第6話 王様、美少女に出会う
俺たちは、ドゥナルバーワの町の一角に足を踏み入れた。
「ここが……思ったより小さいな。これなら奴隷販売の痕跡もすぐ見つかりそうだ」
山の裾に広がるこの町は、円を描くように家が建ち並び、中心へ向かって段々と高くなっている。
夕暮れの光に照らされた白い壁と茶色い屋根が、どこか幻想的な雰囲気を生み出していた。
人々は皆、緑の着物に黄色い刺繍を施した装い。
俺たちも魔法で似たような格好を整え、うまく溶け込んでいた。
足早に通りを行き交う人々──どうやら夕食前の帰宅ラッシュの時間らしい。
俺と姫は、ついきょろきょろしてしまうが、ゲランは一歩後ろで冷静に言う。
「ちょうどいい時間に着きましたね。人混みに紛れれば、目立つ心配も減ります」
「そろそろ宿が欲しいところだな」
「宿など取れば、『旅人』だとばれてしまいますよ。奴隷商の目は、こういう場所こそ鋭い」
俺の焦りをよそに、ゲランは腰に下がった金袋を軽く指で弾く。
「町の住人と交渉するのが得策です。対価があれば、口も開きますから」
結局、どこに行っても「金」かよ……。
そのとき、前方に花を配る少女が目に入った。子供たちがわらわらと彼女に群がる。
この世界にも、花はあるんだな。
ふとそんなことを思っていると、彼女の指から光るものがこぼれ落ちた。
金色の指輪。
コロコロ、と地面を転がる。
反射的に拾い、彼女の前に駆け寄る。
俺の脚力がすごいのか、気づけば数歩で追いついていた。
「落とし物。これ、君のだろ?」
「……あっ!ありがとうございます!」
彼女が振り返る。
茶色のショートヘアがふわりと揺れ、大きな二重の目がぱっと見開かれた。
鼻も口も主張しすぎず、全体が柔らかく整っている。
まさに、どストライクな「美少女」だった。
この世界に来てから、初めて見るタイプだ。
「これ、最近のお給料で買ったんです。落としていたんですね。本当にありがとうございます」
ぱあっと咲いたような笑顔。
そうか、この世界にも「仕事」があるのか。
そのとき、背後からゲランが低く耳打ちする。
「……この者と交渉しましょう。恩を売った者への交渉は、成功率が高い」
こいつ……抜け目ないな。
姫まで「はやくなのじゃ」と急かしてくるし、仕方ない。
「あの、君って……ひとり暮らし?」
自分で言っておいて、ナンパかよ!と心の中でセルフツッコミ。
「え? ええと……シェアハウスみたいなところです。
……って、なぜそんなことを?」
警戒された。そりゃそうだ。
すぐにゲランが前に出て、懐から金をジャラジャラと鳴らす。
「私たちは旅人ですが、ある使命があってこの町に来ました。
詳細は話せませんが、正義の任務です。あなたがこの事を口外せず、部屋を貸してくれるなら──この金をお渡しします」
言い方が余計に怪しいんだが。
だが、少女は驚いたように目を瞬かせたあと、静かに頷いた。
「……そういうことでしたら、大家さんに聞いてみます。空き部屋、あると思うので……私の名前、『ミナト』っていいます」
こうして俺たちは、無事に「住まい」を手に入れた。
もちろん、条件は「いつでも出ていけること」。
部屋は狭く、隙間風もひどいし、壁はすすでくすんでいる。
でも、水と火と寝床があれば、なんとかなる。
「……こんなはずでは……」
ゲランは薄汚れた壁を見上げ、絶望したようにぼそり。
「用が済めばすぐ出ていく。少しの辛抱だ」
俺は、すぴーすぴーと眠る姫の寝息を聞きながら、ゲランの背を叩いた。
すると、彼は顔をしかめながらも静かに横になる。
その背中が、なんだかいつもより丸く見えた。
俺? 俺はというと──
同じ屋根の下にあの美少女がいると思ったら、妙に胸が騒いでいた。
いや、別にどうということは……いや、あるかも。
そんなこんなで、ドゥナルバーワの第一夜は、静かにふけていった。