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第1話 王様になった日

君は「偽善」について、考えたことがあるか?


──俺はある。


うちの親父は、筋金入りの偏屈で。


悪いことをしたら殴られるのは百歩譲って分かる。けど──良いことをしても、同じように拳骨が飛んできた。


「善行は、褒められるためにするもんじゃない」

「見返りを求めた時点で、それは『偽善』だ」


そういう教育方針だったらしい。ありがた迷惑もいいとこだ。


で、結果どうなったかっていうと──

俺は、人にバレないように「善いこと」をやる高校生になった。


落ちたハンカチを拾っても、届けたって言わない。

クラスの誰かが困ってたら、陰でプリントを机に置いておく。

掃除も、体育祭の準備も、誰も見てないとこで、黙って片づける。


そしたら──だ。


「アイツ、マジでいい奴だよな」

「なんか……影で支えてる感じ? 推せるわ~」


……え、何この現象。隠してるのにバレてんの?バズってんの?


で、俺は気づいた。


俺の善行のすべては、

「隠れてやってる自分、イケてる」って思ってる、ただの自己満足だった。


結局、「偽善」だって、ちゃんと自覚してたんだ。


でも──それで、誰かの気持ちが軽くなったり、笑顔になったりするなら。


それってもう、「偽」じゃなくてもよくね?


俺は今も、こっそり善行を積み重ねてる。


他人のため、だけど──少しだけ、自分のためにも。


それが「偽善」でも「本物」でも、正直どっちでもいい。


だって俺は、

俺の善を、信じていたいから。


そして──その日が訪れた。


部活帰りの夜。

雨のあとでアスファルトが光っていた。


信号が青に変わり、俺は歩き出した。


前を行くのは、制服姿の女子高生。


次の瞬間、風のような轟音が、視界の端を切り裂いた。


──トラックだ。


「危ないッ!」


気づいた瞬間には、身体が動いていた。

彼女を突き飛ばしたあと、世界がひっくり返る。

衝撃。

痛み。

鼓膜の奥で鈍い音が何度も反響した。


視界が白く染まる。

音が遠のく。

そして、意識が──途切れた。



「王様!!」


ドラの音がけたたましく響いた。


薄く目を開けると、目の前には金と銀のきらびやかな宮殿。

俺は、玉座に座っていた。

着ているものは、濃紺の着物に金糸の刺繍。

目の前では、大勢の人々がひれ伏している。


「……なにこれ」


隣に立っていたのは、現実離れした美貌の女性だった。


白銀の髪に葡萄色の瞳、羽衣のような薄布を纏い、ただそこに立っているだけで神話の一頁のようだった。


「ここはどこ……ですか」


美しき女は、静かに微笑んだ。


「天国だ」


はじめは冗談かと思った。だが、次第に、あのトラックの衝突が現実だったのだと理解する。

死んだ。俺は、たしかに。


「あなたは……誰ですか」


「私は神のひとり。名はマーシャジャ・ビジュー・ジン。マーシャと呼ぶがよい」


彼女はさらりと言った。


「お前は今、死にかけている。だが、生前の善行が非常に多かった。歳の割には、異様なほどに、な」


そう言って差し出されたのは、一冊の分厚い紙束だった。


ペラペラとめくると、俺がこれまでしてきた些細な善行が、克明に記されていた。


「善行の数によって、この天国では『地位』が決まる。お前は、王となった。知力、武力、権力を備える者として」


──王様って、まじかよ。


天国ってマジで「国」だったの?

それに、あまりの情報量に理解が追いついてないのだが。


そういえば。


「……地獄って、ないんですか?」


問いかけると、マーシャは鼻で笑った。


「人間が作った幻想にすぎぬ。罪を恐れて身を律するのは結構だが、真の成長は恐怖からは生まれぬ。さて──」


彼女の目がこちらに戻る。


「王となった者には、一度だけ、生き返るチャンスが与えられる。だがそれは、この世界で『真に成長した者』だけ。すべてはお前次第だ」


「え、それって具体的にどう──」


言い終える前に、マーシャの姿はスモークのように溶けて消えた。



王となった俺に与えられたのは、贅沢でも永遠の安息でもなく、試練だった。


どう生きるか。

どう、戦うか。

何を信じて、何を選ぶか。


忙しくて、理不尽で、それでも──たまらなく人間くさい王の毎日が、幕を開けた。

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