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霊業  作者: まんらび
2章
21/46

21話:砕け散る逃げ道

慶作の死という現実は、輝の胸に深く突き刺さった。

父を失った悲しみと怒り、そして無力感――。

それでも、母・知子と共に生き抜くことが「日常」を繋ぎ止める唯一の道だと、輝は信じていた。


だが、運命はあまりにも残酷だった。

鴉天狗の狙いはなおも続き、次なる標的は――知子。


「止めたい」と願った日常は、輝の目の前で非常にもさらに壊れていく。

これは、視える者の宿命に抗おうとする少年の、新たな絶望の幕開けである。

【登場人物】

主人公:気道 輝

気道 知子

五十嵐 三郎

鴉天狗

汗と涙で顔を濡らしながら、知子は輝を抱きしめるように木々の間を駆け抜けた。

止まれば全てが終わる――輝までも失いたくない、それだけが彼女を突き動かしていた。


輝「離してッ!! 父さんをッ!! お父さんをぉぉぉ!!!!」


小さな身体が暴れる。必死に知子の腕から抜け出そうともがく輝。

その叫びは鋭い刃のように知子の胸を抉る。


知子「輝……!お願い、今は……今は私の言うことを聞いて……!」


振り絞るような声。涙を堪え、足を止めずに走り続ける。


――バサァッ!


夜空を裂く羽音。

見上げれば、月明かりを背に巨大な影が舞っていた。鴉天狗だ。


鴉天狗「逃げる背中ほど、狙いやすいものはない……!」


黒い翼が震え、無数の羽が放たれた。光を帯びた刃が雨のように降り注ぐ。


知子「っ……!!」


直感的に身を翻し、木の陰へと飛び込む。

背後の幹が羽根に貫かれ、瞬時に粉砕された。木屑が弾丸のように飛び散り、頬を掠める。


輝「うわぁぁぁッ!」

知子「……ッッ!」


耳をつんざく破砕音に身をすくませながらも、知子は歯を食いしばり、再び駆け出す。

胸の中で輝が泣き叫ぶ声が響く。それでも足は止まらない。


鴉天狗「いいですよ……もっと恐怖に染まった顔を見せてください。絶望ほど、人間は美しい」


頭上を旋回する影。再び羽ばたきの音が鳴り響く。


知子「……っ、道路まで……道路まで行けば……!三郎さんが車で待ってくれてるからそこまで我慢してね...?輝...お友達も乗ってるから...」


必死に己を鼓舞するように呟き、木々の間を走り抜ける。

目の前にはわずかに光が。

森の終わりと、道路へと続く出口が近づいていた。

森を抜けると、街灯の淡い灯りに照らされた舗装道路が現れる。


知子「はぁっ……はぁっ……つ、着いた……!」


全身が悲鳴を上げるように震えていた。

抱きかかえた輝の体も、汗と涙でぐっしょり濡れている。


輝「母さん……!車は!?」


必死に涙声で叫ぶ輝。

知子もその言葉に縋るように視線を道路へ走らせた。


知子「……っ……!」


そこにあるはずの――一筋の希望。

三郎の古びた車。安全へと繋がる逃げ道。


だが――。


知子「……ない……?」


目を凝らしても、道路には影一つなかった。

見慣れた車の姿も、三郎の気配も。


輝「そ、そんな……! 嘘だ……!」


掠れた声が夜に吸い込まれていく。

その瞬間、背後から――。


――バサァァッ!


冷たい風と共に、黒い羽が夜空を覆った。

墓地の方角から迫る影。

鴉天狗が、笑うように旋回している。


知子「うそ……なんで……!」


僅かに掴みかけた希望が、無情に砕け散る。

逃げ場のない道路の上で、二人の心臓は張り裂けんばかりに脈打っていた。


闇を切り裂く羽音が止んだ。

鴉天狗はゆっくりと地面に降り立ち、月明かりを背に影を伸ばす。

その姿は人の形を保ちながらも、獣めいた妖気を纏い、空気を張り詰めさせていた。


鴉天狗「……はぁ、やれやれ。せっかくのお仕事を邪魔されてばかりですよ」


吐き捨てるような声が、墓地よりも冷たい。

知子は輝を抱きしめ、必死に後ずさった。


知子「来ないで……!」


涙で濡れた叫びに、鴉天狗はかすかに口角を上げた。


鴉天狗「ほう……その子の目。父親譲りですね。――冥土の土産に、少し話をして差し上げましょうか」


足音ひとつ立てず、じりじりと二人に歩み寄る。

まるで舞台に立つ役者のように、ゆっくり、わざとらしく。


鴉天狗「私はね、“視える者”をずっと集めてきたんです。違う者は処分し、志を共にする者は仲間に引き入れる。

なぜか分かりますか? 彼らは……いや、あなた方は、“こちら側”の存在に干渉できるから」


知子「……干渉……?」


鴉天狗「そう。存在しなくていいものに触れ、目にし、本来の秩序を乱す。

私達に牙を剥く者は淘汰し、ついてくる者はこっち側に引き入れ勢力を増やし続ける。それが私の役目なのですよ」


黒い翼をわずかに広げ、夜気を震わせる。

輝は震える声で、吐き捨てた。


輝「ふざけるな……! 父さんは……俺を守るために……!」


鴉天狗「ええ、確かに立派な“父”でしたし人間だとは思えない身体能力もあった。ですが――」


その目が、冷酷に輝へ突き刺さる。


鴉天狗「親が子を守るのは当たり前。ですがその末路は……あなたが見た通りだ、仇なす者は死ぬ運命...私も悲しいんですよ...?」


言葉が刃のように響き、輝の心を抉る。


鴉天狗「そして、次は――母親の番、ということです」


知子「……ッ!」


鴉天狗の羽が揺らめき、夜を覆い尽くそうとしていた。

知子は輝を抱きしめたまま、唇を噛みしめる。


知子「……輝、よく聞いて」

輝「母さん……?」

知子「いいから、聞いて……! 今すぐ……逃げなさい」


輝「嫌だッ! 一緒に行くんだッ!」

知子「お願い……! あなたまで失ったら、私は……慶作さんに顔向けできない!」


涙で濡れた瞳を輝に向けながら、知子はゆっくりと立ち上がる。

その足は震えていたが――背筋だけは真っ直ぐだった。


知子「私は……もう覚悟を決めた」


ぎゅっと拳を握りしめ、鴉天狗を睨み据える。

その視線は恐怖よりも、むしろ母としての強さを帯びていた。


鴉天狗「ほぉ……いいですねぇ。その顔。絶望を受け入れた者ほど、美しい」


羽が大きく広がり、刃の雨が迫ろうとした、その瞬間――。


――ゴオォォォォッッ!!


背後から強烈なライトが闇を切り裂いた。

鴉天狗がわずかに振り返る。


鴉天狗「ッ!?」


次の瞬間、轟音と共に鴉天狗が吹き飛ばされた。

鴉天狗の体が弾かれるように宙を舞い、地面を転がる。


キィィィィッ――!


アスファルトを焦がすようなドリフト音。

車が勢いよく回り込み、知子と輝の目の前で横滑りして止まった。


ヘッドライトに照らされた車体の窓が開き、ハンドルを握る男の顔がのぞく。


三郎「早く乗れッッ!!!」


その声は迷いなく、二人の胸を打った――。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、輝と知子が絶望の中で必死に逃げる――まさに生きるか死ぬかの瞬間を描きました。父・慶作を失った直後、襲いかかる鴉天狗の恐怖。それに立ち向かう母の覚悟と、子どもを守ろうとする必死さ。読んでいる皆さんも息を呑む展開だったのではないでしょうか。


知子は自らの恐怖を押し殺し、覚悟を決め、輝に「逃げろ」と告げました。その一瞬の強さと母としての愛は、父の慶作とは違う形で輝を守る力となりました。そして、そこに現れた三郎の車が、二人にとっての希望の光となる――絶望の中の一筋の光。


今回の話は、物理的な危険だけでなく、精神的な重圧、そして家族を守る覚悟を描いた章になったと思います。輝と知子、そして彼らを取り巻く人々が、それぞれの想いを胸に次の局面へ進んでいく――まさに物語の緊張が次へと繋がる瞬間でした。


次回、21話の余韻を経て、ついに日常へ戻ろうとする輝たち。しかし、彼らを取り巻く世界はまだ安心できる場所ではない――。


次回ーー22話「止めたかった日常」、どうぞお楽しみに。

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