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【完結済】水神の花嫁  作者:


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 ザンンッ!!


 水面が割れ、飛沫が舞い、波紋が広がる。

 引き千切られた飛沫の一つ一つが、水面を叩いて波紋を生み出す。

 生まれた波紋は互いに干渉し、消えゆく刹那の絵を描いた。


「ッ……ンク!!」


 声が出ない。

 衣服を身に着けたまま水中に落ちたせいで、身動きもままならない。

 姿勢を保ち、呼吸を確保する事に精一杯で、叩いて罵った妹がまだ桟橋の上に居るはずなのに、彼女に助けを求める余裕もない。


 ―――本能的溺水反応―――


 海水浴客でごった返し、耳目は十分あったはずなのに、溺れ死んだと言う話は聞いた事がないだろうか?

 愛子は今まさにその状態であった。


 口からゴボリと、断末魔になり損ねた泡沫が抜け出て行く。

 放心したようにそれを見つめ、意識が水底に沈みそうになった時、愛子の衣服を引っ張る手があった。


【お姉ちゃん!!】


 途端に意識が鮮明になり、苦し紛れに必死で水面に顔を出す。

 喘ぐように酸素を取り込もうとすると、飛沫と一緒に水の塊が口の中に入ってきた。


 酷い事をしたのに、酷い事を言ったのに……妹はその小さな身体を必死に伸ばして、愛子の衣服を摘まんだまま、何とか手繰り寄せようとする。

 愛子の方も妹からもたらされた救いの手に必死に縋り、桟橋の足場に組まれた丸太に何とか手をかける事が出来た。


 愛子は首だけ水面から出し、足場にしがみついた状態で、妹の顔を無心に見つめる。

 気管に入り込んだ水を、身体が排出しようと咳が出るが、それも少しするとマシになった。


 自分が叩いた妹の頬は真っ赤に腫れ上がっていたが、彼女は姉・愛子が溺れずに済んだ事を、心の底から喜んでいる様だ。

 痛みに因るものではない涙で頬を濡らし、愛子が撒き散らした水飛沫で汚れたまま地面にへたり込む妹を、愛子は黙って見続ける。


【お姉ちゃん…良かった……

 ぁ……どうしよ…私じゃお姉ちゃんを引き上げられないかも…】


 当面の危機が去ったと思えば、他の事に思考が向くのは当然の事で、妹は姉を水中からどうやって引き上げようかと悩み始めた。

 平均より身長の高い愛子は、妹に比べてかなり体格がいい。

 詰まる所、妹が愛子を引き上げる事は不可能と言う事だ。


 しかし湖に近づく事を禁止されているのに、それを破ってしまった事も、妹の思考を鈍らせてしまう要因の一つだっただろう。

 だが、このままでは愛子の体力もいつか尽きてしまう事くらい、小学生の妹にもわかっていた。

 妹は姉がちゃんと丸太にしがみついている事を確認する。


【お姉ちゃん、待ってて

 お父さんかお母さん呼んでくる。

 ……村の人には怒られるかな……ん、でも怒られても良い。

 直ぐ呼んでくるね】


 妹は掴んだままだった愛子の衣服から、強張る手を何とか引き剥がして立ち上がろうとする。

 その手を愛子は無意識に掴んだ。

 何があっても離すまいと、必死に力を込めていたのだろう…小さな手は冷たく、そして酷く強張っていた。


【お姉ちゃん…?】


 じっと虚ろに見上げてくる愛子に、妹は困ったように唇を突き出した。


【怒られるの……嫌?

 ん……でも、私ひとりじゃこれ以上は無理そうなの。

 だから……】

 

 水中から桟橋の上の妹を、無言のまま見上げる。

 その間も掴んだ手は離さない。


【お姉ちゃん、ほんと直ぐ呼んでくるから。

 このままじゃ危ないから】


 見上げたまま、愛子は自分の中に再び黒くどろりとした何かが、ゆっくりと滲み出るのを感じていた。


(虫唾が走るくらいいい子ね…。

 ホント……良い子過ぎて、反吐が出るってこう言う事なんだ。

 あたしの代わりに、アンタが落ちれば良かったのに……)


 滲んだ感情は一気に膨れ上がる。


 妹は誤解していた。

 愛子には自分で水から上がる余力が残っていないと、そう思い込んでいた。

 いや、小学生で、しかも嫌われていると感じながらも慕う姉が、そんな嘘を吐くなんて思いもよらないのだから仕方ない。

 都会のもやしっ子とは言え、組まれた足場はそれなりに頑丈だったし、それを伝って湖岸の方へ行けば、足をかける土手だってある。

 自分で上がれないと言う事はなかったのだ。


(そうよ。

 この子が居なかったら……この子さえ居なかったら、あたしが全部貰えるのにっ!!

 憎い憎い憎い……………。

 あぁ、そうだ……そう、この手を引っ張るだけでいいんだ…)


 愛子は掴んだ妹の手を、思い切りグイと引っ張る。

 驚愕の表情は一瞬で、体勢を崩し、妹の身体はあっけなく湖に投げ出された。


 水面を妹の身体が、手が叩く。

 波紋が複雑に文様を描く。


 愛子は入れ代わる様に、自力で岸辺に近づき、何とかとっかかりをみつけて這い上がった。


【お姉ち……ッ】


 水を含んで重くなった衣服は、妹を拘束するように絡み付き、命の抗いは一瞬にも思えるほど短かい。

 水面に突き出された妹の手が痙攣した。


 その様子を、愛子は何の感慨もなく見つめる。

 妹が死を目前にしているのに、心は凪いだままだった。



 最後に馬びあがった少し大きめのあぶくを残して、水面も凪いだ。








 愛子の意識が、遠い時間と記憶の彼方から、現在いまに戻る。


(…………あぁ、あたしには妹がいた…。

 あたしの代わりに死んだ。

 違う……あたしが見殺した。

 ううん、そうじゃない……明確な殺意を持って殺した…。

 ………どうして……どうして忘れていられたんだろう………)


『やっとか……』


 愛子は、呆然と声の方を見上げる。


 白皙の、人外の美貌がそこにはあった。

 見上げたまま、ゆっくりと愛子は視線を泳がせる。


「………し…」


 少年の片眉が怪訝に跳ね上がった。


「……あ、あたし……あたしは……」




 認知

  ―――そう、愛子は間違いなく妹を殺した。


 嫌悪

  ―――自分は殺人を犯した。自分が信じられない。

     何より穢れてしまった。


 後悔

  ―――どうして、何故そんな事をしてしまったのか。


 弁解

  ―――でも、あたしだって苦しかったの。


 逃避

  ―――そうよ、仕方なかったの。


 免罪……そして他責

  ―――だから、あの子の方が悪いの。




「あたしは悪くないッ!!

 あの子が…全部、何もかも奪って行くあの子が悪いのよッ!!」





ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。

そして、ブックマーク、本当に、本当にありがとうございます!!


どなた様も、もし宜しければブックマーク、評価、いいねや感想等、頂けましたら幸いです。とっても励みになります!


リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。


もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>

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