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水神の花嫁  作者:
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9



 その後、蔵を出て家に戻ろうとした伸子は、社の前でへたり込んだまま、ぼんやりとする愛子を見つけた。

 降っていた雨は疾うに止んでいたようなのに、愛子の傍に転がる傘は開かれたままで、伸子は怪訝に眉を寄せる。

 問いかけても反応は緩慢で、まさかと思い額に手を当てれば、かなり熱を持っていた。


 高校生になっている愛子は元々身長が高く、既に伸子を見下ろすくらいに成長しているので、残念ながら伸子が背負ったりは出来ない。

 発熱によるものだろうが、虚ろな愛子を何とか支えて、普段より何倍もの時間をかけて家に戻った。


 へたり込んでいたのは石畳だったので、泥だらけになっている訳ではなかったが、濡れた服のままでは余計に身体を悪くすると思い、着替えを用意する。


「愛子ちゃん、しんどいだろうけど、先に着替えよ?

 あぁ、足も拭かないといけな………ぃ………」


 そう言いながら靴下を脱がせたところで、伸子の手が止まる。


 ぼうっと熱に浮かされた様に焦点の定まらない愛子を、伸子は油の切れたロボットの様にかくついた動きで見つめた。

 そしてもう一度視線を戻す。


 愛子の両足首に、黒い筋が浮かんでいる。

 単なる筋ではない。

 昨晩回収し、麻砂子や勝則にも見せた、真っ黒な水草に似た何か…いや、そのものだ。


 あれがぐるりと足首に絡み付いている。

 いや、絡み付くと言う表現は正確ではない。何故ならそう見えるだけだからだ。

 引き剥がそうにも剥がれない、消そうにも消せない……まるで刺青のように愛子の素肌に刻み込まれたソレは、あの黒い水草以上に禍々しく感じられた。



 何とか愛子を着替えさせ氷枕を用意し、解熱剤を飲ませた後、布団に寝かしつける頃には伸子の方が疲労困憊していた。体力的なものもないとは言えないが、主に精神的な疲れが酷い。

 だが、どう考えても良くない何かが、愛子の身に降りかかっているように思えて、伸子は疲れで重い身体を引き摺って、神社の蔵から持ち出した冊子をテーブルに広げた。

 勿論、最後に見つけた細長い箱も……。


 一番気になっているのはその箱だったが、あえて伸子は冊子の方から手に取った。

 流れる様に綴られた筆文字は難解だが、何とか拾える文字を繋ぎ合わせていく。


「これは……ま……祭? こっちは日付……あぁ、祭事の記録か何かかねぇ…。じゃあ次…」


 嫌な予感ほど当たると言うが、切実に当たって欲しくない。

 伸子は祈るような気持ちで、冊子に目を通していく。


「こんな奇怪な事……あたしだって信じたくない…。

 だけど……」


 不安が胸中で膨れ上がり、頁をめくる手も震えてしまう。

 そんな時だった。玄関の方から『ただいま』と、幾つかの声が重なって聞こえてきたのだ。

 麻砂子と勝則が戻ってきたのだろう。

 伸子は大急ぎで玄関に向かう。


 転げるようにして向かった玄関には、麻砂子と勝則、そしてもう一人の姿があった。


「お義姉さん、どうしたんです?」

「真っ青じゃないか…」


 麻砂子と勝則が、伸子の様子と顔色を見て絶句する。

 だが伸子の見つめる先は彼等ではなく、ずっと留守にしていたもう一人――夫である糸畑 卓郎に真っすぐに向けられていた。


「おいおい……何だ?

 まるでこの世の終わりみたいな顔して」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、卓郎があっけらかんと言葉をかけるが、それに冗談を返す余裕もない伸子はほろりと涙を浮かべてしまった。

 玄関先で靴を脱いでいた3人が、ギョッとして身を固くする。


 泣き崩れそうになる伸子を宥め、何とか居間に座らせると、ぽつりぽつりと話し出した。

 徐々に常識では考えられない、非現実的な事を口にしだす様子に、勝則と麻砂子は心配しながらも首を捻っているが、伸子と共に小縁村で暮らす卓郎は、恐ろしいほど真剣な表情になっていた。




「その、足首のは泥でも何でもないんだな?」

「何度も拭いてみたんだよ……だけど…」


 重苦しい空気を払拭しようとするかのように、勝則が声を出した。


「姉さん、新手のドッキリとかか?

 だけど、冗談もほどほどにしてくれよ。

 昨晩も怯えてたし、洒落になんないって……。流石に姉さん相手でも怒るよ?」


 明るく言おうとしているが、その声には不信感や狼狽が混じる。


「そ、そうですよ…。

 変な事言わないで下さい。愛子に神様の印? そんな訳ないじゃないですか…。

 あの子はずっと町で暮らしてて、此処へも数年ぶりで……それ以前だって長期休暇に数日だけだったでしょう?

 それなのに…あ…ありえないわ……」


 麻砂子も必死に平静を保とうとするが、怒っているような顔からは恐怖が覗き見える。

 しかし冗談だと捨て置く気にはなれず、伸子の言う愛子の足首に浮かんだ、痣の様なモノを確認しに向かう事になった。


「女の子の素足覗くなんて、申し訳ないが、確認しない事には始まらんしな…」


 卓郎の言葉で、大人4人がぞろぞろと、だけど足音を顰めるようにして愛子の眠る部屋へ向かう。

 様子を窺うと、ぐっすりと眠っているようだ。

 薬も効いたのか、熱も下がっているようで、残っていたとしても微熱だろう。


 『ごめんね』と呟きながら麻砂子がそろそろと布団の足元を捲った。


「「「「 !! 」」」」


 大人達が一斉に息を飲む。

 見つめる先には、愛子の足首に絡み付く様に、真っ黒な細い印がくっきりと浮かび上がっていた。



 誰もが声を出せないまま、居間に戻る。


「………これ見てから、どうしても気になって仕方なくてねぇ…あんた、何かわかんない?」


 タオルに回収したままになっていた、真っ黒な植物を見つめる卓郎が、苦り切った顔で溜息を零した。

 そして伸子が神社の蔵から持ち帰った物に手を伸ばす。

 細長い箱を手に取り蓋を開けた。


「麻砂子さんは……わからんが、伸子も、かっちゃんも知ってるように、湖神様はこの村の守り神さんで、優しい神さんだと伝えられてる…。

 顔役がずっと引き継いでる神事も、薄ら昏いとか、血生臭いなんて事は、全然ない。

 ただ静かなんが好きみたいで、用もないのに近づく事はするなってだけなんだ。


 伝えられてる話も、別に隠すようなモンじゃない。

 湖に落ちた子供を助けてくれたとか、この村に祝い事があったら、木の実とか魚を夜の間に持ってきてくれたとか……そんなんばっかりで、悪い、怖い神さんじゃない。


 それでもやっぱり、神さんは神さんだから、何か伝えようとするときには『印』を使うらしい。

 以前は居たって言う巫女さんとかに出る…って話だけど。

 ……まぁ、俺も父親とかから聞かされただけだし、本当かどうかなんてわからん……あ~、いや、迷信だって思ってたし、今でも……すまん、今はそんな事を言ってる場合じゃなかったな…。

 確か…良い事が起こる時は緑色の印が浮かんで、凶作とか良くない事が起こる時は赤い印が浮かぶ」


 其処まで話して、その先を言い淀む卓郎に、伸子が訊ねた。


「じゃあ真っ黒な印は…?

 あれは湖神様の印で間違いないって事……なんよ、ね?

 だったら黒は何の印なのよ…」


 口をへの字に引き結び、卓郎は黙り込んだままだ。


 そんな卓郎に、勝則も麻砂子も教えて欲しいと頼み込む。

 はぁと殊更大きな吐息をついてから、卓郎は項垂れてからブルンと首を一振りした。


「……黒いんは……怒らせた…。

 神様が怒ってるって印だと……教えられた…」






ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

そして、ブックマーク、本当に、本当にありがとうございます!!

夢ではないかと2度見どことか、何度も見返してしまいました!


どなた様も、もし宜しければブックマーク、評価、いいねや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!


リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。


もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>

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