8 裁判開始
ボスキャラへの何の対策もなく、裁判が始まってしまった。
王都の中心部にある裁判所には、大勢の野次馬が押しかけてきた。中に入れなかった人とゴシップ記者たちが、私たちが来るのを待ち構えている。
私は、この日のために、清廉潔白な令嬢風のドレスを着てきた。裁判は、第一印象が大事なんだって。柔らかい布を重ねた露出の少ない青い色のドレスは、私の金色の髪と紫の瞳を引き立ててくれる。ルカが選んでくれたドレスなんだけど、この青色は、リハルト様の瞳の色によく似ている。あ、ルカの瞳の色にも似てる。青い瞳って、貴族に多いんだよね。すぐ後ろを歩くルカを振り返る。
茶髪に青い瞳のルカの肩の上には、赤いドラゴンが座っている。名前は「赤ちゃん」だ。
赤いドラゴンだから、そう名付けたんだけど、名を呼ぶ度に、みんなが微妙な顔をするんだよね。分かりやすくて良い名前だと思うんだけど。だって、アリーちゃんは、卵から赤ちゃんが出て来るって、信じてたんだよ。……ダメかな?
私が生んだ(?)時よりも、ほんのちょっとだけ大きくなった赤ちゃん(ドラゴン)は、いつもは父にくっついている。
赤いドラゴンは、炎の魔力を主食とするんだって。だから、私よりも炎の魔力の多い父の側にばかり行きたがる。ママよりも、おやつをくれるじいじに懐くみたいな感じ?
でも、今日は裁判のために連れ出した。
だって、ほら、珍しいドラゴンがいたら、私から注目をそらすことができるでしょう?
「ドラゴンだ!」
「本物だ。本当にいたんだ!」
「じゃあ、あの女性がドラゴンの母なのか」
「ドラゴンを生んだって話は、嘘じゃなかったんだ」
いやいや。ドラゴンは生んでませんって。卵を温めただけだってば。
ゴシップ誌に、面白おかしく書かれてるみたいだ。
「浮気夫を牢屋に入れて、追い出したというのは真実ですか?」
「お家乗っ取り計画との噂もありますが?」
「夫がある身でありながら、不貞を働き、ドラゴンとの間に子をもうけたのですか?!」
記者の突撃取材に囲まれる。
ちょっと、最後の発言は誰よ!
聞き逃せないわよ。
「浮気をしたのは、夫よ!」
思わず、振り返って答えてしまう。
それにドラゴンと浮気って、意味わからない!
私は卵を温めただけで、卵は生んでないってば!
「お嬢様。いけません。相手にせず、早く中に入りましょう」
ルカに背中を押されるけど、絶対許せないから、記者をぎっとにらみつける。
私の心情を察したのか、赤ちゃんも、
「ビッ」
と鋭く鳴いて、ちっちゃい炎を吐き出した。
「うわぁ」
後ずさる記者たち。その隙に、ルカに引きずられるようにして、建物の中に入る。
こんな時こそ、父がいてくれたらよかったのに。
きっと、嫌な記者たちに、炎の爆裂拳をお見舞いしてくれるよね。
残念ながら、父は昨夜から領地に帰っている。
スタンピードが発生しそうだって連絡が来たから。
「アリシア~。すまん。急いで魔物をやっつけて、戻ってくるからな」
「ほら、早く帰りますよ。被害が出てからでは、損害金額が、けた違いになりますから」
と、家令に引きずられるように帰って行った。
父がいるのといないのでは、辺境騎士団の戦力が、千人分ぐらい違うらしい。
ああ、もう。肝心な時に側にいてくれない。
領地が大変なのは分かるんだけど。仕事が大切なのも分かってるんだけど……。いつもそう。
で、代わりに私を守ってくれるのは、ルカと辺境伯家の顧問弁護士のベンジャミンさん。
「もう間もなく始まりますよ。早く原告席に座って」
額に汗をかいた小太りの男が、私達を迎える。
あんまり頼りになりそうにないんだけどな。
この人で、大丈夫?
「もっと有名な全勝無敗の弁護士を雇ってよ」ってお願いしたんだけど、「予算がないから無理です」って家令に却下された。
跡継ぎ娘の一大事なのに、こういう時にお金をかけないでどうするのよ? やっぱり、うちの領地って貧乏なんだ。
でも、まあ、私の白い結婚を証明して、お家乗っ取り浮気男を罰して、慰謝料もらうだけだから、難しいことは何もないよね? 私は聖女じゃないから、ロンダリング侯爵の敵じゃないよ。だから、大丈夫だよね?
裁判は、前世でよく見た海外ドラマみたいに進んで行く。
裁判官の前で、原告と被告の弁護人が、それぞれの主張を述べる。
「そして、被告人のガイウス様は、アリシア様に妊婦のふりをさせたのです! 辺境伯をだまし、メイドに生ませた子とすりかえようとしたのです! 」
私の弁護士はそう言って、大きく手を振って観客の注目を集めた。
「なんと恐ろしいことでしょう。純粋なアリシア様は、卵から赤ちゃんが生まれると信じていたのに! 夫の言うとおりに、毎日毎日、心を込めて卵を温めていました。かわいい赤ちゃんが生まれると信じて! ああ、それなのに!」
「何たる悲劇! 夫はアリシア様の目を盗んで、メイドのメリッサと逢引を繰り返していたのです! 何という非道! メイドは赤子をすり替えた後、アリシア様を殺害しようとしていたとか!」
「ああ、おかわいそうなアリシア様!! アリシア様はただ、夫であるガイウス様を愛していただけなのに! こんなに純粋なお嬢様を裏切るなんて!」
大げさな身振り手振りで、ベンジャミンさんは、観客たちに訴える。
えー? アリーちゃんは、ガイウスのことなんて、ちっとも愛してなかったよ。口をはさみたくなったけど、我慢して黙って座る。
この裁判は、なんと裁判員裁判なのだ。閲覧席に座っている観客全員が裁判員で、彼らの有罪無罪の投票結果が、判定に影響するそうだ。そんなんでいいの?
観客の若い令嬢が、憐みの目で私を見ている。その隣の老婦人は、ハンカチで涙を拭きながら、私に何度もうなずく。
うわぁ。なんか、ものすごく同情されてる。
「アリシア様は、ガイウス様との間に、肉体関係はありませんでした。それだけが救いです。お嬢様は、心も体も清らかなのです! よって、私はお二人の婚姻無効を主張します!
どうか、アリシア様を、この悪魔のような夫から解放してください。そして、卑劣な夫と愛人に、裁きをお与えください!」
パチパチパチ
観客席のご婦人方が、まばらな拍手を贈ってくれた。
ベンジャミンさんは、やり終えたと言う風に額の汗を拭きながら、観客たちに大きくお辞儀をした。
なんか、ものすごく芝居じみている。
原告席の隣に座ってくれたルカを見上げると、眉をひそめて難しそうな顔をしている。その膝の上では、ドラゴンの赤ちゃんが、クピクピと小さないびきをかきながら眠っている。
やっぱり、この弁護士はあんまりよくないよね。こんなので大丈夫なのかな?
「それでは、被告人の弁護士の主張を聞きましょう」
裁判長が、被告人席の弁護士をうながす。
立ち上がった被告人弁護士の横で、赤髪のメリッサと仲良く隣り合って座っているガイウスと目が合ってしまった。思いっきりにらみつけてやる。
げっ!
ガイウスは、私に向ってウィンクしてきやがった。
こいつ正気?
近くで閲覧しているご令嬢から
「かっこいい」
とざわめきの声が上がる。
本気か?
そりゃあまあ、ガイウスは顔だけはいいよ。あまーい優し気な女顔で、アリーちゃんも、こいつの顔だけは、まあまあ好きだったんだから。
「こんにちは、皆さま。私は弁護士のチチナと申します」
ガイウスの弁護士は、珍しいことに女性だった。
こげ茶のカールした髪をポニーテールにした若い女性だ。
「私がガイウス様の弁護を引き受けましたのは、ガイウス様が辺境伯家で受けたあまりにもひどい恥辱を晴らすためです。ご覧ください。先ほど弁護士が言ったようなことを、ガイウス様ができるとお思いですか? このように、ガイウスさまは、とても美しくてお優しい方なのに! 見てください! ガイウス様の美しいトパーズ色の瞳を。この美貌が、嘘をついて人をだますと思いますか?」
会場の若い女性たちが、弁護士の言葉に力強くうなずく。ガイウスは、彼女たち全員を魅了するかのように、きらりと白い歯を見せて笑った。
「私はこれから、ガイウス様が潔白であることを証明いたします!」
弁護士はそう言うと、おもむろに肩に羽織ったケープを脱いだ。
そして胸元が大きく開いたドレスを、観客にみせつけた。
すっごく、おっきい。
観客席の男性が、息をのむ音が聞こえてきそうだ。