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第9話 王様、落胆する

「俺のしてきた『偽善』は、悪じゃない」


そんなふうに思っていた。

利己心なんて人間の性質みたいなもので、それが誰かのために働いたのなら、むしろ善だろうと。


でも──

さっきの戦い。怒りに突き動かされたあの行動は、今までとは違っていた。


誰かに感謝されたくて動いたわけじゃない。

ただ、許せなかった。どうしても。


その感覚が、自分でもよく分からなくて。

けれど、確かに「初めて」だった。



「……これは、何のつもりですか」


ゲランが眉間に皺を寄せて、皿の上の黒焦げを見つめる。


「おかえりゲラン。奴隷の解放、手伝えなくて悪かった。疲れててな……」


「おつかれなのじゃ」


姫と並んで、焦げの隙間からかろうじて黄色が見えるスクランブルエッグをつつく。


「まあ、三日間ずっとこれってのも……」


「朝食だけな。これが唯一、完成までこぎつけられる料理だ。他はだいたい途中で“事件”になる」


ゲランは一度目を閉じ、肩を震わせている。


「……これで、完成……なのですね」


「悪かったな。ゲランみたいに器用じゃなくて」


口を尖らせる俺を見ながら、彼は顔を引きつらせたまま固まっていた。


やがて、ぽつりと口を開く。


「……とにかく、これからの話をしましょう。忘れるところでした」


「これから?」


「任務を終えましたし、王宮に戻ります。正式に政治を行っていただきます」


「お、俺が?」


「……はい。王様、ですから」


くそ、遠回しに小馬鹿にされてる気がする。


仕方なく公務の書を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。

どの項目にもトラブル、トラブル、またトラブル。

でも、根本はやっぱり「身分制度」にある気がした。


「姫を連れ回すのも酷だし、一旦戻って政治やってみるよ」


「……政治、ですか」


ゲランは不服そうに俺を見る。


「……社会の成績はずっと『3』だったけど、政治と勉強って別モンだろ?」


「……ある程度は、関係あるかと」


「……」


ぐぅの音も出ねぇ。くそ、まじめに勉強しとけばよかったよ……

まさか天国で王様やる羽目になるとは思わなかったしな!


「ならば、わらわがやるのじゃ」


「へ?」


姫が真顔で手を挙げた。


「気持ちはうれしいけど、それは──」


「わらわは、将来女帝となるべく帝王学を学んできたのじゃ。任せるがよい」


「えぇぇ……!」


いつもあんなに子どもっぽいのに……と目を白黒させていると、姫がすっと口を開いた。


「凡人主之国小而家大、権軽臣重者、可亡也──」


何語だそれ……って、漢文!?しかもスラスラと詠んでる!


「それは……韓非子……!」


ゲランの目が輝く。


気づけば、ふたりは政治談義を始めていた。

完全に置いてけぼり。プライドがズタボロだ。


……外の空気でも吸うか。


力なく玄関の扉を開けると、目の前にミナトが立っていた。

にこり、と微笑む。


「今、ちょうどノックしようと思ってたんです。お礼に──これを」


手に抱えたのは、淡い三色でまとめられた小さな花束だった。


「私、花屋で働いてて。つまらないものですけど……」


「いや、綺麗だ。ありがとう」


花を受け取ったとき、不意に気づく。


俺は、今日でここを去る。

この町、この人とも、もう会えない。


でも、彼女にとって俺なんて、ただの「親切な人」でしかないんだろう。

俺ばっかりが、名残惜しく思ってるだけ。


「俺……今日で──」


言いかけて、口を閉じた。

伝えたところで、何になる?


「またな」


笑ってそう言った俺の心は、鉛みたいに重かった。


彼女の気持ちなんて、何ひとつ知らないまま──。

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