第5話 王様、忠告される
山の稜線を越えた先に、町が見えた。
白い壁と茶色い屋根の家々が斜面に広がっている。
和風とも洋風ともつかない、不思議な混ざり方。
どこか懐かしくて、けれど異国のような景色。
「おお……こんな町があるのか」
「町は久しぶりじゃ!」
俺と姫は思わず声を上げ、指をさす。
ゲランはため息をつき、苦笑を浮かべながら後ろに続く。
「ドゥナルバーワ。あそこには中級の位の者が集められています。……く・れ・ぐ・れ・も、目立たないように」
「ハイハイ」
「了解なのじゃ!」
浮かれてる俺たちを、ゲランは冷ややかに見ている。
たしかに、この世界に長くいる彼にとっては、ただの町かもしれない。
でも俺にとっては違う。
見るものすべてが新しく、胸がざわつく。
奴隷商を追うために来たはずなのに、俺の目は、つい好奇心で輝いていた。
──そのときだった。
「……ん?」
山の頂に足を踏み入れた瞬間、周囲の空気が変わる。
光の粒のような霧がふわりと舞い上がり、体がやわらかな輝きに包まれる。
霧ではない。光の粒が、空中で互いに反射し合っているような、不思議なきらめき。
その中から、ひとつの細いシルエットが浮かび上がった。
「マーシャ……!」
光のなかに立っていたのは、あの神。
白銀の髪が風もないのにそよぎ、葡萄色の瞳がまっすぐにこちらを見る。
「幼き王よ」
その声は、すっと空気に溶け込むように響いた。
「一つ、忠告しておこう。
もし、お前が“この世界にいたい”と願うなら、成長は訪れない。
満足は停滞だ。変化はそこには生まれない」
「……!」
「だが、“元の世界に戻りたい”と強く思うのなら、考えを改めよ。
この国に染まることなく、自分を見つめ続けることだ」
言い終えると、マーシャの姿はまた、風のように消えた。
残ったのは、静けさと、心のざわつきだけだった。
──やっぱり、俺の考え……全部読まれてたんだな。
少しずつ、この世界の暮らしに馴染みはじめていたのは、確かだ。
魔法も使えて、王様で、誰かの役に立てて。
ちょっとだけ、このままでもいいかなって……思っていた。
でも。
「……俺、やっぱり元の世界に戻りたい。
家族も友達もいるし、俺の居場所はまだ、そっちにある気がするんだ。
だから、地味にでも善行積んで……ちゃんと帰れるように頑張るよ」
俺の言葉に、ゲランは無表情のまま、ただうなずいた。
その反応が逆にリアルだった。
多分、俺が戻ろうが残ろうが、ゲランにとっては大きな問題じゃないんだろう。
でも、姫は違った。
「がんばるのじゃ!!」
小さな声で、けれどまっすぐに。
笑顔を浮かべて、力いっぱい言ってくれた。
俺はその言葉に背を押されるように、そっと頷いた。