったく、朝から面倒くせぇんだよ。」
真鴉は真鴉で、奪いかけたパンを渋々トレイに戻しながら、
真鴉「腹減ってんだよ……。昨日は色々ありすぎて腹も減るだろ……」
とぼそっとこぼす。
すると厨房の奥から職員の女性が顔を出した。
女性「追加の分、今ちょうど焼けましたよ〜。喧嘩しないで食べてくださいね〜」
真鴉の顔が一瞬で明るくなる。
神宮寺が呆れつつも笑う。
神宮寺「……単純だなお前。」
輝が味噌汁とご飯を受け取り、空いた席へ腰を下ろしたちょうどその横で、真鴉はまだ食堂中に響く声量で文句を言っていた。
真鴉「肉はねぇのか!? 肉! さっきあのデブ全部食って早々に部屋帰りやがったんだよ!」
配膳していた女性が苦笑しながら肩をすくめる。
女性「今日はパンとスープがメインなんですよ。お肉は夜に出しますから我慢してくださいね」
真鴉「我慢できるかよ! 俺ぁ育ち盛りなんだぞ!」
神宮寺「年下の気道の方が落ち着いてんな」と突っ込みつつ、皿を死守したまま椅子に座り直す。
輝は味噌汁をすすりながら横目でそのやり取りを見て、ため息をひとつ落とした。
輝(朝っぱらから元気すぎるんだよ、こいつら……)
しかし、真鴉はようやくパンを確保すると満足そうに席へ向かった。その途中で輝を見つけ横に座る
真鴉「おう!気道 おはよう!」
輝「……おはよ」
真鴉「元気ねぇな気道」
輝「そうか?」
真鴉は鼻を鳴らし、パンをがぶりと噛んだ。
食堂には、遅れて起きてきた一年生たちの気だるい空気と、慣れない環境に漂う微妙な緊張感が入り混じっていた。
その中で真鴉と神宮寺の喧嘩だけが、無駄に朝の活気を作り出している。
輝は再び味噌汁に口をつけながら、ふと今朝の夢――いや、真鴉のうなされ声を思い返した。
輝(……あれ、夢じゃないよな)
けれど、聞くタイミングではないと悟って言葉を飲む。
代わりに、日常の調子のまま真鴉へ声をかけた。
輝「……で、夜飯は肉出るらしいぞ。楽しみにしとけよ」
真鴉はパンをもぐもぐしながら、妙に嬉しそうににやりとした。
真鴉「最っ高の一日になりそうだな!」
輝はその能天気さに、少しだけ救われる気がした。
今回は、訓練校での生活が本格的に始まった回でしたね。
命のやり取りをくぐり抜けてきたメンバーが、「部屋割り」「食堂」「寮の説明」といった日常へ放り込まれた瞬間、まるで別世界に来たような空気になったのが印象的でした。
真鴉と輝の同室コンビは相変わらず騒がしく、神宮寺との距離感も安定のツッコミ合い。
そして食堂では、昨日の死線が嘘のようにパンを巡って喧嘩が始まり、誰かが全部食べる問題が発生し、食欲は戦闘より熾烈ということを証明してくれました。
しかしそんな中でも、真鴉の深夜の悪夢が静かに影を落とし、彼の抱えるものが “ただの騒がしさ” ではないことを示す回でもありました。
仲間たちが騒がしく日常を過ごす裏で、彼だけが別の痛みを抱えている――その対比が次の波乱を予感させています。
次回は、日常の裏に潜む不穏さがより明らかになっていくことでしょう。
平穏のようで平穏でない、そんな“嵐の前の静けさ”を楽しんでいただければ幸いです。
次回35話ーー霊力




