第21話 俺、生き返る
まぶたの裏が、熱い光に焼かれていた。
それは天国で見た光ではない。もっと、刺すような、鋭く現実的な光。
ピッ……ピッ……という規則的な電子音が、すぐ耳元で鳴っていた。
……ここは。
ゆっくりと目を開けると、見慣れない天井があった。真っ白で、四角い蛍光灯がぎらついている。
それよりも先に、鼻に刺す薬品の匂いが、現実に引き戻す。
カーテンの向こうから、人の足音と機械の音がする。病室だ。
「……戻ってきたのか」
呟いた声が、自分のものとは思えないほど乾いていた。
身体は鉛のように重い。
動こうとしても、関節の奥が鈍く痛む。
点滴の針が刺さった腕だけが、現実と過去をつなぐ証のようだった。
しばらくすると、病室の扉がノックされた。
白衣を着た医師と、看護師が一人、驚いたようにこちらを見て言った。
「……奇跡だ……」
医師は震える声でつぶやいた。
「あなたは……数時間前に『死亡確認』されたんですよ。心肺停止、反応なし……でも……今、脈が戻っている」
そうか。
俺は一度──死んだんだ。
あの瞬間に。
女子高生を助けようと、トラックに飛び込んだあの時に。
でも、死んだ先で王になって。
そして今、自分の意思で戻ってきた。
ミナトの「たすけて」という声を、もう一度聞くために。
医師たちは騒然としていたが、俺はそれを遠くで聞くような気持ちで眺めていた。
生きて戻ってきたという実感は、まだなかった。
ただ──
心の中に、はっきりと浮かんでいる名前がある。
「……ミナト……」
小さくつぶやく。
その音だけが、はっきりとこの現実に染み込んでいった。
俺は生きている。
まだ、やり直せる場所に立っている。
もう一度、あいつに──会いに行くんだ。
*
退院は、奇跡のような回復から一週間後だった。
医師は何度も「医学的には説明がつかない」と繰り返した。
家族は泣いて喜んだし、病室の外ではニュース番組の取材希望が殺到していたらしい。
けれど俺は、何一つ答えなかった。
天国のことも、王のことも、ミナトのことも──
この世界じゃ、誰にも理解されない。
退院後は、ひとまず親戚の家に身を寄せた。
テレビもスマホも久々に見たけれど、そこに映る日常は、以前と同じでどこか他人事だった。
「帰ってきた」というより、「落ちてきた」という感覚。
一度、天国の王として「上」から世界を見てしまった俺には、
すべてが少し色あせて見えた。
ただ──
ひとつだけ、心が揺れる名前があった。
【立花ミナト】
名前で検索すると、彼女はかつてアイドルとして活動していたと分かった。もう辞めていると聞いたけど、まだファンたちの記憶の中には残っていた。
その中に、ひとつだけ──最近撮られた「路上の姿」があった。
マスクをしていたけれど、間違いない。
あれは、あのとき助けた、ミナトだ。
そして──
天国で「俺を見て」泣いた、ミナトだった。
住所は分からなかったが、ネットで見つけた写真の背景から、
小さな花屋の名前と場所を突きとめることができた。
《Le Lien》──絆、という意味のフランス語。
ミナトが、最後に映っていた場所。
胸がざわつくのを押さえながら、俺はその扉を開けた。