第7話 王様、朝食に興奮する
チュン、チュン──
小鳥のさえずりが静かな部屋に響き、窓から差し込む朝日が床を淡く照らしていた。
「んん゛……ああ、まぶし……」
寝ぼけ眼をこすりながら起き上がると、すでにゲランは完璧な身なりで支度を整えていた。
寝ぐせひとつない髪に、シャツの皺もない。切れ長の目が凛と開かれていて、隙がない。寝起きゼロ秒戦闘モードってやつか。すげぇ。
隣を見ると、姫が布団からちょこんと顔だけ出して、無防備に眠っている。寝相すらきっちり整ってるのが逆に不思議だ。
起こすのがもったいないくらい、穏やかな寝顔だった。
「王様、朝食はどういたしましょう?」
「……あ、そういや昨日からずっと保存食だったな。何でもいいけど」
ふと、魔法で食材を出せないかと思って、顔を真っ赤にして念じてみたが──何も出なかった。
さすがにそこまで都合よくはいかないらしい。
「……食材を買う分の金は十分にあります、王様」
ゲランの言葉には、呆れたような響きが混ざっていた。
そりゃそうだよな。俺も俺で、王様感ゼロだし。
ゲランは朝市に出かけ、食材やフライパンを手に戻ってくると、そのままキッチンに立った。
火をつけ、魚をさばき、野菜を刻む。
手際が良すぎて、もはや料理番組の実演を見ているようだった。
コンロひとつ、箸一本でどんどん料理が完成していく。
「できた料理はここにあります」って台の下から出てくるかと思ったわ。
数十分後、食卓に並んだのは──
香ばしい香りをまとった白身魚のバター焼き、
緑野菜のシンプルな塩炒め、
そして、見たことのない果実を彩りよく盛りつけたフルーツボウル。
どれも初めて見る食材ばかりだったけど、うまそうって直感だけはハズれなかった。
やがて、食事の匂いに誘われて姫がむくりと起き上がる。
「はっ……朝ごはんなのじゃ!」
三人そろって食卓に向かい、俺と姫が勢いよく声をそろえる。
「いっただきまーす!」「いただくのじゃ!」
その隣で、ゲランが落ち着いた声で言葉を唱える。
「我今幸いに、仏祖の加護と衆性の恩恵によって──」
……え、なにその格好よすぎる食前の言葉。
完全に空気が締まったんだけど。
ゲラン、あんた何者だよ。
ちょっと嫉妬しながら、俺は魚に箸を入れる。
ひと口食べた瞬間──
「う、うんめぇえええええええええ!!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。
姫に「行儀が悪いのじゃ」とたしなめられる。悪い、でもこれは反則級だった。
「……それはよかったです」
ゲランは小さく笑った。
ほんの一瞬だけ、やわらかい表情が浮かんだように見えた。
「……お前、笑えたんだな」
「? 気のせいでは?」
ちょっと照れくさそうに逸らす目が、なんか人間くさくて良かった。
食後の片づけを終えると、ゲランは再び“任務モード”に戻る。
「では、今日から中心街を探ります。とくに路地裏。そこに気配があります」
「了解……って、姫はどうするんだ? ついてくるには危険だし、置いていくのもなあ」
俺の言葉に、ゲランは深いため息をついた。
「だから言いましたよ……最初から」
──というわけで、
俺ひとりで探索に出ることになった。
「そこのおばあさん、荷物お持ちしますよ!」
「まぁ!ありがとうねえ!」
気がつけば、自然と体が動いてる。
街の片隅でおばあさんの荷物を持ち、猫をよけ、道に落ちたゴミを拾っていた。
……善行を積む癖、どうやら抜けないらしい。
今日もまた、寄り道だらけの一日になりそうだ。