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水神の花嫁  作者:
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6



 ゆっくりと、愛子の網膜に円錐形に切り取られた天井が、ぼやけて映る。


「……ん…」

「愛子!!」


 愛子の視界も意識も、まだ混濁しているが、耳に飛び込んできた声が母親のモノだと言うのはわかった。


「…ぉ……母、さ……ん…?」

「良かった……もう、大丈夫よ」


 愛子は言葉の意味が一瞬わからない。


「……?」

「お風呂場で悲鳴上げてたでしょ?」


 母親の言葉に、あの恐怖が蘇った。


「!……」

「一体どうしたの? 百足でも出てきた?」


 母親は何を言ってるのだろうか……。

 あの浴室を見ていないと言うのだろうか…。


「何って……よくわからないけど、草みたいなのがいっぱいあったでしょう!?」

「水草?」


 母親は自身の頬に軽く手を添えて、視線を泳がせながら考え込む。


「草がいっぱい?……そんなの見てないけど…」

「……え…?」


 愛子はあれが勘違いだなんて思えず、がばりと布団から半身を起こした。


「違う!

 絶対に違う!!

 ぶわああって、あたしに迫ってきて、手とか足に絡んできたの!」


 あまりの勢いに、母親は気圧されたように仰け反った。


「あ、愛子……ちょっと落ち着いて」


 宥める優しい声音に。愛子はハッとして座り直す。


「ごめん…なさい…」

「いいのよ。

 疲れもあったんだろうけど、慣れない場所で緊張してたのかもしれないわね…」


 母親も、愛子の為に敷かれた布団の傍で、溜息交じりに視線を下げた。


「……愛子だけでも先に帰った方がいいのかもしれないわね…。

 ちょっとお父さん達と相談してくるわ。

 愛子はそのまま休んでるのよ?」


 そう言って母親は部屋を出て行った。

 正直今一人にされたくなかったが、止める暇もなかったので仕方ない。

 愛子は起こした半身を再び横たえ、夏用の薄い布団を頭から引き被った。


(あれが夢なんて、そんな事ない……もうやだ……)






 母親は愛子の部屋を出て、夫と義姉に愛子が目覚めた事を伝えた。


「そう、目が覚めたんなら良かったよ」

「それで何があったんだ?」


 娘の悲鳴に一番狼狽えていた父親が身を乗り出す。

 しかし、母親の方はどう言えば良いのかわからないと、眉間に皺を刻んで口籠った。


「それが……」

「麻砂子?」


 そんな妻の様子に、愛子の父親である勝則が困ったように妻の名を口にする。


「……何だが…訳のわからない事を言うのよ。

 水草が襲い掛かって来たとか……多分疲れと緊張のせいだろうって思うんだけど…。

 でも、もしかしたらなくした記憶が愛子をさいなんでいるのかもって思ったら……」


 愛子の母親である麻砂子の言葉は、だんだんと呟きのように小さくなっていった。

 勝則も、妻の話に難しい表情で唇を引き結ぶ。


「先に愛子だけでも、家に帰らせた方がいいんじゃないかって思うんだけど…」

「……待っておくれ…」

「姉さん?」

「お義姉さん…?」


 麻砂子の提案に待ったをかけたのは、伸子だ。

 彼女は真剣な表情で、麻砂子を見据える。


「水草って言ってたんだね?」

「ぇ…あ、そう…です」


 伸子の圧に、麻砂子も勝則も、意味が分からなくて顔を見合わせる。

 立ち上がって、畳まれたタオルを手にして伸子が元の位置に戻ってきた。そして手に持っていたタオルを広げる。

 そこには、黒っぽい紐のようなものがあった。


「これは何?」


 きょとんと勝則が問いかける。


「これさ、多分だけど梅花藻だと思うんだよね」


 麻砂子はピンとこないのか、首を傾げていると、勝則が説明し始めた。

 綺麗な水流に沿って育つ水草で、春から初夏にかけて可愛い花が咲くのだと話す。


「だけど、枯れるにしてもこんな真っ黒になる?

 俺は初めて見たんだけど…冬なら兎も角さ…」


 勝則の疑問には触れず、伸子が続ける。


「これさ、浴槽の中に沈んでたんだけど…。

 愛子ちゃんが湖とか川に行く事なんて……ないよね?」

「「!」」


 伸子の話に、麻砂子も勝則もギョッとしたように顔を強張らせたかと思うと、麻砂子の方が声を荒げた。


「ない…そんなの…ないわ!

 あの子はあれ以来水を怖がるし、何より覚えてないんですよ!」

「そうだよね……愛子ちゃん、水浸しで戻ってきてから酷い熱で……やっと起き上がれたと思ったら、全部忘れてたんだもんね……」

「自分に妹が居た事も覚えてないんです……」


 重苦しい沈黙が落ちる。

 その沈黙を破ったのは伸子だ。


「そうだよね…妹が行方不明になるなんて、とんでもないストレスだろうしね…」


 痛まし気に唇を噛んだ伸子だったが、大きく溜息を吐いて祈る様に手を組み合わせる。


「ずっとあの子の持ち物を預かってるけど……もう、いっそ弔うかい?」

「な!?」

「姉さん!

 まだ…まだ7年経ってない!!

 まだ……生きてるかも……なのに、何でそんな事言うんだ!!??」


 温厚を絵にかいたような弟の豹変に、伸子は心の底から辛そうに顔を歪めた。


「ごめん…。

 ごめんねぇ……だけど、今生きてる愛子ちゃんの事を考えてあげないと……意外と子供って敏感だよ?

 愛子ちゃんが妹の事を忘れたのは、そうしないと耐えられなかったからなんじゃないかって言われてただろ?

 きっと何かで水に落ちた妹を助けようとして、あの子も飛び込んだけど、助けられなくて、その自責の念で忘れざるを得なかったんじゃないかって……。

 それなのに、あんた達がずっと引きずったまんまってのは……。

 もう、気持ちとか、色々区切りをつけた方が、愛子ちゃんの為にも良いんじゃないかって思うんだけど……」

「やめてくれっ!!」

「ぅ……あああぁぁぁぁ……」


 伸子の言葉に麻砂子は半狂乱に泣き出し、そんな妻を庇う様に勝則も無言で席を立った。

 それを沈痛な面持ちで見送った伸子は、一人首を振って肩で大きく息をした。


「……だけど、愛子ちゃんも可哀想だけど、あの子だってこのまんまじゃ可哀想だよ……」


 伸子が嘆くのには訳がある。

 愛子の妹は、此処小縁村で行方不明になった。然程大きくもない集落で、誘拐等は考え難かった為、一番に考えられたのは事故だ。


 小縁村というのは元々湖縁村と書いていた名残なのだが、それからもわかる通り、近くには大きく澄んだ美しい湖がある。

 古くから近隣の村々に水の恩恵を下さると言う事で、神聖視されてきた場所な為、現在でも妄りに足を踏み入れる事は良く思われない。魚獲りも湖では、村人ならしないくらいだ。


 そんな場所なので、町から遊びに来ただけの岸田姉妹が、知らずに湖か川に近づいたのだろうと思われたのだ。

 そう判断された根拠の一つに、愛子が水浸しになって戻ってきたと言うのがある。

 尤も、その後の熱発で寝込んだ挙句、記憶もなくしてしまっているので何の手掛りも得られていない。その上、何か思い出して貰おうと話をしていると酷い頭痛に襲われたり恐慌状態になったり……水に対しても酷い恐怖症に陥ってしまっていたせいで、後から追及も出来なくなってしまったのだ。


 そんな事情もあり、神域ではあるが警察等による捜索も大々的に行われた。

 しかしどれだけ水をさらって、何も発見する事が出来ず、現在は行方不明扱いになっている。


 結局そのまま愛子一家は町に戻って行ったのだが、愛子の状態を親族も一緒になって考えた結果、妹の痕跡を自宅から一旦消しておこうとなり、妹の持ち物なんかは現在伸子が預かっているのだ。


 つまり妹は存在を消された形になっているのだ。

 考えに考えて出した結論だったとはいえ、伸子には愛子も、その妹も…どちらも不憫に思えて仕方なかった。






ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

そして、ブックマーク、本当に、本当にありがとうございます!!

夢ではないかと2度見どことか、何度も見返してしまいました!


どなた様も、もし宜しければブックマーク、評価、いいねや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!


リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。


もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>

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