第4話 王様、敵襲にあう
「おんぶなのじゃ」
姫が俺の服の裾を、ちょいちょいと引っ張ってくる。
「まだちょっとしか歩いてないぞ。歳をとってるなら、もう少し頑張ったらどうだ」
「むむ。たしかに長くここにいるが、わらわの体は子どもなのじゃ。疲れやすいのは当然であろう」
「……はいはい、仕方ないな」
ひょいと背中に乗せると、姫は羽のように軽かった。
ゲランはそれを見て、わざとらしくため息をつく。
「そんなことをしていては、目的地に着くのがさらに遅れますよ」
「問題ない。俺は、ご老人を何度も背負ってきたこの俺だ。脚力には自信がある。走ってだって――」
走ってみせると、背中で姫が「こ、怖いのじゃ……」と蚊の鳴くような声をもらした。
「ごめんごめん、ちょっと調子に乗った」
今いるのは山の中腹。
木々の間を抜ける獣道のような道に、土がむき出しになった箇所が続いている。
この山を越えれば、次の目的地「ドゥナルバーワ」にたどり着く。
この国でも比較的発展した町で、奴隷売買が密かに行われている場所だという。
「奴隷商は、大きな町の陰に潜むもの。摘発してもすぐに形を変えて現れます。組織が、根深いのです」
「だったら、元を断つしかないな。俺が見つけて、根絶してやる」
「わらわも、その町で買い物中にさらわれたのじゃ」
背中の姫がぽつりと言う。
「まったく、一人で出歩くからだよ。危なすぎるだろ」
「うぅ……この姿でなければ……」
そのときだった。
「王様、発見!!」
茂みがざわめいたかと思うと、黒装束の男たちが十人ほど現れる。
全員が太刀を手にしていた。でかい。怖い。統一感が地味にいやらしい。
俺はゲランにこっそり耳打ちする。
「なあ……この世界、武器あるのか?」
「あります。処刑や制裁のために発展しました。人は死にませんが、痛みはあります。一ヶ月もあれば傷は塞がるので、ご安心を」
安心できるか!痛いのは嫌なんだよ!
俺は姫を木の根元に座らせる。
「ここで待ってろ」
姫は唇を噛んで、肩を震わせている。
怖がらせたくない。俺が、なんとかするしかない。
「お前、奴隷商を潰す気らしいな? 甘いんだよ、王様。思い知らせてやる」
ひげ面の大男が、わっはっはと笑いながら太刀を構える。
ゲランは無言で長剣を抜いた。静かだが、殺気がすごい。
俺は自分の腰を探る。……何もない。素手。終わった。
「へっ、丸腰かよ。ズタズタにしてやるぜ!」
黒ずくめの男が太刀を引き抜き、こちらにじりじりとにじり寄る。
鋭い刃先が月明かりを受けて、禍々しく光った。
……やばい。
でも──俺には、あるじゃないか。魔法。
呼び起こすように、深く息を吸い込む。
炎だ。熱だ。焼け焦げる空気と、灰になる気配。
「……燃えろ」
俺が小さく呟いた次の瞬間だった。
ゴオォォォォッ!!
足元から天を突くような火柱が噴き上がった。
真紅の炎が唸りを上げ、渦を巻いて一帯を包み込む。
熱気が空気を歪ませ、地面が軋む。
辺りに立ち込めた風が灼熱に変わり、砂塵を巻き上げる。
「な、なんだと……!?」
男たちが目を見開き、後ずさった。
俺はゆっくりと一歩、炎の中から歩み出る。
「……魔法だよ」
声は静かに、だが確かに地面に響いた。
「今のは“挨拶”程度。やろうと思えば、お前ら全員、灰にして吹き飛ばすことだって──できる」
背後で火の粉がパチパチと跳ねる音が続く。
男たちの顔から血の気が引いていくのが、はっきりと分かった。
「ひ、ひぃぃっ!!すみませんでしたーーっ!!」
次の瞬間、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
誰も振り返らない。誰も仲間を助けようとしない。
ただ、恐怖に背中を押されるように、夜の闇に消えていった。
炎の残響だけが、しばらく俺の周囲に静かに残っていた。
「逃げられましたね」
ゲランは剣を収めながら、どこか名残惜しそうに笑っている。
……この人、地味に怖い。
姫がぱちぱちと拍手しながら駆け寄ってくる。
「やるではないか! わらわ、見直したぞ!」
俺はどや顔で、水柱を立てて炎を鎮火してみせた。
姫は目を見開いて「おおー」と素直に感心してくれる。かわいい。
ゲランは俺をじっと見つめ、真顔で言った。
「王様。魔法は強力ですが、目立ちすぎます。旅先では、剣での戦闘をおすすめします」
「なるほど」
俺は剣をイメージする。
重厚感、細身、強そうなやつ──
ドスンッ!
宙から剣が落ちてきた。手に取ると、なかなかいい出来だ。
「……この剣、いささかこの世界の雰囲気に合わないような……」
「いいんだよ。カッコいいから」
試しに一振りすると、やけに軽い。まるで体の一部みたいだ。
調子に乗って、RPGでよく見る「無駄に美しい剣の納め方」をすると、ゲランは肩を落としていた。
「目立たないよう、お願いいたしますよ」
「ハイハイ」
だけど、俺の胸はどこか熱かった。
ずっと地味に生きてきたこの俺が、
誰かのために力を振るい、頼られる日が来るなんて。
なんだか、ちょっと泣きそうだった。
──神がずっと見ていることなんて、すっかり忘れて、俺は軽い足取りで歩き出した。スキップしながら。