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お昼過ぎに父親の運転する車で出発したのに、小縁村の入り口に到着した時には既に周囲は真っ暗になっていた。
途中から山道になった事もあって愛子は少し気分が悪くなり、ずっと寝ていたので、何処をどう進んできたのかわからず、目覚めれば秘境――である。
そんな訳で愛子自身は比較的元気だったが、今日泊めて貰う伯母の家につく頃には、両親は揃ってぐったりとしていた。
しかし、夏と言ってもこんなに地域差があるのだなと、愛子はしみじみ思う。
ひんやりと涼しく、自宅のある地域と同じ夏だとはとても思えない。とは言え、山中だと言う事もあってか湿度は高いようで、じめりとした空気が肌に纏わり付いていた。
亡くなったのは愛子から見れば父方の祖母で、父親と伯母にとっては母親にあたる。
聞けばお通夜どころか、火葬まで既に終わっていると言う。
伯母はしきりと謝っていたが、何か理由があるのだろう。涼しいと言っても夏である事に変わりはない以上、御遺体を何時までも置いておくのも難しいだろうし、村の風習と言うのもあるのではないかと考える。
と言うのも、明日は湖までお骨を持って挨拶に行くのだそうだが、そんな話は聞いた事もなく、この村独自のやり方なのではないかと思ったからだ。
伯母が言うには、愛子は参加しなくても大丈夫らしい。
向かう湖は村にとって神聖な場所らしく、水神様が住まうと言われていて、必要もなく近づく事は厳禁とされているせいで、湖までの道は藪に覆われているのだそうだ。
そんな中、都会のもやしっ子である愛子が無理に参加しても、大変だろうと言われてしまった。
湖というか、水になんて近づきたくもないので渡りに船ではあるのだが、そう言う事なら家に残っておけば良かったと、愛子は心底げんなりしてしまう。
(はぁ、電波状況もあんまり良くないし……コンビニすらないって、退屈なのは確実じゃない。
あーぁ、家に居たら友達と遊べたのにな……)
と、そこまで考えて頭を振る。
家に居たら海行きの誘いを断るのは難しかっただろうし、何より水が怖いなんてバレたくない。
まぁ、考えようによっては海なんて怖~い♪としな垂れかかり、大崎との距離と縮めるネタに出来たかもしれないが、確実に他には弄られるだろう。
(弄られキャラにはなりたくないもんね。
あたしは弄られじゃなく愛されが似合ってるんだから。
にしても明日はどうしよっかな……少なくとも湖への挨拶? とかいうやつの時間帯は暇決定だし…。
それにきっとこんな過疎の村じゃ、あたしみたいに可愛い女の子は目立っちゃうよね?
そしたらお婆ちゃんの挨拶に参加もしないで…とか陰口言われそう……ううん、絶対に言われるわ。
ここでスマホ弄ってるのがいいかな…まぁ、明日は明日のノリで考えればいっか)
何処から仕入れた知識なのか、『村』に対して非常に偏見に満ちた考えに一人納得しつつ、その夜は眠りについた。
翌朝、愛子が起き出して来た頃には伯母は勿論、両親も喪服に身を包んで出かける所だった。
「ぁ、もう行くの?」
「あら、愛子ちゃん、おはよう。
えぇ、伯母さん達は行ってくるわね。朝ご飯は冷蔵庫に入れてあるから、後で食べてね」
父親の姉である伯母は、結婚で苗字が変わり『糸畑 伸子』と言う名前になっているが、この糸畑の家がとても大きい。
以前は村長を務めた事もあったそうで、村の顔役と言っても良い家の一つだそうだ。
「それじゃ私達も行ってくるよ」
「出かけるにしても遠くへは行かないようにね」
父親と母親からも声を掛けられ、それに頷いて『いってらっしゃい』と見送る。
途端に静けさがやってきた。
テレビをつけるがチャンネルは少ないし、どれも面白そうではない。野暮ったいお天気番組等お呼びではないのだ。
仕方なくテレビを消し、言われた通りに朝食を済ませると、畳の上に寝っ転がってスマホを弄り始める。
昨晩も感じたが、電波状況は悪く、動画を見る事もままならない。
「ああ! もう! 暇っ!」
暇とぼやくくらいなら、訳が分からずとも挨拶とやらに参加すれば良かったと、心底後悔してしまう。
とは言え嘆いた所で状況は変わらない。
愛子は食器を片付け、自分の荷物を置いてある部屋に戻った。
寝巻代わりのTシャツとハーフパンツから、白のワンピースに着替える。
避暑地と言えばこれという、やはり何処から仕入れたのかわからない謎知識なのだが、玄関まで行って愛子はムッと口を曲げた。
折角ヒラヒラのワンピースに着替えたと言うのに、デザインの合う靴を持ってき忘れている事に気付く。
伯母の家のシューズボックスも漁ってみるが、思わず眉を顰めてしまう程田舎臭い靴ばかり。
もうワンピースを諦めるかなと立ち上がった所で、ミュールを見つけた。
他の靴同様デザインは可愛いとは言えない物で、イメージとしてはオバちゃんが市場に買い物に走る時のスリッパタイプと言った感じだ。
しかし気分はワンピースだったので、それで妥協する。
勝手に漁って、勝手に借りた癖に、何とも上から目線なのが不思議だ。
外へ出て、裏へ回る。
流石田舎の顔役の家と言うべきか、庭もとても広い。
色鮮やかなイングリッシュガーデンでは勿論なく、落ち着いた日本庭園風なので、愛子は早々に見切りをつけて裏口から敷地の外へ出た。
木々が覆いかぶさるように生えているおかげで、日光が遮られ、日中だと言うのに涼しい。
その上自宅周辺と違って空気も清涼な香りを含んでいる気がして、とても清々しい。時折木の根元で咲いている花や、前を横切る美しい蝶なんかを見るだけでも楽しくなってきた。
意外に悪くないかもと思いつつ、人目の少なそうな道を選んで進んでいると、横にそれるように丸太を止めただけの階段が目に入る。
興味をそそられ、進路を其方に変更すると、上り切った先に古そうな、だけど手入れの行き届いた社が小さく見えてきた。
「へぇ、もしかして神社なのかな」
そう言えば幼い頃に、何処かの夏祭りに参加した記憶がある様な気がする。
もしかすると、この村の祭りだったかもしれない。
「ま、覚えてないんだけどね」
独り言ちながら、いつの間にか石畳に変わっていた道を先へと進む。近づくと、それなりに立派な社殿だったが、如何せん古すぎて描かれている絵や文字なんかは掠れてしまっていた。
通り抜ける風がひんやりとして、本当に心地良い。
思わず伸びをして深呼吸していると、奥の方からかさりと枯葉を踏むような音が聞こえた。
愛子は石塔の影に思わず身を顰めるが、つい好奇心で音の方へ向かう。
其処には愛子と同じくらいの年齢だろうか……光の加減か時折青みがかって見える黒髪を、すっきりと整えた人物が御社を見上げていた。
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