また君に守られてしまった
一部に暴力的な描写がありますが、物語全体はラブコメ寄りです。
「皇帝〜ちょっとそこの雑巾取ってくれない?」
「これでよいか」
友人の松下に雑巾を渡すと、周囲で「皇帝だって」「なにそれー」とクスクスと笑う声が聞こえた。
「皇帝は我の呼び名だ。我がどう呼ばれようが、そなたたちには関わりのないこと」
(まあ、普通は笑うけどな)
キモ、と捨て台詞を吐きながら教室から去る女生徒たちの背中を見送り、それから俺は空を見上げる。
(アンジュは今どこにいるのだろう)
俺が皇帝と呼ばれているのは、呼ばれなければ返事をしなかったから。小中学校でもイタイ奴と思われていただろうが、気のいい奴が多かったのかずっとスルーされてきた。
「皇帝はぶれないなあ」
そう言って呆れた顔をした松下も付き合いが長い一人だ。
「松下、余計なお世話だろうが、先ほど我を嘲笑したのはお主が好いているおなごであろう? このまま愚か者にしておいてよいのか?」
「べ、別に好きじゃねえし」
「さようか」
(俺には関係ないけどな。友達の好きな子が性格悪いってなんかイヤなだけで)
「それよか皇帝さ、今日は駅裏で北高と西校の抗争みたいなのがあるらしいよ」
「その噂は聞いている。境界を巡って小競り合いとは小物も苦労するな」
「はいはい、皇帝様は巻き込まれないうちに早く家に帰りましょう」
「日頃の行いが良いからそのようなものに巻き込まれるなど杞憂であろうよ」
(自分でフラグたてたなあ)
胸ぐらを掴まれた俺は、逆らわずに相手を見返した。「イキってんじゃねーぞ」と腹に1発喰らう。
なぜこんなことになったかと言えば、松下が抗争前でピリピリしている男と肩がぶつかり、「わりい」と言ったことが発端。絡まれて俺が「無関係のものに手をだすとは下衆の極みだな」と言ったからだ。
「田中っ」
松下が俺を苗字で呼んだ。皇帝呼びして無用なトラブルになるのを避けたのだろう。いい奴だ。
「お主は早く報せにいけ。今から我は袋叩きに遭うだろうからな」
集まってきた仲間の顔つきを見れば、何をされるかなど一目瞭然だった。松下もそれに気づき、何度も振り返りながら、その場をあとにした。
「さっきからふざけた喋り方しやがって」
「ふざけてなどおらん。これは我が好いたおなごに巡り会う手段のひとつであるからな」
頭おかしいんだよ、と突き飛ばされ、背を踏まれた。そこに他の仲間が加担する。俺は即座に急所を守るために防御姿勢をとった。その上から2、3人が笑いながら蹴りをいれてくる。
「亀みたいに丸まってんじゃねえよ」
「根性見せろよ」
(いや、死ぬからね)
とにかく松下が助けを連れてくるまで凌ごうと決めたが、それまでもたないかもと不安がよぎった。
ふと男たちの力が緩み、「なんだ、女か」と誰かが吐き捨てた。
(こんなところに女性がいたら危ない)
気分が高揚している奴らに刺激を与えたら、無用な被害がでる。それは止めなければと立とうとしたとき、そこに涼やかな声が届く。
「無抵抗な奴をフクロにするとかダサすぎ」
(あ……)
――武器を持たない人に大勢で暴力を振るうなんて恥ずかしいと思わないの!?――
(まさか……!!)
見上げると、凛とした佇まいの制服を着た女生徒が、男たちを睨みつけていた。
前世で、敗走した俺を匿い、殺気立った村人に追い詰められたとき、震える手で俺を庇うように鍬を構えた少女――アンジュの姿が、重なる。
そこから、アンジュとの短いながらも穏やかな日々がどれだけ心を癒したかを思い出し、涙が溢れた。
「なんだおまえ」
「女だからって見逃さねえよ?」
男の一人が、女生徒の肩に手をかけようとして、その手を女生徒が掴み捻り上げた。いだだだっと男が悲鳴をあげる。
それから鮮やかに脳天に一撃をくらわせ、気絶をさせるとニッコリと笑った。残りの男たちは予想外の出来事に呆然としている。
「ほら、今のうちに逃げなよ。あとは私が片付けておくから」
(次は絶対に守ると誓ったのに、また守られた)
「……またお主に助けられてしまったのは不覚だが、おなご一人を置いて逃げるなど我にできるはずがない」
「……また?」
訝しげに寄せられた視線が合い、彼女の目が見開かれた。
「……まさか……み、帝様……?」
「そうだ。以前のような美丈夫でなく冴えない男になってガッカリしたか?」
彼女が少し笑って首を横に振る。
「っおい! 何してくれてんだ」
「ふざけやがって」
下衆どもの一人がポケットに手をいれ、何かを取り出す。チャッと音がしたことで折りたたみナイフだとわかり、俺はそいつの腕に思いきりカバンを投げつけた。俺に意識が向いていないぶん油断していたのか、あっさりナイフは地面に落ちた。俺は拾おうとした男の手首を踏みつける。
「この者を傷つけようとしたお主の罪は重い。我の力は弱いがお主の心を折ることなど造作もないぞ」
男の目の中に恐れが見えた。
勝負あったなと思った次の瞬間――その男の頭が何者かによって地面にめりこんだ。
「大丈夫かー」
と呑気な声の松下が駆け寄ってきて、
「昴くんを呼んできたよ」と俺の隣に立った。
昴も腐れ縁の幼馴染だ。今日の抗争の中心人物でもある。
「皇帝、悪かった。二度と皇帝には手を出させねえから勘弁してくれ」
頭を下げた昴の背中を松下が叩き、
「昴は散々皇帝に泣かされてきたからなあ、もう揉めたくないよな」
と笑った。その様子を信じられない様子で下衆どもが眺める。そして己の行いを思い出したのか、顔が真っ青になった。
「詫びは求めておらぬ。下の者の罪は上の責任でもあるゆえ。昴、下衆どもの躾けを怠るなよ」
「温情に感謝する。おい、お前ら今日の祭りは中止するぞ! 反省会だ!!」
(おい昴、お前も皇帝語になってるぞ)
男たちを見送っていると、隣で安堵のため息が聞こえた。慌てて彼女に声をかける。
「我……いや、俺は田中輝貴。助けてくれてありがとう。怪我はない?」
彼女は少し呆れたように俺を見た。確かに助けられた者のセリフではない。彼女は塚原千雪と名乗った。
「塚原さんは、アンジュ……だよね? 前世の記憶はどんなことを覚えている?」
恐る恐る尋ねると、千雪は「今も断片的にしか思い出せなくて」と前置きしたうえで、
「でも誰かを守れなかったことをすごく悔いていて、帝様の言葉で今ようやく思い出せたの」と言った。
「そっか。なら皇帝語をやめなくて良かった。もし今世で君に会えたら気づいてもらえる手段がそれしかなかったから。でもまた守られるとは」
「私のためにありがとう。それに助けられたのは私も同じだよ? これでおあいこだね」
おあいこ、と言われ俺は涙が止まらなかった。
来世は普通の男として出会い、肩を並べて歩きたいと今際の際に願ったけれど、巡り会ったときに何もしなくても想われると勝手に思い込んでいた。皇帝としての驕りがあったから。
千雪は、守らなければという漠然とした理由だけで、強くなった。
(俺は守りたいと思っていたのに何もしなかった)
「……じゃあ、昔話はこれでやめよう。もっと君の話を聞きたい。いいかな?」
「うん、その前に……ここから離れようか。男の脳天にかかと落としをした女が、今度は男を泣かせてるって言われてるから」
ハッと周りを見れば、野次馬の中に松下がいて、サムズアップしていた。
その後、千雪の強さや優しさに惹かれた俺が告白し、OKをもらったので恋人関係になった。
千雪も俺の信念の強さに惹かれたと言ってくれた。
ある日、「私といるとき以外は皇帝語のままでいてくれる?」と言われ理由を聞くと、「皇帝語なら他の女の子が寄ってこないから」と頬を染めて小声で言われた。
それを聞いた俺は千雪のあまりの可愛さに悶絶し、初めてのキスを交わしたことは2人だけの秘密だ。
読んでいただきありがとうございました。
ちょっと重めな話が続いたので、自分の気分をあげたくて書きました。