第3話 王様、奴隷を仲間にする
ギ……ギ……
金銀の装飾がまばゆい牛車に揺られながら、俺は「トナン」へ向かっていた。
奴隷販売の温床と噂される、治安最悪の土地らしい。
正直、牛車なんて乗りたくなかったが──
「高貴なるお方が徒歩でうろついてはなりません」
と、ゲランが言ってきかないので、仕方なく。
簾の隙間から外を覗くと、濃い霧にけぶる山々と、どこまでも続く木々。
まるで絵の具で描いたような、静かな異世界の風景が広がっていた。
「トナンまでは、あとどれくらいだ?」
「もうすぐです」
ゲランは相変わらず涼しい顔で答える。
さっきも同じこと言ってたよな。
この狭い空間に男ふたり、しかも妙に暑い。
汗が滲んでくるが、ゲランはまるで気にする様子もない。
俺が額の汗を拭っていると、牛車が緩やかに止まった。
「到着です」
外に出ると、小さな集落がぽつぽつと広がっていた。
土壁に藁葺の家々。王宮とはまるで別世界だ。
「……ここに住んでるのは、どのくらいの『位』なんだ?」
「王様が最上位とすれば、ここは──下から三番目です」
ゲランの答えは淡々としていた。
まだ下があるのか、と驚いた俺に、彼は冷たく言い添える。
「驚かれる必要はありません。すべては、生前の行いに基づくものです」
「そうは言っても……」
言いかけると、ゲランの視線が鋭くなる。
ぜったい内心、俺のこと下に見てるよな、こいつ。
と、そのとき。
ふと、気づく。
──やけに静かだ。
人気がない。
扉をノックしても、返事はない。
「……まずいですね。動向を察知されたかもしれません。おそらく、伝達係から情報が洩れたのでしょう。皆、どこかへ逃げた可能性があります」
「やっぱり、少人数でこっそり来た方がよかったんじゃ──」
「……」
言いかけたところで、コツコツと小さな足音。
一人の少女がこちらへ歩いてきた。
年は六つくらいだろうか。
艶やかな黒髪を二つに束ね、茶色の着物が体にぶかぶかだった。
大きな黒い瞳が、じっとこちらを見上げている。
「どうしたのかな、君」
俺が声をかけると、少女は眉をひそめて言い放った。
「お主は何者じゃ。奴隷を買いに来たのか。残念だったな、皆は逃げたぞ。わらわしかおらぬ」
喋り方……妙に古風だな。
もしかして、かなり昔にここへ来たのか?
「俺は王様だ。どうして君だけが残ってるんだ?」
少女は頬をふくらませ、怒ったように言い返す。
「なんでなんじゃ! わらわを子ども扱いしおって!!
わらわは昔々、高貴なる姫であったのじゃ!! こんな格好も場所も似合わぬ!!ぷんすかじゃ!!」
思わず、笑ってしまった。
姫の自称にしては、なんとも子どもっぽすぎる。
「何を笑っておる! 許さんぞ!! 王様なんて信じぬ!」
俺たちのやりとりに、ゲランが肩をすくめる。
「この子、どうやら奴隷のひとりのようですね。位にしては若すぎます。おそらく、どこかから連れてこられたのでしょう」
「それはな、車にわらわ一人分、乗る余地がなかったのじゃ」
少女はぽつりと、目を伏せて言った。
言葉に似合わず、その横顔はほんの少し寂しそうだった。
「……こんな小さな子を置き去りにするなんて……」
怒りがこみ上げる。
奴隷制度への怒りが、はっきりと自分のなかに根を張った瞬間だった。
ゲランが近づき、小声で言う。
「……どうします? この子」
「決まってるだろ。連れていく」
「足手まといですよ。死なないとはいえ……」
ゲランの言葉に、俺は眉をひそめる。
冷静というより、冷酷だ。
この世界が、彼をそうさせたのかもしれない。
すると、少女が俺の袖をくいっと引いた。
「連れていくのじゃ! わらわを! 姫と呼ぶがよい!」
……姫、ね。
ま、かわいいからいいか。
俺は手をグーにして、天に突き上げる。
「じゃあ、姫──行くぞ! 奴隷販売をぶっ潰す!」
「うむ!!」
「……やれやれ、ですね」
牛車を乗り捨て、
俺と「姫」と、ゲランの旅が、今ここから始まった。