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【完結済】水神の花嫁  作者:


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15



 愛子は自宅のベッドで横になっていた。


 あれから道路の復旧が終わり次第、早々に逃げるようにして、両親共々小縁村を後にした。

 愛子の叫びによって、行方不明の妹は愛子が見殺しにしたらしいと窺い知る結果となったが、麻砂子も勝則も、唐突に明かされた話に、感情も何も追いつかない状態のまま、気付けば愛子を連れて自宅に戻っていた。


 『何故』『どうして』

 愛子を問い詰めて、責め立てて……そうしたい気持ちもあったが、一方でやはり愛子は愛娘だった。許せないと思う感情は確かにあるのに、守らなければと言う思いも間違いなくあって、両親達も自分で自分を持て余している。


 全てがグチャグチャで、真面まともな判断等出来たとは思っていないし、これからも出来ないだろう。

 尤も、何をどう行った所で、我が子は愛子だけで、もう妹は帰ってこないのだ。


 愛子はあれ以来壊れてしまった。

 日がな一日ぼんやりと虚ろで、食事も着替えも、何一つ自分では出来なくなっている。

 日を追うごとに痩せ細り、今では生きた屍にしか見えない。


 愛子に対して戸惑いや負の感情はあったが、やはり放置は出来ず、自宅に戻ってから病院にも連れて行ったが、精神科の受診を勧められてしまった。

 足首にあった黒い痣も、ゆっくりではあるが広がる一方なのに、どうやらその痣は、愛子一家とその縁者にしか見えないらしい。

 医師に痣の事も話したが、怪訝な顔をされるだけで、『お疲れなんですね』と反対に気遣われる始末だった。


 言われるまま精神科も受診し、入院も提案されたが、入院したところでどうにかなるとも思えず、自宅療養をしている。

 精神も何もかも崩壊してしまった愛子だけでなく、両親もある意味壊れてしまった。会話はなく、一家からは笑いどころか、暫くすれば生気さえ失われてしまうだろう。





 その頃、小縁村では村人達が疲れ切った顔をしていた。

 愛子達が村を離れて暫くの後、湖の水神を祀った神社から火の手が上がり、懸命の消火活動にも拘らず全焼してしまったのだ。


「……俺、自分が変だってわかってるんだが……」

「あ? なんだ?」

「あの炎……まるで意志があったみたいに思えて……」

「………」

「あんなに激しく燃えてたのに、俺等は誰一人怪我もしてねぇ……なぁ、もしかして湖神様は……俺等…見捨てられたんかなぁ……」

「………わからん…」


 疲れ切ったように座り込む村人たちの顔は煤で汚れていたが、聞こえてきた言葉に、物申す者は一人もいない。

 まるで仕舞い支度を済ませた様に社と、何故か少し離れたところにあった蔵だけを燃やし尽くした。

 だが、それなりに大きな火災だった筈なのに、消火に当たった人々は勿論、周辺の木々他も無傷だった事が、何よりその証拠のように思えて誰ともなくはなを啜り始めた。


 卓郎は伸子と共に、啜り泣きが聞こえ始めた境内から離れ、湖までやってきていた。


「たった数冊でも、伸子が蔵から持ち出しててくれて助かった」

「御社が燃えてなくなっちまうなんて、想像もしてなかったけど…………だけど…何処でこんなに狂っちまったんだろうねぇ……やるせないよ…」

「わからん…。

 だが湖神様の逆鱗に触れたっちゅう事なんじゃないかと、俺は思った…」


 これまでと変わらず、鏡のように風景を映し込む水面を、ただ無言で見つめる。

 その伸子と卓郎の横を、さわりと風が吹き抜けた。


 伸子は何気なく顔を向ける。


「………お…お母さ、ん…」


 呆然とした色が滲む声に、卓郎もギョッとして顔を向ければ、確かに其処には先日弔った義母が、風景を透かして立っていた。


「………ッ」


 靄の様な頼りない姿に、目を逸らせずにいると、老女は隣に立つ婿と娘には目もくれず、只管に湖を見つめ、少ししてから深く頭を下げた。

 頭が地面に届くんじゃないかと思ってしまう程、深く深く下げた。


「「…………」」


 何か聞こえた気がして、老女が頭を下げ続ける湖を、二人して振り返る。


 凪いだ湖面に立つ人影に息を飲む。

 和装に身を包んだ少年と少女がそこに居た。


「…………ぁ」


 伸子は少女の顔に目をしばたかせる。

 記憶にあるより少し成長して見える少女は、確かに麻砂子の面影を宿していた。


 彼女は隣に立つ少年と手を繋ぎ、此方に微かな微笑みを残してゆっくりとその姿を消していく。

 伸子も卓郎も、膝に力が入らずその場にへたり込んだ。

 気付けば老女の姿も消えている。


「………あ…あたし…何を見た……?」

「こんな事……あるんだな…。

 穏やかな、お美しい姿だった……あれはきっと…」


 心此処に在らずで、呆けた様に呟くのが精一杯だったが、やがて水面に浮かぶ物に気がついた。

 それはゆっくりと、だが真っすぐに伸子達が座り込む湖岸へと近づいてくる。

 じっと目を凝らせば、それは開かれた金扇。

 その上には、小さな運動靴が載っていた。

 記憶の隅に引っかかるその靴に、伸子は手を伸ばして扇ごと引き寄せる。


 間違いない……今も行方がわからないあの子の物だ。

 何故両親ではなく、伯父伯母である自分達の下へ返されたのかわからない。



 しかし……




「金扇……そうか、あの子は湖神様が娶ってくれたんだな…」

「あの子…ちょっと大きくなってたように見えたんですよ…………でも……だからって………こんな悲しい知らせって……」


 伸子は座り込んだまま泣き崩れ、卓郎はその肩を宥めながら、何時までも湖面を見つめていた。






この話を以て完結となります。

ここまでお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました。


また次回作や他作でも、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

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