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第21話 俺、生き返る

まぶたの裏が、熱い光に焼かれていた。

それは天国で見た光ではない。もっと、刺すような、鋭く現実的な光。


ピッ……ピッ……という規則的な電子音が、すぐ耳元で鳴っていた。


……ここは。


ゆっくりと目を開けると、見慣れない天井があった。真っ白で、四角い蛍光灯がぎらついている。


それよりも先に、鼻に刺す薬品の匂いが、現実に引き戻す。


カーテンの向こうから、人の足音と機械の音がする。病室だ。


「……戻ってきたのか」


呟いた声が、自分のものとは思えないほど乾いていた。



身体は鉛のように重い。

動こうとしても、関節の奥が鈍く痛む。

点滴の針が刺さった腕だけが、現実と過去をつなぐ証のようだった。


しばらくすると、病室の扉がノックされた。

白衣を着た医師と、看護師が一人、驚いたようにこちらを見て言った。


「……奇跡だ……」


医師は震える声でつぶやいた。


「あなたは……数時間前に『死亡確認』されたんですよ。心肺停止、反応なし……でも……今、脈が戻っている」



そうか。

俺は一度──死んだんだ。


あの瞬間に。

女子高生を助けようと、トラックに飛び込んだあの時に。


でも、死んだ先で王になって。

そして今、自分の意思で戻ってきた。


ミナトの「たすけて」という声を、もう一度聞くために。


医師たちは騒然としていたが、俺はそれを遠くで聞くような気持ちで眺めていた。

生きて戻ってきたという実感は、まだなかった。


ただ──


心の中に、はっきりと浮かんでいる名前がある。


「……ミナト……」


小さくつぶやく。

その音だけが、はっきりとこの現実に染み込んでいった。



俺は生きている。

まだ、やり直せる場所に立っている。


もう一度、あいつに──会いに行くんだ。



退院は、奇跡のような回復から一週間後だった。


医師は何度も「医学的には説明がつかない」と繰り返した。

家族は泣いて喜んだし、病室の外ではニュース番組の取材希望が殺到していたらしい。

けれど俺は、何一つ答えなかった。


天国のことも、王のことも、ミナトのことも──

この世界じゃ、誰にも理解されない。



退院後は、ひとまず親戚の家に身を寄せた。

テレビもスマホも久々に見たけれど、そこに映る日常は、以前と同じでどこか他人事だった。


「帰ってきた」というより、「落ちてきた」という感覚。

一度、天国の王として「上」から世界を見てしまった俺には、

すべてが少し色あせて見えた。


ただ──


ひとつだけ、心が揺れる名前があった。


【立花ミナト】


名前で検索すると、彼女はかつてアイドルとして活動していたと分かった。もう辞めていると聞いたけど、まだファンたちの記憶の中には残っていた。


その中に、ひとつだけ──最近撮られた「路上の姿」があった。

マスクをしていたけれど、間違いない。


あれは、あのとき助けた、ミナトだ。


そして──


天国で「俺を見て」泣いた、ミナトだった。


住所は分からなかったが、ネットで見つけた写真の背景から、

小さな花屋の名前と場所を突きとめることができた。


《Le Lienル・リアン》──絆、という意味のフランス語。


ミナトが、最後に映っていた場所。


胸がざわつくのを押さえながら、俺はその扉を開けた。

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