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第8話 王様、成敗する

気がつけば、陽が真上に昇っていた。


迷子を家まで送ったり、荷物を運んだり、商店の番を代わったり。

ついには食い逃げ犯まで取り押さえて──


完全に寄り道だらけの午前だった。

ゲランにバレたら、説教どころじゃ済まないかもしれない。


「先ほどは助かりました、少年」


声をかけてきたのは、灰色の着物を着たロマンスグレーの男性だった。

先ほどの飲食店の店員だ。


「さっきの……あの、食い逃げの件ですか?」


「ええ。最近ずっと悩まされていたんです……」

彼はうつむきながら、目元を押さえる。


「実は、私は最下層の者でして……ここにも奴隷として連れてこられたんです。

あなたのような優しい方に会えるなんて……」


「いえ、当然のことをしただけです。でも……奴隷、なんですか?」


その一言が引き金だった。

彼はぽつりぽつりと話し出す。

奴隷販売の実態──組織の中心にいるのは、以前俺たちを襲った「黒装束の十人組」で、拠点はこの町の裏路地だという。


「ありがとうございました!」


俺は礼を言って駆け出した。胸の奥が、言いようのない熱で脈打っていた。



辿り着いたのは、薄暗く狭い小路。

外からは見えない死角に、信じられない光景が広がっていた。


痩せこけた身体。

虚ろな瞳。

錆びた鎖。

あちこちから、痛みと絶望の気配が滲み出ている。


「……許さない」


胸の奥が煮えくり返る。


そのとき、奥の陰に動く影。

黒装束の男たち──十人。間違いない。以前のあいつらだ。


「うっ……前の王様じゃねえか!」


奴らは、目を見開いて逃げ出した。


「逃がすか!」


怒りに突き動かされるように、俺は走る。

風を切って、路地を抜け──行き止まりに追い込んだ。


「ま、魔法を使う気か……?」


「違う。ここで火を出したら迷惑だろ」


そう言って、俺はゆっくりと腰の剣に手をかけた。

柄に触れた瞬間、空気がぴんと張り詰める。


抜き放つ。


シュルッ──


銀の刃が光を受け、わずかに煌めいた。

その光に、男たちの表情が一瞬で強ばる。


「ま、待て……剣を持ってるだと……!? けど、相手はひとりだぞ!」


「囲め!押しつぶせ!」


太刀を構えた男たちが、声を上げて包囲する。


だが、俺は動いた。


先に飛びかかってきた男の喉元を、横薙ぎの一太刀で払う──寸止め。斬撃の風圧で武器を吹き飛ばす。


「ぐっ……!」


間髪入れず、二人目の剣を受け止め、そのまま体をひねって背中に肘打ちを叩き込む。

男は呻き声を上げて崩れた。


「こいつ……動きが見えない……!」


刃が重なり合うたびに、火花が散る。

カキン、カキンッ!


剣が剣を叩き、軌道が交錯する。

ひとつ、またひとつ──相手の重心を崩し、足を刈り、肩を打ち、武器を弾く。


一瞬の隙を突き、俺は回し蹴りで三人目の顎を跳ね上げる。

体勢を崩した男が倒れる音が、地面に響く。


「くそっ、こいつ、本当に王なのか!?」


「お前ら何やってんだ、かかれ!」


怒声とともに、残った数人が一斉に突っ込んできた。

だが──


俺は剣を半身に構え、一歩踏み込む。

刀身が弧を描き、音もなく空気を裂く。


ザシュッ──!


二人の足元を払うように斬り下ろす。地面すれすれで止めたその刃に、彼らは顔面蒼白になった。


「ひ、ひいぃっ……!!」


最後のひとりが残った。

震える手で剣を構えているが、もう目は怯えきっている。


「まだやるか?」


俺が静かに問うと、男は剣を取り落とし、膝をついた。


気がつけば、九人が地に伏していた。

呻き声と荒い息遣いだけが、場を満たしている。


俺は剣を納め、息を整えた。


「……って、二人逃げやがった!」


目を凝らす。──いた。

一人が、買い物客の波に紛れ込んでいる。


俺がそっと近づいた瞬間、男は女性の背後に回り、首元に太刀を突きつけた。


「動くな!この女を斬るぞ!」


その声に、女性が悲鳴を上げる。


「きゃあっ!」


……あのショートカットの女の子──ミナトだった。


「……バカ言うなよ。見逃すわけないだろ」


俺は足元の小石を拾い、男の眉間めがけて、力いっぱい投げつけた。


ゴンッ!


男はうめき声を上げて崩れ落ちた。

太刀も落ち、彼女は無事だった。


「ありがとうございます……!」


彼女は泣きそうな顔で俺に駆け寄ってくる。


「ケガは?」


「平気です……怖かったけど」


「よかった」


思わず彼女の頭に手を置いた。

その瞬間、彼女の顔がぱっと赤くなる。


「あっ、ごめん。無神経だったな」


「……いえ、ちょっとびっくりしただけです」


彼女の頬は、照れと安堵でゆるんでいた。

俺の胸にも、ふわっとした何かが灯る。



帰宅後、俺はゲランに一部始終を伝えた。


「……では、奴隷たちを解放しましょう」


彼は静かに頷くと、「お疲れでしょうから、私が行きます」と言い残し、姿を消した。



「今日はようやったな」


姫が、ぽんぽんと俺の背を叩く。


「なんだそのスタンプ評価みたいな褒め方」


「ふふっ。……でもな、わらわ、ちっとも役に立ってないのじゃ」


小さな声で呟く姫に、俺はきっぱり言った。


「そんなことない。お前がそばにいるだけで元気出るんだ」


「ほんとうか?」


「ああ」


「お主……いい奴じゃな!」


その言葉に、少しだけ胸がざわついた。


俺は「いい奴」なのか?

感謝される自分に酔っているだけじゃないのか?


でも──


あの小路で見たもの。

あの瞬間に湧き上がった怒り。

あれは、称賛とは無縁の、純粋な感情だった。


俺は、姫の視線を背中に感じながら、静かに思った。


あれだけは、偽善じゃない。

俺の意思だ。


──確かな、怒りだった。

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