5
寒イボ
主に関西地方の方言になります。四国の一部でも使われているとかいないとか?
字面から察して頂けるかもしれませんが、寒い時に肌が粟立つ様子を指します。
………
………………
………………子……………愛子!!」
ゆっくりと意識が浮上し、愛子は自分の腕に温かみを感じる。
のそりと首を上げ、焦点が徐々にあっていくと、其処には今にも泣き出しそうな程、取り乱す母の顔があった。
腕に感じた温かさは、母の手だったようだ。
ぼんやりと目だけ動かすと、母親だけでなく父親も、伯母である伸子も、本気で心配していたのか、愛子を囲んでいる。
「……ぁ…」
「良かった……良かった…貴方にまで何かあったらって思ったら……っ…」
声が潤み、母親は愛子を抱き締めたまま泣き出してしまった。
「うんうん、疲れが出ちゃったのかもしれないねぇ。
それにしたって、この部屋……何だってこんなに冷えてるんだか」
「ほんとだよな。夏だって言うのに寒イボが出ちゃってるよ」
伸子と父親の何処かズレた会話に、愛子の意識はやっとはっきりする。
「……あれ…なん、で…?
お母さんもお父さんも……伯母さんまで…」
「「「………」」」
愛子は自分を囲む大人達が、怪訝に眉を顰めて顔を見合わせる様子に、きょとんとした。
「と、兎に角、この部屋は寒すぎるし、早く出よう」
寒そうに腕を擦る父親の提案に、愛子も母親に支えられながら仏間を出て、貸して貰っている部屋へ向かった。
そのまま布団を敷いて直ぐに寝かされる。
愛子本人としては、熱が出てる訳でもしんどい訳でもないのだが、大人達の何処か鬼気迫る雰囲気に何も言いだせず、大人しく従った。
「じゃあ晩御飯までゆっくり寝て、身体休めるんだよ」
「それがいいわ。後で用意出来たら呼ぶから」
伯母と母親の声に、渋々頷いて愛子はそっと目を閉じた。
愛子の部屋を出て、3人が居間の方へ戻っていると、母親が不安そうに呟く。
「いったいどうしちゃったのかしら……
風邪さえ引いた事がないのに」
「あの長い移動時間ずっと車の中だったし。途中からは山道で気分悪そうにしてたから、そのせいかもしれない」
父親が村への移動中の事を思い出して言う。
「そうねぇ、愛子ちゃんだけじゃなく、あんた達もぐったりしてたくらいだし…。
しっかり休ませてやれば、直ぐに良くなると思うんだけどねぇ。
まぁ、あんな青白い顔してちゃ、心配するなって言う方が無理だけども…」
「…えぇ」
そう言いながらも不安が隠せない母親の表情に、伸子は苦笑いを浮かべるが、思考は既にこの場から離れていた。
確かに仏間は人の出入りも多くないし、日光が直接差し込む場所でもないせいか、普段から他の場所に比べて一段階ひんやりとしているのは否めない。
しかし、あんな震え上がる程の冷たさ等、伸子が嫁いできてからただの一度も経験した事がなく、それがどうしても気になっていた。
何だか嫌な事が起こってしまうのではないかという、漠然とした不安が伸子の胸に広がる。
その後、母親が夕飯に呼びに来るまで、愛子はしっかりと眠っていたようだ。
そのおかげか、すっかり元気になったらしく、顔色も良くなっている。
心配した大人達の気遣いで、今日の晩御飯は愛子の好物が並べられていた。
楽しく会話しつつ、美味しく完食出来た。
その様子に大人達はホッとした様に微笑み合う。
「じゃあそろそろお風呂入っておいで」
「え…でも…」
伸子に風呂を勧められたが、行きの車の中で父親に少しだけ話を聞いていた事が引っ掛かって、愛子は躊躇ってしまう。
昔程ではないが、やはりと言うか何と言うか、身分や男尊女卑と言った考えが多少残っていると聞かされていたのだ。
父親自身はそう言うのも嫌で村を出たらしいのだが、勧められたからと言ってそれに乗っかって良いのかわからない。
困って父親の方を見ると、父親もどうしたら良いのかわからないのだろう。眉尻を情けなく下げていた。
その様子に伸子が首を傾げると、父親が口籠りながらも訊ねる。
「その……いいのか?
姉さんは『糸畑』のモンだし……俺はある意味余所者に…」
「やだよ、何言ってんだか。
もうそんな事煩く言う人なんて、この村にはいやしないよ。旦那だって娘に先に風呂入ってこいって言ってたくらいなんだから。
それに、嫁の親だからって蔑ろにしないでくれるんだし……」
「うん…義兄さんには頭があがんないよ」
田舎ならではの規律は確かにあったのだろうが、現在の小縁村では随分と緩やかになっているらしい。
「だから、愛子ちゃんも気兼ねなく入っておいで」
「はい」
伸子の勧めに従って、愛子は食卓から離れた。
風呂は少し離れた場所にあるので、先に着替えを取りに部屋へ行く。シャンプーやリンスは愛子拘りの品があるので、それも持って行かなければならない。
準備を終えて風呂場までの廊下を歩いていると、背後に何かの気配を感じて振り返る。
母親だろうかと振り返った先には、節電の為か照明の落とされた薄暗い廊下が見えるだけだ。
思わず愛子は自嘲する。
人様の家を悪く言うつもりはないが、糸畑邸は古いのだ。
言い換えればそう言う雰囲気バツグンと言う奴である。
今は半分以上消されているが、廊下の雰囲気は昭和か大正に迷い込んだのではないかと勘違いしたくなるくらいで、よく言えばレトロ、ノスタルジック等々、悪く言うと時代錯誤と言うかアナクロだ。
いや、誤解を恐れずに言うならおどろおどろしいと言うか、不気味…なのだが、辿り着いた風呂場は浴室だけでなく脱衣所も新しくて、そのアンバランスさは、昨晩もお世話になったのに、つい笑いが湧き上がる。
身体を洗ってから浸かる浴槽はゆったりとしていて、両足を伸ばしても問題が無く、丁度良い湯加減に気持ち良すぎて吐息が洩れた。
「はぁ、気持ちいい。
それにしてもさっきのは何だったんだろう……あんな夢見るくらい疲れてたなんて、全然自分では思ってなかったんだけど……」
仏間での記憶を弄る。
自分でもあんな現象に『怖い』と思わなかったのだから、疲労のせいで変な夢でも見たのだろうと言われて納得したのだが、それにしては祖母の悲しげな表情が、瞼に焼き付いて離れない。
尤も、祖母と言っても記憶にないので、見知らぬ他人と言った感覚も、無きにしも非ずである。
「でも、考えてもわかんないわよね……ん?」
肩が凝る程何かした訳ではないが、気持ちを切り替えるように首をぐるりと解して回した時、波紋に揺れる浴槽内の湯が視界に入った。
白く煙る湯気の奥、水面越しに自分の手足が見える。
これは普通だ。何処にもおかしなところはない。
しかし浴槽はごく一般的な淡黄色がかった白なのに、何故か緑色が見える。
ゆらゆらと波紋に合わせて、愛子の素肌を擽る様に緑色が揺れている。
「……は…?」
一瞬も目を離す事なく凝視する。
「え…何……? 目の錯覚?」
声に出さないと得体の知れない恐怖に身が竦みそうで、愛子はあえて大きな声を出して目を擦った。
揺れる緑色は、水草のように見える。
ゆらゆら
ゆうらゆら
ゆうらりゆらゆらゆらり
揺れていた水草の先端が、小さく丸く膨らんで、白い何かが覗き出た。
それは見る間に綻んで、清楚な花の形に開く。
「なっ!!??
あ、あ……」
花開いた水草は、愛子の目の前でその丈を伸ばし、まるで意識があるかのように愛子の手足に、ゆっくりと絡み付いた。
「いやっ!!
いやああ!!」
慌てて絡み付く水草を引き剥がす。
そのまま湯船から出ようと立ち上がった所で、微かな音が鼓膜を掠めた。
【………ゃん…どう…て……】
「ぁ……ぁ……」
【いか……で……すけ………るしい…】
逃げるように湯船を出るが、扉が開かない。
押しても引いても開かず、ガチャガチャと揺さぶる間に、湯の中から伸びた水草が、愛子を追いかけるように、その触手を伸ばして来た。
「……ぁ、い…いや、こないでっ!!」
払う様に、両手を闇雲に振り回す。
手に当たった水草は千切れて落ちるが、次から次へと押し寄せてきてキリがない。
「やめ…
お父さん、お母さん……助け……
いや……いやぁぁぁあああああああああああ!!!」
恐怖に染まった絶叫が浴室内に響く。
愛子の意識はゆっくりと闇に落ちて行った。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
そして、ブックマーク、本当に、本当にありがとうございます!!
夢ではないかと2度見どことか、何度も見返してしまいました!
どなた様も、もし宜しければブックマーク、評価、いいねや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>