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霊業  作者: まんらび
2章
22/46

22話:止めたかった日常

ようやく辿り着いたはずの一時の安全が、再び残酷な現実に塗り替えられます。


慶作を失った衝撃がまだ胸に残る中、輝と知子は逃げ延び、束の間の安堵を感じるはずでした。しかし、鴉天狗の魔の手はまだ終わっていません。今回は、母・知子が輝を守るために覚悟を決め、最悪の選択を迫られる瞬間を描きます。


彼女の決意、そして命を懸けた愛は、輝にとっても読者にとっても痛切で、避けられない運命の一幕となるでしょう。日常の中での安らぎが、無慈悲に砕かれていく――その瞬間を、ぜひ見届けてください。

【登場人物】

主人公:気道 輝

気道 知子

五十嵐 三郎

鴉天狗

三郎「しっかり掴まれッ!!」


知子と輝を後部座席に押し込むと同時に、三郎はハンドルを切り、アクセルを踏み込んだ。

タイヤがアスファルトを焦がし、車体が揺さぶられる...


知子「はぁ……はぁ……!」

輝「……ッ……お父さん……」


後部座席で必死に涙を堪える輝を抱きしめ、知子はただ震える声で「大丈夫、大丈夫」と繰り返すしかなかった。


三郎「知子が約束の場所と真逆の方に行くのが微かに見えて良かったよ、慶作はどうした?」


知子「...」


三郎「なるほどな...俺より早く行っちまったのか...」


窓の外では街灯の光が後方へと流れ、遠ざかっていく墓地の闇を照らし出していた。

やっと、やっと地獄から抜け出せる――そう思った、その時だった。


――ズシィン……ッ!



車体が大きく跳ね、地面が唸るように揺れた。

前方の道路に、黒々とした影が立ちはだかっていた。


三郎「なっ……!?」


咄嗟にハンドルを切る。

目の前に広がるのは――見覚えのある異形の姿。


知子「あれは……!」

輝「……浜野を……殺した……!」


禍々しい肉塊のような体。人の形を模したかのようでいて、獣じみた四肢とただれた皮膚。

口からは涎が垂れ、赤黒い眼がぎらついている。

浜野を襲い、無残に殺した“化け物”が、道路の中央を塞いでいた。


三郎「クソッ……!!」


――ギャアアアアッッ!!!


耳を裂く咆哮。


キィィィィィィッ――!!!


タイヤが悲鳴を上げ、火花を散らしながら車体が急停止する。

輝と知子はシートに投げ出され、車内は悲鳴と衝撃音に包まれた。


わずか数メートル先、化け物は四肢を広げ、地面を這うように低く構えている。

牙をむき出しにし、車に向けて唸り声をあげた。


三郎「……ッ! チッ……こんな時にッ!」


車内に、再び緊張と絶望の色が張り詰めた――。


化け物が道路を塞ぐように低く構え、涎を垂らしながらじりじりと迫ってくる。

三郎は歯を食いしばり、シートベルトに手をかけた。


三郎「……ここは俺が時間を稼ぐ。お前らは――」


――その手を、知子が咄嗟に握り止めた。


知子「……ダメ」


三郎「……知子……?」


知子は首を横に振る。

その瞳には恐怖が宿っていた。だが同時に、揺るがぬ覚悟の光もあった。


知子「……私が行く」


三郎「な……!? 何を言ってる!」


知子「お願い、三郎さん……! あなたがいなきゃ、この子を守れない……。だから――ここは私が……!」


涙で声が震える。それでも、その決意は崩れなかった。

彼女の脳裏には、慶作の最期の言葉がよぎっていた。


――“輝を……頼むッ!!”


知子「慶作さんを……無駄死ににしないためにも……! 私が、行くしかないのよ……!」


輝「か、母さん……!? やめて……! 母さんまで……!」


必死に縋る輝の声。

知子はその頭を抱き寄せ、震える声で囁いた。


知子「ごめんね……輝……。でも、母さんは……あなたに生きてほしいの」


輝「いやだッ!! そんなのいやだァッ!!」


三郎はハンドルを強く握りしめ、言葉を失った。

知子の決意は、もはや誰にも止められない。


化け物が喉を鳴らし、低い唸り声を響かせながら近づいてくる。

その音は、死の合図のように車内に響いていた。

知子がドアに手をかけた、その瞬間。


――バサァァァァッ!


背後の闇が大きく揺れた。

凍りつくような羽音が夜を裂き、車内の全員の心臓を鷲掴みにする。


輝「……っ……!」

三郎「……まさか……!」


ヘッドライトに照らされた道路の後方――。

そこに、黒い翼を広げてゆっくりと降り立つ影。

月光を背に、笑うように佇む鴉天狗の姿があった。


鴉天狗「……やれやれ。せっかくのお楽しみを、二度も邪魔されるとは」


その声は、底冷えするように滑らかで残酷。

まるで舞台の幕が開くように、ゆったりと翼を広げる。


三郎「……チッ……前は化け物、後ろは鴉天狗か……!」


握りしめたハンドルが震える。

だが、逃げ道はどこにもなかった。


知子「……三郎さん……。やっぱり、私が行く、あなたが残らないと誰が車を動かすの...?」


再び決意を宿した瞳で、彼女は振り返った。

輝を見つめ、その涙を拭い取るように頬へ手を添える。


知子「……輝、どんなことがあっても、生きるのよ」


輝「母さん……やだ……やだよッ……!」


鴉天狗は楽しげに口角を吊り上げ、車の屋根に足をかける。

羽根が夜風を切り裂き、いつでも襲い掛かれる準備を整えていた。


鴉天狗「さぁ……どちらからいただきましょうか」


車内に、張り裂けそうな緊張が満ちていく。


知子「……三郎さん……お願い」


そう告げると、知子はドアを開け、冷たい夜気の中へと身を投げ出した。

ドアが閉まる音が、やけに重く車内に響く。


三郎「……っ!!」


慌てて身を乗り出そうとする三郎。だが――知子が残した視線がそれを縛った。

「来ないで」と語るような、強い決意の瞳。


次の瞬間、三郎は震える手でドアロックを押し込んだ。

――ガチャン。


静かな音が、まるで絶望の宣告のように響く。


輝「母さんッ!! 母さん!!!」

小さな拳で窓を叩く輝。

その声に胸を抉られながらも、三郎は必死に堪えていた。


三郎(……俺が……俺が出てやるべきなのに……! だが……!)


唇を噛み、嗚咽が喉元まで込み上げる。

だが泣いてしまえば、全てが崩れる。

必死に顔を歪め、三郎は涙を押し殺した。


アスファルトに立つ知子の前に、黒い影が降り立つ。

鴉天狗。月明かりを背にしたその姿は、まるで死神。


鴉天狗「……母親とは、厄介なものですね。子を守るためなら、自ら地獄に飛び込む」


知子「……黙れ」


震える声。それでも、瞳だけは鋭かった。

そのまま背を向け、森の中へと駆け出す。


鴉天狗は唇を歪め、愉快そうに翼を広げた。


鴉天狗「フフ……よろしい。では――追わせていただきましょう」


ひらりと羽ばたき、夜風を切り裂きながら知子の後を追う。

その直前、振り返りもせずに命じた。


鴉天狗「……そちらは任せますよ。存分に遊んで差し上げなさい」


その言葉を受け、前方の化け物が涎を垂らしながら車へとにじり寄る。

獣じみた唸り声が車体を震わせ、輝の恐怖を掻き立てた。

知子は荒い息を抑えながら、森の奥へと駆け込んだ。

月明かりも届かぬ木々の影――その一本に背を預け、必死に身を小さく丸める。


胸の奥では心臓が暴れ、鼓動の音が自分の居場所を暴いてしまいそうだった。


――バサッ、バサァ……。


頭上を掠める羽音。

鴉天狗の影が、木々の間をゆっくりと探るように動いていた。


鴉天狗「……さて。どこへ行きましたか……母親殿。恐怖に震えながら、必死に身を潜めているのでしょう? いいですね……実に愛らしい」


声が近づいたり、遠ざかったりする。

知子は唇を噛み、呼吸を止めるように息を潜めた。


鴉天狗「……ふむ。もう少し奥でしょうか」


――サァァ……。


風を巻き起こし、影が去っていく。

知子はそっと瞼を上げ、安堵の吐息を漏らした。


(……行った……?)


ほんの一瞬、心が緩む。

その時だった。


――ミシッ。


頭上から枝の軋む音。

反射的に見上げた知子の視界に、月光を背負った黒い輪郭が浮かんだ。


鴉天狗「……見つけました」


木の枝に逆立ちするように立ち、愉快げに覗き込む鴉天狗。

まるで最初から、この瞬間を楽しんでいたかのように。


知子「……ッッ!!」


血の気が引き、思わず後ずさる知子。

その唇から、かすかな悲鳴が漏れた。



三郎は深く息を吸い込み、両の掌を合わせると、車の中心に向かって妖力を流し込んだ。

すると車体が低く唸り、窓枠やドアの隙間に光の線が浮かび上がる。結界を張ったのだ


三郎「……これでいい。今度は――こっちの番だ」


アクセルを一気に踏み込む。


――ブオオオッッ!!!


猛然と走り出した車は、後方から迫る化け物へと突進する。

化け物は黒い腕を伸ばし、車体を握り潰そうとした。


――ズガァァァン!!!


結界が炸裂し、火花のような閃光が弾ける。

車はそのまま化け物を跳ね飛ばし、岩肌に叩きつけた。


化け物「グギャアアアアッッ!!!」


断末魔のような悲鳴が山中に響き渡る。

もがき苦しむ姿に、輝が思わず目を覆った。


三郎「今だ……! ひるんでる隙に抜ける!」


ハンドルを切り、結界の光を纏ったまま山道を駆け抜ける。

夜風が唸り、車体が大きく揺れる。

しかし、誰も声を上げない。ただ前へ、ただ帰るために。


山道を一気に駆け下りる。


だが、急カーブに差しかかった瞬間――


――ゴンッ!!


車体が大きく跳ね、輝の頭が窓枠に打ちつけられた。

輝「っ……!」

小さな呻き声を上げ、そのままぐったりと崩れ落ちる。


三郎「輝ッ!!!」


ハンドルを握りしめながら声を張り上げる。

返事はない。小さな胸が上下しているのを確認して、かろうじて三郎は息をついた。


三郎(……大丈夫だ、生きてる。だが……っ、急がねぇと!)


フロントに淡く浮かぶ護符の紋様が、鼓動のように明滅する。

それが頼りなく揺れながらも、確かに彼らを守り続けていた。


夜気に沈む中、町の輪郭が徐々に姿を現した。


三郎「……もう少しだ……!」


結界を纏った車は、エンジン音と共に安全な場所へと駆け込んでいった――。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回の章では、父・慶作を失った直後、さらに母・知子までもが死を覚悟する場面が描かれました。

輝にとっては一気に日常が崩れ去り、逃げ場のない状況へと追い込まれていく、非常に過酷な回だったと思います。


知子の決断は、慶作の最期の言葉を背負ったもの。

「輝を生かす」というただ一つの願いに突き動かされ、母としての覚悟を見せる姿は、痛々しくも強靭なものだったのではないでしょうか。


一方で三郎も、涙を堪えて結界を張り、車を走らせる姿から、彼なりの「守り抜く覚悟」が浮かび上がりました。

家族のように寄り添ってきた彼だからこそ、葛藤と苦しみは一層強く響いたはずです。


そして輝は――父を失い、母が走り去り、自身も意識を失うという無力感の中にいます。

この「喪失」が、これからの輝をどのように変えていくのか。

次なる物語の核心へ、より深く踏み込んでいくことになります。


次回23話ーー戻らない記憶

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