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9 冒頭陳述

「事の始まりは、辺境伯からの申し出でした。もうすぐ15歳になる娘と結婚してほしいと」


 男性たちの視線を胸にくぎ付けにしたまま、弁護士が話し続ける。


「15歳ですよ。まだ結婚には早すぎますよね。普通のご令嬢は、学園に入って魔法を学ぶ年齢です。それなのに、なぜ辺境伯は、娘の結婚を急いだのでしょうか? ……そうです。答えは一つです」


 弁護士チチナは、人差し指を立てた。


「アリシア様が病気だったからです。病弱ゆえに、社交もできない。学校にも入れない。だから、一人娘に跡継ぎを生ませるため、辺境伯は結婚を急いだのです!」


 弁護士の言葉を聞いて、被告人席に座ったガイウスは、悲しそうな表情を作る。


 その演技に、彼を見つめていた令嬢たちは「はぅ」とため息を吐いた。


「辺境は、国にとって大切な土地。血筋を絶やせば、結界にも影響してしまう。そこで、ガイウス様はアリシア様と結婚することにしたのです」


 なんなの?! その病弱設定。

 私の体は、どこも悪いところなかったよ! 言い返したくなったけど、ルカに手をにぎられる。

 黙っているようにって。


「政略結婚ではなく、愛のある結婚でした。アリシア様は、とても可愛らしい令嬢ですからね。一目見たとたん、深い愛を感じたそうです。それは、妻の願いなら、どんなことでも叶えてあげたいという、夫としての献身的な愛情です」


 チチナはそこでガイウスに目配せをする。

 それを合図に、ガイウスが立ち上がって腕を広げる。


「アリー。愛しているよ。こんなことになって、とても残念だ。君は誤解している。僕の君への愛は、何も変わらない。お願いだ。アリー。僕の愛を疑わないでくれ。君がいないと、生きていけないんだ!」


 涙交じりに、私に向けて宣言する。


 いやいや。ウソ泣きに決まってるでしょう! 

 なんでこんなのに騙されるの? 

 みんなが、ガイに同情の熱い視線を送ってるよ。私をにらみつける人までいる。


 ちょっとまってよ。よく見てったら。ガイの隣に、メリッサが座ってるんだから。

 お腹の大きい妊婦だよ。浮気夫だよ。分かってる?


「先ほど、原告の弁護人が、二人の間には、夫婦関係がない。アリシア様は、肉体関係なしで、卵から子供が生まれると信じていたとおっしゃいました。しかし、そんなはずはございません。なぜなら、お二人は新婚初夜より、毎晩、熱い夜を共に過ごしていたからです!」


「してませんっ! うそです!」


 ルカに止められたけど、我慢できなくて、立ち上がって叫ぶ。

 隣に座っている弁護士の肩をゆする。


「ベンジャミンさんっ。はやく『異議あり』って言って! ねえ、ひどい嘘だよ。私は白い結婚だよ! 清い体だってば!」


「お嬢様、落ち着いて。冒頭陳述に意義は挟めませんよ」


 ルカが私の手を弁護士から放して、椅子に座らせる。

 あんまりの言い分に、体がぶるぶる震える。

 それなのに、チチナは私をちらっと見て、もっとひどい言葉を続けた。


「だいだい、15歳にもなって、赤ちゃんが卵から生まれるなんて信じている女性がいると思いますか? ばかばかしい。今時そんなこと、子供でも知ってますよね。みなさんも、巷で流行している少女向けの小説を御覧になったことがありますでしょう? かなりきわどい描写があります。親がいくら禁止しても、お茶会で借りたり、メイドに買いに行かせたりで、いつの間にか読んでいるんですよ。最近の子供はみんな」


 チチナが早口で主張する言葉に、頭がかぁっと熱くなる。

 あんまりにも腹立たしくて。


「つまり、アリシア様は、卵から子供が生まれないことを知っていたのです。それでは、なぜ、ドレスの中に卵をいれていたのか? その答えは一つです。妊娠を偽装しようと言い出したのは、アリシア様だからです!」


「嘘よ! 嘘ばっかり言わないで! アリーちゃんは本当に、卵から赤ちゃんが生まれるって信じてたんだから!」


「お嬢様。落ち着いて。裁判所から追い出されます」


 ルカが、私の口をふさごうと手を伸ばしてきた。


「では、なぜアリシア様がそんなことをしたのか? その答えは一つです。それは、アリシア様が、病気で子供を生めない体だったからです!」


 チチナが、人差し指を私につきつける。


「違う! 私は健康よ。私たちは白い結婚だったじゃない! そうよ。医者に診てもらうわ! そしたら、私は健康で、それに、しょ、乙女だってことを証明してもらえるんだから!」


 ルカの手を振り払う。こうなったら、処女検査でもなんでも受けてやる!


「検査で何が分かると言うのです? 今現在健康だとしても、それは何の証明にもなりませんよ」


 チチナは、人差し指を左右に振って私をあざ笑う。


「どうしてよ。検査したら、夫婦関係がないことがはっきりするじゃない。恥ずかしいけど、この際、きちんと検査させてあげるわよ!」


「アリシア様。あなたは、ドラゴンの卵を孵したのでしょう?」


「そうよ。私は、卵から赤ちゃんが生まれるって信じてたの!」


「その時に、ドラゴンの卵の光を浴びましたね」


「それが何だって言うのよ」


 チチナはくるりと後ろを向き、大きな胸を揺らしながら観客席に近寄った。


「ドラゴンが孵る時、全ての穢れは払われる! それは、癒しの光! 全ての病は癒される! つまり、アリシア様の不妊も、処女膜もその時に完治しているのです!」


「おおーっ!」という歓声が、観客席から聞こえた。


 口を開けたまま、反論すべき言葉を見つけられずに、私は椅子にぺたりと座った。


 そんな……。

 私とガイは白い結婚だったのに。

 検査を受けても、ドラゴンが癒したと言われたら、それは証拠にはならないの?


 それじゃあ、他にどうやったら証明できるの?

 こんなひどい嘘を言われて、それで……、

 どうしたらいいの?


「お嬢様……」


 どうしたらいいのか分からなくて、私はルカの隣に座って、弁護士が告げるひどい言いがかりを、黙って聞くしかなかった。


「毎晩夫と愛し合いながらも、不妊に悩むアリシア様は、提案したのです。代理母を雇ってはどうかと。だから、ガイウス様は、メイドのメリッサと子を作ることになったのです」


「アリー。僕は、君以外を抱きたくなかったんだ。でも、君が辺境のために、どうしても跡継ぎが欲しいと言ったから。僕は、君を愛していたから。僕は君のために……、僕は、どうすればよかったんだい?」


 ガイウスが涙を流しながら頭を抱え、大げさな芝居をする。

 美しい男の涙に誘われて、観客の令嬢たちがもらい泣きしだした。そして、紳士たちは、それは仕方ないとでもいうように、ガイに同情的な視線を送っている。


 彼は悲劇の主人公のように、私に向って愛を語る演技を続ける。


 でも……。チチナの演説には明らかにおかしい点がある。

 だって、辺境伯家の娘は私で、ガイウスは婿に来てるんだよ。

 それなのに、浮気相手を代理母だなんて言い逃れは、無茶苦茶だよ。

 きっと被告人質問で、うちの弁護士がそれを指摘してくれるはず。今はもうこれ以上、何も言う気力はない。

 絶対に、この人たちを許さない。


 私は、チチナ弁護士をにらみつける。

 彼女は、観客に向って話し終える。


「次回の裁判では、アリシア様とガイウス様の結婚生活、そして、代理母に対しての、アリシア様のいわれなき嫉妬について明らかにしていきます」


 チチナは胸を揺らしながら、私を振り返って笑った。

 裁判長は、観客を見回し、終わりの言葉を告げる。


「それでは、次の裁判では、原告と被告人それぞれの証人尋問を行います。裁判員の皆さま、本日はありがとうございました。次回もよろしくお願いします」

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