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妙に体がだるい。
動けない程ではないが、だからと言って積極的に動こうとは思えず、その場に座り込んでから周囲を見回した。
愛子は自分の居る場所が現実ではない事に気付く。
ふよふよと白い靄が、灰色のキャンパスに描き出された霧のように漂っている。
前後も、左右も……それだけでなく上も、下も……。
そんな場所、現実にあるはずないのだから、夢か何かだろう。
愛子はたった一人で其処に居た。
漂う白いモノは、愛子の身体にねっとりと重く絡み付き、酷い疲労感を齎した。
夢の中で疲労感を感じるなんて勘弁して欲しいとは思うが、夢だからこそ自分の思うようにはならない。
そんな事はわかっているが、思うだけならタダなのだからと、愛子はせめて明るい花畑とかなら良かったのにと、嘆息した。
座り込んでからどのくらい経ったのだろう…。
時間の感覚がなく、目に映る風景にも代わり映えがないので、いい加減飽きてきた。
重だるい感じは相変わらずだが、多少なりとも変化を求めて歩き出そうと立ち上がる。
全方向が灰色に白い何かが漂い流れると言う光景で、方向の感覚も曖昧になり、まるで宇宙空間に投げ出されたような、とてつもない不確かさに途方に暮れそうになる。
だが、足を踏み出せば前に進んでいる感じがあり、本気で言いようのない不可思議空間ではあるが、まだ夢だと何処かで安心していられた。
しばらく歩き続けると、前方に白い靄の塊が見えてきた。
大きさは愛子の胸より低い、上下に伸びた楕円だ。
誘われるように其れに近づいていくと、楕円だと思っていたシルエットが、単なる楕円でないと分かる。
上の方に丸く小さな部分があり、その下に……『あぁ』と愛子はそこまで捉えて理解した。
楕円だと思っていたシルエットは『人間』だ。
愛子の胸元より小さいから、小学生くらいだろうか…目線を下げて行けば、スカートを穿いているかのように見える部分の下には、足らしきものも見える。
白い靄で作られた子供との距離は、10m程だろうか。
互いに向き合ったまま、どちらも動かないでいると、唐突に愛子の鼓膜を打つ小さな音に気がついた。
【………………して…?】
「え?」
【………ちゃ……うして………?】
「何…? 何て言ってるの?」
【…しいよ………たす……………】
愛子は小さな声を拾おうと耳を澄ませるが、相手の声は途切れ途切れで、近づこうにも足は張り付いたように動かない。
夢の世界で思うように動ける方がおかしいか…と、愛子はげんなりとする。
(夢なんだし、きっと意味とかないんだから、頑張る必要なんてないわよね)
聞き取れないし、近づこうにも動けないのだから、もうここは諦めると言う選択が正解だろうと、愛子はだるい身体を休める為に、その場に再び座り込んだ。
何故こんなに自分の身体がだるいのかわからず、愛子は何処までも灰色と白が入り混じる空間に、遠く視線を彷徨わせる。
ふぅと一息ついて、何気なく足元に視線を落とした途端、音が全く拾えなくなった。
(…え?)
ハッと顔を上げると、子供の影はさっきより大きく見える。
愛子は動いていないのだから、彼方が近づいてきたと言う事だ。
「ヒッ……」
途端に恐怖が襲い掛かってきた。
聞こえていた声は霧散し、一切の音を感じられないが、近づいてきた影はさっきまでと変わらず立ち尽くしているだけだ。
互いの間には、まだ5m以上の距離がある。
それなのに、思わず息を飲んでしまうような恐怖感が湧き上がり、嫌な汗が滲んで流れ落ちた。
「ちょ……こ、こないで……」
【………】
夢でしかないのに、なんでこんなに焦ってるんだろうと自嘲したくなるが、怖いモノは怖いのだ。
「そのままじっとしててよ」
白い影が動かないのを確認し、ホッと安堵の吐息を漏らした刹那――
【どうして?】
「!!!」
背筋がゾワリと震える。
耳元で囁く様な声は、はっきりと聞き取れて、眼球だけを動かしてみれば、視界の端に白い塊が映り込んだ。
「ヒギァアアアア………ぁ……」
張り付いて固まったような喉が、割れるようにして悲鳴が飛び出す。
悲鳴を上げる事に成功したおかげだろうか、縫い付けられたように動かなかった足が踏み出せた。
影から身を離すように逃げを打つが、足が縺れ、大して距離を取れないまま愛子が転がる。
【苦しかった…悲しかった…】
「ぃ……いや、来ないで……来ないでったら!!」
まだ動かせる手をめちゃくちゃに振り動かして、影が近づこうとするのを阻止する。
だが……確かに影に手が当たっているのに、白い塊は意にも介さず距離を詰めてきた。
ゆっくりと……ゆっくりと……・
【どうしてあんな事したの?】
「知らない! 何言ってんのよ!? 変な言い掛かりつけないでよっ!!」
さっきは左の方から囁きかけてきたのに、今度は右からだ。
あまりの恐怖に、愛子は言葉の意味を捉えるより先に、否定ばかりが言葉となって溢れ出る。
【……私、わからない…悲しい…苦しい……】
「だから知らないっていってんでしょ!!??」
愛子の顔は、もう恐怖と涙でポロポロだ。
「消えてよ!!」
【…………思い出して……】
愛子は圧し潰されてしまいそうな程、深い誰かの悲しみを感じて動きを止めた。
【おね…ガ……ィ……】
!!!!!――――――
ガバリと飛び起きる。
額からズレ落ちた何かが布団の上に落ちたが、そんな事を気に掛ける暇は、愛子にはなかった。
起こした半身をそのまま布団に突っ伏し、胸元を両手で押さえても、早鐘を打つような心臓は、一向に治まらない。
ハァハァと浅い呼吸を繰り返し、何とか鼓動を宥める。
(何なの……あんな夢…。
思い出せとか、頭悪いんじゃないの!? 訳わかんない事言ってんじゃないわよ…。
あたしに何の恨みがあるって言うのよ……あぁ、もう嫌……帰りたい。
きっとこの村はあたしにとって良くない場所なんだわ…)
流れ落ちる嫌な汗を拭い、愛子は布団から起き出すと、大急ぎで着替え始めた。
途中、どうやって帰って来たんだろうとか、誰が着替えさせてくれたんだろうとか、頭の片隅を過るが、もうそんな事に拘ってられない…そんな余裕はない。
一刻も早く此処から離れたい。
着替え終わると布団も畳まず、荷物が入ったカバンを持って部屋を出た。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
そして、ブックマーク、本当に、本当にありがとうございます!!
夢ではないかと2度見どことか、何度も見返してしまいました!
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リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




