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水神の花嫁  作者:
7/15

7



「………」


 伸子は重い溜息を止められず、もう一つ追加で落とし、広げたままのタオルの上に置かれた存在に目を移した。


 形としては、さっきも言ったように梅花藻のように思える。

 清流を好んで育つ事から、水質の指標にもされている植物だ。

 繁殖力は弱い訳ではないのだが、その性質故に絶滅を危惧されている。

 だが、小縁村近くの湖は見た目にも透明度が高く、生育環境に合致しているらしく、その姿を見る事が出来た。

 

 持ち上げれば力なく、クタりと重力に引かれる。しかし、一番目を引くのはそこではない。

 全てが真っ黒なのだ。

 枯色でもないし、植物を思わせる緑も其れに連なる色も、何処にも見当たらず、まるで影か何かの様に黒一色で、正直禍々しさを覚える程だった。


「……愛子ちゃんが自分から湖や川に近づくとは思えないし……。

 これは何かの知らせなのかねぇ…ちょっと調べてみようか…」


 伸子はそう呟くと、広げていたタオルを包み直し、部屋から出て行った。


 一方、伸子とすれ違った形になった麻砂子と勝則の方はと言うと、あの後廊下で、朝になったら愛子を町に連れ帰ると決めていた。

 本当なら亡くなった祖母の家の片付けなんかで、もう暫く滞在する予定だったのだが、最低限の義理は果たしてあるし、どうしても必要なら勝則だけ戻ってくればいい。

 伸子に悪気があった訳じゃないのはわかっているし、諸々感謝しかないのだが、どうしても気不味さが残り、良くない事と分かっていても、麻砂子自身も早々に此処から離れたかったのだ。







 翌朝、酷い雨音で目覚める。

 打ち付ける様なその音は、ゲリラ豪雨等で耳にした事があるが、家の作り自体も違うせいだろう、何時もよりずっと大きな音に感じられた。


 昨晩はとんでもない出来事に、恐怖に震え、眠る事等出来ないだろうと思っていたのだが、隠れるように頭から布団を引き被って目を瞑っているうちに、いつの間にか寝入っていたらしい。

 そのせいか、髪があちこちに跳ねていて、顔を洗いに鏡の前に立った時、思わず恥ずかしくてドライヤーを探してしまったくらいだ。


 両親と伸子も起き出して来たのだろう、背後で何やら声がする。


「あら、愛子ちゃん、もう大丈夫?」

「あ、伯母さん…うん、大丈夫」

「朝ご飯は食べられそう?」


 言われてお腹がくぅと鳴り、愛子は慌てて腹部を手で押さえた。


「ふふ、大丈夫そうねぇ」


 そこへ勝則が険しい表情でやってきた。


「姉さん、道が崩れたって本当なのか?」

「あら、勝則、おはようさん。

 そうなんだよ…朝まだ暗い時間だったんだけど、ほら、遠山のお爺さん達が知らせに来てくれてねぇ。

 あたしも連れられて見に行ったんだけど、細道を塞ぐように木が倒れてて……この雨で土が緩んだんだろうねぇ…」


 どうやら今も耳に届く音の原因――雨のせいで山肌を切り崩すように敷設された道横の土手が崩れ、其処に生えていた木が倒れた事で道が通れなくなっているらしい。


 愛子はそんな話を聞きながら食卓に向かうが、其処には既に朝食の準備を終えた母親・麻砂子が苦り切った表情で立っていた。


「お母さん…?」

「あ、愛子、おはよう……。

 その…気分はどう?」

「ん……まぁ、それなり…?」


 返答に困ったが、母親の心配は十分すぎる程伝わってきたので、愛子はちょっとおどけて見せる。


「まぁ、大丈夫そうね。

 だけど困ったわ…」

「どうしたの?」

「何? 他人事みたいに…」


 麻砂子は言い難そうに目を伏せる。


「此処へ来てから、愛子、あんまりいい思いしてないでしょ?

 だからもう帰ろうって話を、お父さんとしてたのよ」


 なるほど。

 そんな話になってたのに、今朝になって道が通れないと判明したと言う訳だ。

 確かに苦り切るのもわかるが、予定ではもう少し滞在するはずだったような?…と、愛子は母親に訊ねた。


「それは嬉しいけど、お婆ちゃんの家の片付けがあるとか言ってなかった?

 誰も住まなくなるから、家具とか片付けるって言ってたよね?」

「それは…そうなんだけど…。

 お義姉…伯母さんがちょくちょく掃除はするって言ってくれてるんだけど、だからってそれに甘えすぎるのも…ね。でも、それはほら、お父さんだけが戻ってきてもいいんだし…だから…。

 それなのに…」


 疲れや緊張のせい、目の錯覚……確かにそうかもしれないが、だからってあんな怖い思いをしたい訳じゃない。

 折角の夏休みを陰鬱な気分で、震えて過ごすなんて真っ平だ。


「でも……道が通れないんじゃ…」

「はぁ、ほんとそれよね…」


 母親とそんな話をしていると、父親と伸子がやって来た。

 朝食をとりながら大人達の会話を聞いていると、今回崩れた箇所は以前から地面が緩んでいて、補強している最中だったそうだ。

 暫く晴天が続きそうだと補強工事に着手したのに、運悪く昨夜から大雨になり、泣きっ面に蜂となったと伸子が説明している。


 こうなっては仕方ないと、朝食が終われば、両親は祖母の家の片付けに向かう事にしたようだ。

 愛子はと言うと、昨夜からの事もあるし、片付けは良いからゆっくりしておきなさいと言われてしまう。

 心配してくれるのはとても嬉しいが、そうなるとまた暇を持て余すだろう。どうしたものかと口を噤んでいると、伸子が申し訳なさそうに話し出した。


「お母さんの家の片付けなんだけど、ちょっと調べたい事があってねぇ…。

 済まないんだけど、任せてもいいかい?」


 伸子の様子に、勝則が怪訝な表情で首を捻る。

 しかし伸子はこの村の顔役の家の嫁で、普段から何かにつけて村人から相談等を受けたりしていると言うし、何より今は当主が不在状態だから、他にはわからない仕事があるのだろうと、愛子の両親は頷いた。

 ずっと、諸々世話になりっぱなしだったし、掃除くらい任せて欲しいと言うのも本音だろう。



 その後、未だ雨が降る中、両親は祖母の家の掃除へ出かけて行き、伯母も何処かへ行ってしまったらしく、姿が見えない。

 案の定、暇になってしまった愛子は、渋々夏休みの宿題に手をつけることにした。


 数学や英語は苦手だったので後回しは決定している。

 勉強は全般的に嫌いで、得意というものはなく、消去法で国語に手をつける事にしたのだが、これも早々に飽きてしまった。


 ぱたりとノートを閉じ、伸びをしてから窓の外に顔を向ける。

 さっきまでより小雨になっているようだ。

 その小雨が風に押されているのか、横へ横へと波状に見える。


「雨が歩いてるみたい…」


 無意識に漏れた言葉だが、愛子は呟いた自分に違和感を感じる。

 自慢にもならないが、そんな、何処となく詩的な言葉が浮かぶタイプではない。となれば、誰かが言っていたのを聞いたり読んだりしたのだろうが、付随する何かを思い出そうとすると、酷く頭が痛んだ。


「……ッ…」


 この、底なし沼に引きずり込まれるような、言い知れぬ恐ろしさを伴う痛み等、何時以来だろうか…。

 こんな時は、考える事を辞めるように言われていたのを思い出し、愛子は気怠く息を吐いた。

 そして閉じたノートと筆記具を鞄に仕舞う。


「小降りになってきてるし、そろそろ止みそうだし、散歩にでも行こっかな…」


 気分転換に、それはとても良い案の様に思われた。

 それに『そう言えば…』と、愛子は思い出す。

 昨日の散歩の時、絶世の美少年に綺麗な石を貰ったのだが、いつの間にか紛失していたのだ――いや、本当は紛失と言うより霧散したと言った方が正しいのだが……。


 それを探したいと思っていたのだからと、愛子は少し歩調を速めて部屋を出る。

 今日はお洒落を楽しむ気分でもない為、大きめのTシャツとハーフパンツという、ラフな格好のまま出かける事に決め、愛子は玄関へと向かっていった。





ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

そして、ブックマーク、本当に、本当にありがとうございます!!

夢ではないかと2度見どことか、何度も見返してしまいました!


どなた様も、もし宜しければブックマーク、評価、いいねや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!


リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。


もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>

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