24話:邂逅
惨劇の夜から、日常は再び動き出した。
慶作による無差別殺人――警察はそう結論づけ、真実は闇に葬られた。
神田の証言も退けられ、佐山は心を閉ざし、輝は記憶を失った。
学校では父の罪が烙印のように輝を追い、冷たい視線と嘲笑が降りかかる。
だが、教師の叱責と友の支えにより、かろうじて彼は日常へと踏み出す。
寺へ戻った輝を待っていたのは、師である三郎、そして仲間。
しかし――平穏に見える日々の裏側では、すでに新たな影が忍び寄っていた。
【登場人物】
主人公:気道 輝
女郎蜘蛛
夜更け。寺は静寂に包まれていた。
畳に寝転がっても、どうにも眠気はやってこない。
胸の奥が妙にざわついて、呼吸も落ち着かない。
輝「……カレー...食うか...」
鼻をかすめたのは、夕飯に食べたカレーの残り香。
煮込まれたスパイスの匂いがまだ台所の方から漂ってくる。
昼間なら食欲をそそるはずの香りも、真夜中に嗅ぐとどうにも胃が重く感じられる。
輝「……夜にカレーは……もたれるな」
ぼそりと呟いて、のれんを押し分け外に出る。
軒先に腰を落とすと、夜風が火照った頬を撫でていった。
虫の声がかすかに響き、星々が澄み渡る空に瞬いている。
ひときわ大きな夏の星座が、暗い天幕に広がっていた。
見上げながら、輝はふと息を止める。
胸の奥に浮かぶ、霧のように掴めない記憶。
思い出そうとすればするほど、こめかみの奥がじんわりと痛み、ただ拳を握りしめるしかなかった。
輝「……俺って何なんだろうな...」
夜気に溶ける小さな声。
星々は何も答えず、ただ静かに瞬き続けていた。
輝はふっと力を抜き、のれんから背を外すと、そのまま仰向けにバタリと倒れ込んだ。
瞼を閉じれば、夜風が頬を撫でていく。涼しさとともに、昼のざわめきが遠のいていくようで心地よかった。
草が風に揺れる、さらさらとした音が耳に届く。
輝は目を閉じたまま、その響きに耳を澄ませた。
――だが。
やがて、違和感が混じり始める。
風の流れに逆らうように、ざわりと草が揺れた。
またひとつ、またひとつ。
規則性のない重たい気配が、確かにそこにあった。
輝「……風じゃ、ない……?」
鼓動がひときわ強く鳴り、耳の奥で反響する。
闇の中で、何かがこちらに近づいてくる――。
輝は反射的に上半身を起こした。
心臓の鼓動が耳を打つ。
視線は草むらへ――ただひたすら、そこに釘付けになる。
月明かりに照らされた草が揺れる。
風に流されているのか、それとも。
目を凝らせば凝らすほど、暗がりが深まり、形の定まらぬ影が揺れて見える。
喉がひとりでに鳴った。
輝「……誰だ……?」
答えはない。
ただ、草むらの奥で“何か”が動いた音だけが、静かな夜を裂いていた。
風が強まる。
ざわざわと草が大きく揺れ、その奥から確実に“何か”が近づいてくる気配。
輝は息を呑み、思わず立ち上がった。
拳を握り、足を開き、全身に力を込める。
――来る。
次の瞬間、草むらを割って姿を現したのは――蜘蛛の影。
艶やかな脚が月光を反射し、黒い体毛が夜風に揺れる。
輝「……っ!」
構えた輝の瞳が大きく見開かれた。
輝「……女郎蜘蛛!」
声が震える。だがそれは恐怖からではなかった。
思わず口元が緩む。
輝「ははっ……!あんたか!」
それは死神と死闘を繰り広げたあの日以来の再会だった。
緊張でこわばっていた身体から、熱が一気に解
け落ちていく。
女郎蜘蛛は一瞬、脚を止めて輝を見つめた。その瞳が鋭く光る。
女郎蜘蛛「……えっ、まさか……あんた、あの時の……?」
輝「そう!覚えてるか?あの死神との戦いの時!」
女郎蜘蛛の黒い脚がわずかに震え、驚きが隠せない様子だった。
女郎蜘蛛「……なんでここに!」
あの時の緊張と恐怖を思い出したのと、再会した喜びを心の奥に隠しながら輝が話し出した
輝「話があるんだ!女郎蜘蛛!」
女郎蜘蛛は少し首を傾げた。闇夜の月光を浴びて、黒光りする脚がきらりと揺れる。
その瞳には、驚きと戸惑い、そしてほんの少しの興味が混ざっていた。
輝は深く息を吸い、心を決めたように言葉を続ける。
輝「実は……禍津学園って所のことなんだけど……」
女郎蜘蛛「……禍津学園って、あの……?」
彼女の声は一瞬、硬さを帯びる。
輝「知ってるの?」
女郎蜘蛛の瞳がさらに鋭く光った。まるで鋼の針のように鋭い視線だった。
女郎蜘蛛「……知ってるわ。私と同じ志を持つ同志が、そこにいるから。」
輝「志...あぁ、前言ってたね!やる事があるって...」
女郎蜘蛛はふっと目を伏せる、
女郎蜘蛛「そう、でも今はちょっと停滞気味ね。」
輝「なるほど、でさ...そこでお願いなんだけど、その禍津学園に着いてきてくれないかなって...」
輝は迷いなく、真剣な目で彼女を見据えた。
輝「禍津学園で大切な人を守る力を学びたいんだけどさ...俺、非力すぎて心細いんだ。仲間として……ついてきてほしい」
女郎蜘蛛は長い沈黙の後、ゆっくりと輝を見つめ返した。月光に照らされたその瞳は、どこか遠い過去を映しているようだった。
女郎蜘蛛「……仲間。懐かしい響きね……」
輝「……?」
女郎蜘蛛は小さく笑い、しかし次の瞬間、その笑みは切なげに歪んだ。
女郎蜘蛛「輝、ちょっといいかしら?」
輝「いいよ……?」
女郎蜘蛛「私ね、昔……すっごく仲の良い友達が一人いたの。あの頃は、何気ない一時を共に過ごして……ずっと続くんだって信じてた」
彼女の声は淡々としていたが、その奥に深い痛みが隠れていた。
女郎蜘蛛「でも……急に終わりは来たの。名前も分からない。分かったのは、黒い翼を持つ妖怪だってことだけ」
輝の喉が音を立て、唾を飲み込む。
女郎蜘蛛「真っ暗な夜道を、その子と歩いていた時だった。現れたのよ。抵抗する間もなく、その子は連れ去られてしまった……。私は小さかったから気づかれなかったけど」
輝「……」
女郎蜘蛛「それから私は、その子を探す旅に出た。けれど掴めた情報は一つもない……。途方に暮れていた時に、あのバスで君たちに出会った。そして今、二度も再会した。これは……何か運命の歯車が動いてるのかもしれない、そう思うの」
輝「運命の……?」
女郎蜘蛛「そう。会うべくして会った、みたいな。……馬鹿げてる話だけどね」
輝は目を見開き、すぐに力強く言った。
輝「なるほど、事情は分かった。……よしっ!その妖怪探し、俺が手伝うよ!」
女郎蜘蛛「えっ……?」
輝「その代わり、俺たちのことも手伝ってほしいんだ!」
女郎蜘蛛「手伝い?……今は何をしてるの?」
輝は指を立てて数えた。
輝「まず一つ!学校の七不思議の捜索!二つ目!禍津学園で学びを得る!今のところは、この二つ!」
女郎蜘蛛は思わず肩を落とした。
女郎蜘蛛「それだけって……一つ一つが大仕事なのよ!でも……そうね。私の目的も手伝ってくれるなら……いいわ。あんたについて行ってあげる」
輝「ほんとに!?ありがとう!」
女郎蜘蛛は釘を刺すように、すっと脚を伸ばして言った。
女郎蜘蛛「ただし、勘違いしないで。私は戦闘はからっきし。力じゃ役に立てないわ。知識と情報、それだけ」
輝は大きくうなずいた。
輝「十分すぎるよ!じゃあ……これからよろしくな、女郎蜘蛛!」
女郎蜘蛛はふっと微笑み、夜風に揺れる黒い影が月光に溶けていった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
今回は久しぶりに女郎蜘蛛が再登場しました。輝との再会シーンは、僕自身も書きながらちょっと胸が熱くなりました。
やっぱり再登場キャラって強いですね、過去に繋がりがある分、会話のひとつひとつに重みが出てくる気がします。
それから、女郎蜘蛛の過去に少し触れました。
大きな黒い翼を持つ妖怪...どこかで聞いたことがあるような...ないような...。これは今後、確実に物語に絡んでくる要素です。
輝たちが進もうとしている「禍津学園」と、女郎蜘蛛が追い続けている影。
この二つが交わるとき、どういう展開になるのか――僕自身も楽しみながら書いていこうと思います。
次回は禍津学園に入る前の準備や、仲間たちとの合流も描いていく予定です。
ますます濃くなっていく「学園編」、どうぞお楽しみに!
次回25話ーー放課後の約束




