3
暫くしてその人物が見上げていた目線を落とした事で、その横顔が見えた。
「!」
すっと通った鼻梁、涼やかな目元に全く穢れのない初雪のような肌を持つ、白皙の美少年が其処に居た。
(すご……。
あんな人間とは思えない程の美少年なんて居るんだ。
大崎君なんて目じゃないっていうか……ぅん、年齢的にもそんなに離れてなさそうだし、ここは話しかけるしかないわよね?
それにほら、こんな可愛い女の子に声かけられて喜ばない男子なんて居ないでしょ?)
愛子はそんな独りよがりな妄想を抱きつつ、石塔の影から足を踏み出した。
――ザッ……
石畳の上に散った砂粒が、思ったよりも大きな音になって響く。
その音に、前方に佇む美少年が顔を向けてきた。
見れば見る程溜息の出るような美貌だ。
悪魔的と言っても良いかもしれない。
だが、彼は愛子を見るなり、眉根を微かに寄せて、考え込むかのように首を傾げた。
まるで何故自分に声を掛けるのか、全くわからないとでもいう様に……。
「あ、あの!
……えっと、この村の人? 多分そうだよね?
昨日から糸畑さんの家に泊まってるんだけど……名前、何て言うの?」
勢いで声を掛けたは良いが、後の言葉が何も思いつかない。
苦し紛れに、ちょっぴり恥じらう様に上目遣いで瞬きをした。
かなりあざとい仕草だろうが、男子には受けは悪くなはずだ。同性からはあまりよく言われないけれど、今この場に居る訳じゃないのだから気にしない。
しかし、彼は愛子の予想に反して、一瞬で興味を失くしたのか、背を向けて歩き出そうとした。
(え……嘘…)
「あ、ちょっと待って!
この辺に同じくらいの年の子も居ないし、良かったら友達になってくれない?
あたし、愛子って言うの! 岸田愛子!」
思わず縋るように叫んでしまったが、それが功を奏したのか、少年は足を止めて振り返った。
その途端、愛子は胸が苦しくなる様な、不可思議な感覚に、思わずワンピースの胸元を握りしめる。
(やだ…ホント、あたしどうしちゃったの…?
こんなギュウって締め付けられるような感じって……わかんない…)
これまで同性の友達にハブられたりしない程度に、男子に媚びを売ったりしていた。
これは愛子の思い込みなのだろうが、その方が喜ぶ男子が多いと思っているのである。実際、それで大抵の男子生徒と仲良くなれた実績もあったのだから、そう言うのを嫌がる人物もいると、思い至らないのは仕方ない。
とは言え、経験的にやりすぎると女子から反感を買ってしまうとわかっていたので、其処は慎重にしていたつもりだったのだが、実はそれ以前にかなり初心な女の子だった。
仲良しメンバーには、そんな振りがバレてしまう程度には、素直な性質だったのだが、本人がそう言う風を装っているのだからと、友人達もあえて指摘したり、襤褸が出るような恋バナを愛子に振ったりしなかった。
そのせいで、胸の痛みの正体に気付いていない。
だが、そんな愛子と違い、振り返った少年の目には底冷えする程の剣呑な光が宿っていた。
「岸田……あ…いこ……」
ぞっとするほど冷たい声に、愛子がビクリと身を竦ませる。
「え……」
少年がゆっくりと近づいてくる。
彼の方から近づいてくれるなんて、願ったり叶ったりな状況のはずなのに、何故か背筋が凍るような何かを感じて戸惑ってしまう。
「そう……君が……」
少年は名を名乗る事もしないまま、手前2m程の位置で足を止め、愛子の頭から足先まで、睨み付けるようにじっくりと眺めた。
それにしても、冷ややかな様子には困惑してしまうが、声まで凛と美しいなんて反則だ。
(えっと……これはどういう…?
友達になってくれる……って事でいいの…かな…?
ん? あ、もしかしてあたしが忘れてるだけで、彼とは幼馴染だったとか?
そうなのかも! だって、そうじゃなきゃ納得したみたいな言葉なんて出ないと思うし、きっとそうなんだわ)
「ぁ、もしかして幼馴染だったりした?
ごめん、あたしちょっと記憶が抜けてる……みたいな? 特に普段、不都合とかはないんだけど…ね。
そんな事情だから、忘れてる事で怒らせたなら、本当にごめん」
言い訳の様に早口で捲し立てたが、少年は全く表情を変えない。
何の変化も見られない事が、かえって愛子の不安を駆り立てた。
「その……ぁ、じゃあ知り合いから始めない?
ほら、怒らせちゃってたなら、直ぐ仲良くって難しいかもしれないし……だけど、こんな小さな村だし、仲が悪いままってあたし、嫌だから……謝るから…。
………ダメ、かな…?」
背筋に走る冷たい何かに疑問しかわかないが、きっと怒らせてしまっているからだと、愛子は結論付ける。
少し離れた場所に立つ、互いの間に重く圧し掛かる沈黙の隙間を、冷えた風が吹き抜ける。
まるで見えない壁でもあるかのように、それ以上近づく事もなく、少年がのたりと笑った。
「そう……。
………これを…」
朗らかさも柔らかさもない……要するに永久凍土のような冷たく硬い少年の笑みに、それでも愛子は嬉しくなった。
そして差し出された手に目線を向ける。
何かを握る様に差し出された手に、引っ張られるように一歩ずつ近づいた。
彼の手の長さ分だけ離れた位置で立ち止まり、愛子は両手の掌を上に向けて、差し出された何かを受け取る形にする。
決して互いの手は触れ合う事なく、彼が拳を緩める事で落とされた何かは、すとんと愛子の手に落ちた。
何だろうとじっと見つめれば、それはとても美しく透き通った石だった。
中に水を閉じ込めたかのように、木漏れ日を乱反射して輝く其れは、例えようのない美しさを封じ込めていた。
「……綺麗…」
うっとりとそう呟いた瞬間、掌に乗ったその石は、氷が水に変化する様を早送りするかのように、一瞬で透明な水に変わった。
「え……」
そして一瞬で失せてしまう。
蒸発したのか、それとも愛子の手に吸い込まれたのか……。
説明が出来そうにない現象を前に、愛子は目を瞠ったまま微動だに出来なくなった。
(な、に…? 今の……)
どのくらい時間が経ったのだろう……。
わからないが、油の切れたロボットの様にぎこちなく首を動かせば、愛子はさっきまでと同じ場所で一人になっていた。
あれから、愛子は気づけば滞在させて貰っている糸畑家に戻っていた。
正直いうと、何処をどう通って戻ったのか覚えていない。
とはいえ、一部記憶が欠落したままらしい愛子にとっては、そんな事は取るに足りない事だった。
(はぁ……名前、聞けなかったな。
だけど、あんな綺麗な子、見た事ない。
あーあ、あの子が彼になってくれたら自慢出来るのに……。
でも、きっとまた会えるわよね、だって村の子だろうし、何よりあんな綺麗な石くれたし……あんな綺麗なんだもん、きっと彼の宝物だったに違いないわ。
なのに……あたしったら、何処にやっちゃったんだろ……なくすなんてありえない。
明日またあそこに行ってみなきゃ…そして探し出さないと)
まるで手品のように個体から液体に一瞬で変化した事は、記憶に残っていないのか……愛子は『探さなきゃ』と繰り返し呟いていると、玄関の方が騒がしくなった。
きっと両親達が戻ってきたのだろう。
出迎えに行くべきかとも思ったが、もしご近所さんとかが居たら面倒だしと、与えられた部屋で身を横たえ目を閉じた。
いつの間にか転寝してしまっていたようだ。
とはいえ、部屋の時計を見ても、さっきから1時間も経っていない。
一応不幸のあった家だし、来客があったとしても長居はしないだろうと、愛子は両親達を探す事にした。
広い家ではあるが、普段使われている場所はそんなに離れていない。
両親の部屋を覗き、台所を覗いた所で、居間の方から声がする事に気がついた。
声を掛けようと居間の方へ向かい、戸を開けようとしたところで思わず手が止まる。
「(だけど、ほんとになーんにも覚えてないみたいだねぇ…)」
「(あぁ…だから此処へ連れてくるのも悩んだんだけど、一人で家の残すのも心配だったし、お婆さんに最後の挨拶くらいはって……)」
「(うんうん。
まぁ、思い出したりもしてないみたいだし、それはそれで悲しくはあるけど、安心っちゃぁ安心だわね。
じゃあ、あれはこっちで預かったままでいいんだね?)」
「(お義姉さん、すみません…御迷惑かけて…)」
「(何言ってんのさ、あたしにとっても可愛い姪なんだ、気にしないでおくれ)」
愛子は戸越しに漏れ聞こえる声に、怪訝に粥根を寄せた。
(姪?
あたしは確かに伯母さんの姪だけど……預かる?
それに思い出したりって………。
やっぱり、あたしはこの村で何かあったんだ……?)
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
どなた様も、ブックマークや評価、いいねに感想等々、もし宜しければ是非お願いします! とっても励みになります!
もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




