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水神の花嫁  作者:
4/9

4



 ――ギシ……


 板張りの廊下が微かに軋む。


「(ッ!?)」


 戸を挟んだ居間の中から、息を飲むような音が聞こえた。

 思いがけず盗み聞き状態になってしまい、室内に走る緊張も相まって、愛子の方も頭が真っ白になり狼狽えてしまう。だけど漏れ聞こえた会話も、別に悪巧みとか悪口とかではなかったのだし、慌てる必要はないと、口元を押さえていた手をゆっくりと下ろした。


(そう、偶々(たまたま)声が聞こえたってだけなんだから、あたしだって悪くないわ……よね…)


 言い訳する様に『自分が悪いんじゃない』と心の内で繰り返してから、とぼけた声を掛けて誤魔化す。


「お母さん、帰ってるの?」


 戸越しに伝わる居間の緊張が緩んだ気がする。


「(愛子ちゃん? 帰って来たのね)」


 そこまで聞いて、愛子は合点がいった。

 確か出かける時に靴を探していたのだが、見つけたミュールがあった場所に、つい何時もの癖で自分の靴を仕舞い込んでしまった事を思い出す。そのせいで愛子の靴が玄関に見当たらない状態になっていたのだ。

 靴が見当たらないのだから、愛子は出かけていて、居ないと思っていたのだろう。

 恐らく両親も。


 声を掛けたものの、一向に戸を開けない愛子に焦れたのか、伯母である伸子が中から戸を開けてくれた。


「「お帰り」」

「外は暑かったでしょう? 風はマシなんだけどムシムシしてるからねぇ。

 あら、可愛いワンピースね。やっぱり女の子がいると華やいで良いわねぇ」


 両親も伸子も笑顔で迎え入れてくれる。

 愛子も着替えないまま転寝をしたせいでワンピースのままだったが、両親と伯母もまだ喪服のままだった。


「何処まで行ってたの?」


 隣に座ろうと中腰になった愛子に、母親が訊ねてきた。


「えっと…お帰りなさい。

 あたしは暇になっちゃって、ふらふらと散歩してただけ」

「はは、まぁテレビもあっち程チャンネル数がないからな」


 父親の言う『あっち』というのは、普段の居住地域の事を指しているのだろう。


「あ~……ぅん、まさかあんなに少ないなんて思わなかった」

「ごめんねぇ、田舎だから退屈だわよね」


 伯母の言葉に愛子は首を横に振った。


「ううん、そんな……えっと、そ、そうだ!

 同じくらいの年の子に会ったの! 凄い綺麗な男の子だったんだけど、あの子って何処の子?」


 名前を聞きそびれていたので、丁度良いとばかりに伸子に聞いてみる。


「愛子ちゃんと同じくらいの…?

 ん~…ごめんねぇ、わかんないわ。

 でもこの村の中で会ったんなら、村人の親戚か何かだと思うけど」

「そっか、残念」


 伯母も心当たりがないらしく、結局身元不明のままだが、また神社に行けば会えるに違いないと、愛子は気持ちを切り替えた。


「それにしても、お母さん達着替えないの?

 皺になっちゃうよ?」

「あ、あぁ、そうだったわね。着替えてくるわ」


 指摘されて、ハッとした様に母親は立ち上がる。

 ついでとばかりに父親も着替えさせようと引っ張って、居間から出て行った。


 それを一緒に見送っていた伸子が、『自分も着替えてくる』と居間を出ようとしたところで、愛子を振り返った。


「そうそう、お婆ちゃんのお骨は仏間に帰ってきてるから、良かったら会ってやって頂戴。

 昨夜は遅かったし、今朝は今朝で湖神様に挨拶に行ってたから、全然会えてないでしょう?」

「あ、そう…だね。

 仏間って……?」

「あぁ、廊下に出て直ぐの部屋だよ」

「わかった。ちゃんと挨拶してくるよ」

「ありがとうねぇ」


 そう言って着替えに出て行った伸子も見送ってから、愛子は居間を出て、言われた部屋へ向かう。


 糸畑の家は広いので、ただでさえ静かなのだが、今はタイミング悪く愛子一家を除けば、伸子しか家人が居ない状態なのだ。

 旦那さんは葬儀に来てくれたという親戚を、車で街の方へ送るのに出かけているらしいし、娘さんは遠方に嫁いでいて、こっちに戻れるのはもう少し先になりそうとの事。息子さんも社会人に成りたてで、あまり休めそうにないらしい。

 目的地と言うか、帰省先がこんな山深い田舎では、それも致し方ないだろう。


 そんな訳でただでさえ静かな糸畑家だが、仏間には更に凝縮された静寂が居座っていた。

 障子戸を開け、室内にぶらさがる古式ゆかしい吊り下げ照明をつける。


 途端にずらりと掲げられた白黒写真から、視線が突き刺さる様な感覚に襲われてしまい、正直言うと愛子は早々に逃げ出したくなった。

 それでもなんとか、愛子はお骨の前に正座をする。

 だが、そこからどうして良いかわからない。

 『死』が身近でなくなった弊害で、ありがちな事だ。


(手を合わせるのが先? それともお線香?)


 わからないが、態々(わざわざ)聞きに行くのも面倒くさい。

 要は気持ちの問題だと、自分ルールで手を合わせた。


 合わせた手を下ろし、目線の高さにある老女の写真を見つめる。

 刻まれた皺は深く、だけどその表情は穏やかで、ずらりと並んでいる祖先達の写真の様な居心地の悪さは感じない。

 カラー写真なのだが、何処かセピアに色づいたような柔らかさがある様にも見えて、白黒写真達から突き刺さる鋭さを、丁度良い塩梅に削ぎ落としているのだろう。


(だけど……。

 ……ん…やっぱり何も思い出せない。懐かしい様な気もするけど……。


 あたし、お婆ちゃんに会った事あるんだよね?)


 返事がないのは重々承知で、それでも心の内でつい問いかけてしまった。

 思い出そうと必死になると頭痛に襲われたりしていたので、両親は揃ってもう思い出さなくて良いと言ってくれる。

 日常生活に支障がある訳じゃないので、その言葉にずっと甘えてしまっていたが、いざこうして遺影を前にすると、優し気な笑顔や声を思い出せないのが、ちょっぴり悲しくなってしまう。


 そんな、言いようのない諸々が綯い交ぜとなって、愛子は小さく溜息を零した。


 すると視界に収まっている遺影の笑顔が……ブレた。


(っ!!??)


 まるでノイズの様に視界までブレて、あまりの事に声も出せずに固まっていると、空気がゆっくりと冷えていく。

 そして遺影が二重写しのようになったかと思ったら、老女の顔から笑顔が抜け落ちた。


(ヒッ!!)


 目の錯覚だと思いたい。

 こんな恐怖体験が自分に降りかかるはずはない。


 そんな愛子の動揺等知った事かといわんばかりに、老女の表情は今もゆっくりと変わり続けていた。


 ゆっくり……ゆっくり…………。


  本当にゆっくりで、一時期流行った『ア〇体験』や『エ〇レカ体験』で流された映像を見せられているような感覚だ。

 そしてやっと変化は止まったのか、老女の視線と交差する。


 交差した老女の表情は、酷く悲し気に歪んでいた。

 不思議と恐怖は溶け消えていて、愛子はじっと目の前の摩訶不思議な光景の中に浮かぶ、祖母の顔を見つめ続ける。


 悲し気な老女は、一度だけ首を横に振った。

 そして…ただただ静かに、すぅっと消え去って行く。


「あ!」


 愛子は思わず前のめりになり、縋るように手を伸ばす。

 室内の冷えた空気だけが、さっきの出来事は現実だったと言っているように思えた。







ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。


どなた様も、ブックマークや評価、いいねに感想等々、もし宜しければ是非お願いします! とっても励みになります!


もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>

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