5 魔力検査
「……結界は、出入りを阻むだけでなく、魔物をダンジョンに転送する力も持っています。近年、魔力不足により、結界が縮小しています。特に辺境では、結界が損傷し、外部から魔物が入り込むことが多くなりました。そのため、東西南北の辺境騎士団を結成し……」
うーん。なるほど、なるほど。
試験勉強のためのテキストを読んでいるのだけど、小説の設定集みたいで、けっこうおもしろい。
私が転生したこの国は、魔物の森に囲まれてるの。
今から200年くらい前に、帝国の権力争いに敗れた皇子とその派閥の者たちが出奔して、新しく作った国なんだって。追っ手から逃げるために、誰も来られない場所に建国されたの。初代王の恋人だった聖女の結界スキルのおかげだったのだけどね。
その結界が、めちゃくちゃ優れモノ。魔物を入れないだけじゃなくて、結界内で発生をする魔物を閉じ込めるダンジョンまで作ってるの。すごい仕組みだよね。
しかも、ダンジョン内の魔物は浄化済みで、素材も魔石も利用できる。そして、その魔石を利用した魔道具で、200年間、この結界を維持しているの。
完璧な鎖国ってわけね。
この国の貴族の義務は、魔石に魔力を奉納して、聖女の作った結界を維持すること。
あと、ダンジョンの魔物討伐と、魔力の強い子供を生むこともね。
だけどね、200年も経ったから、結界がどんどん縮小されて、辺境の結界なんて、綻びまくってるの。魔物がいっぱい入って来て、瘴気に侵されて、放棄地域が増えてるの。
国自体が、どんどん小さくなってきてるんだよね。
農作地域が減ったから、食料不足で、人口を抑制するために、平民の間では出生数の調整が行われてるんだって。
あ、貴族は別だよ。魔力持ちだからね。逆に、どんどん子供産めって言われるんだけどね。
まあ、そんな滅びに向っている国で、誕生するのが、小説のヒロインちゃん。
なんと、彼女は、新たに結界を張ることのできるスキルをもつ聖女なのだ!
小説では、ヒロインちゃんは、この国に結界を張り直すために、建国の聖女が残した秘宝を探して、ヒーロー君たちと旅に出るんだ。で、その間に、反結界主義者たちに命を狙われたりするの。
反結界主義者って言うのは、「結界なんか必要ない。みんなで国から出て行こう」っていう開国派の人ね。
実は、ヒロインちゃんが生まれる前の、今の時期は、一番大変だったりするんだよね。
特に辺境がね。
結界が破れて、魔物が大量に入ってくるから。
だから、そのせいで、うちってもしかして、貧乏なのかな? って感じてる。
外からやってくる魔物は、瘴気を振りまくから、辺境って、ほとんど農作物が取れないんだよね……。討伐した魔物も、瘴気まみれで、素材も魔石も回収できないし……。
あ、メイドが呼びに来た。教会から魔力検査石を借りてきたって。
※※※※※
「さあ、アリシア! これに手を置いてごらん」
部屋に入ると、父が満面の笑みで迎えてくれた。
魔力検査は、小説でも丁寧に描写されてたね。ヒロインちゃんに結界のスキルがあることが分かって、聖女認定される場面ね。
教会で新入生全員が、大きな白い石に手をかざして、魔力を測るの。そこでヒーロー君が、ヒロインちゃんに一目ぼれするんだけど……。
ん? 思ったより小さい石だね。 小説とは違うのかな?
「貸出許可が出るのは、簡易検査用の物ですからね。まあ、四大魔力を測るだけなら、これで十分でしょう」
眼鏡をくいっと上げながら、家令が私をせかした。
ちょっとドキドキする。絶対に私は、転生魔力チートだよね。ステータスに書いてあったから。
ワクワクしながら、小さい石の上に手を置いた。すぐに手の指の間から、4色の光が漏れ出す。
赤、青、黄色、緑の順番に点滅を繰り返す。
クリスマスツリーのイルミネーションみたい。
赤色がちょっと弱くて、黄色が強いかな?
「すばらしい! さすがはお二人の血をひいてますね。四大魔力全てに適性があります! 炎は思ったよりも少ないですが、土の魔力は特大ですね」
「さすが俺の娘だ! でかしたぞ! アリシア!」
大興奮する父と家令に対して、私は、ちょっとだけ、がっかりしてしまった。
だって、南の辺境伯家は、炎の魔力が多い家系なんだよ。どうして炎が一番少ないのかな?
「炎の魔力が少ないとは言っても、標準以上です。というよりも、その他の魔力が、けた違いに多いのです。特に、土の魔力が異常にありますね」
「さすが俺とマリアの娘だ。マリアと同じで、土の魔力が多いな。うん」
「それに、四大魔力全てに適性があるのは、王族ぐらいですから、素晴らしいことですよ」
父と家令が褒めてくれる。
そうなの? 炎の魔力が少ないのは問題ないの? 私は母に似てるってこと?
「それで、スキルはあるのか?」
あ、そうだ。スキル。私の異世界転生のチートスキル!
「まあ、魔力持ちの中でも、スキルを持つのは、ごく一部の選ばれた者だけなのですが」
家令に指示され、石から手をのける。白い石には、金色の文字が浮かび上がっていた。
「なんだ? このスキルは?」
凝視する父の前で、文字は薄くなって、すっと消えた。
「ゲーム……チートだと?」
白い石には、金色の文字で「ゲームチート」と書かれていた。
そう、これこれ、最強のスキルでしょ?!
笑顔で父と家令を見上げたけど、二人はなぜか顔を曇らせている。
「……チートとは何だ? ゲームってのは、チェスやリバーシのことか?」
「チートとは、おそらく、古代語で、いかさまや不正行為を意味すると思いますが……」
「!なんだと?! アリシアが不正行為? いかさまだとぉ!!」
え、そうなの? チートって、「めちゃくちゃ強い」って意味だと思ってたよ。違うの?
「他には、だます、欺く、そして、浮気をするといった意味もあるようですね」
ケイリーが、ポケットから古代語辞典を取り出して、めくって説明すると、父が燃えだした。
やばい、拳が炎になってる。
「なんだと?! こぉらぁ! アリシアが浮気? 浮気男はガイウスのやつだ! あいつがだまして、浮気して、アリシアを苦しめたんだ! 俺の娘は潔白だ!!」
「ちょっと、お父様!」
ガイウスのことを思い出したのか、父がメラメラしだした。
屋敷とケイリーを破壊されたら困るので、あわてて止める。
「違うってば、ほら、ゲームチート、ね、チートの前にゲームが付いてるでしょう? だから、そんな意味じゃないってば」
「なるほど。チェスのゲームで、密かに不正を働いて、勝利を手にすることができるスキルということですね。まあ、チェス大会では、有利になるかもしれませんね」
ケイリーの言ってることも、なんか違うと思うけど、まあいいか。
「誤解を受けやすいスキルですから、人には言わない方が良いでしょう。学園の願書には、スキルなしと記入しておきます」
「アリシア。チェスといえども、勝負に不正は良くないぞ。正々堂々と戦ってこそ、辺境の娘だぞ」
だから違うってば。もう、めんどくさいな。
私のスキルは、誤解されたら面倒だからと、なかったことにされてしまった。
絶対に、勝ち組スキルだと思うんだけどな。違うのかな?
ゲームしてる時だけのチートなの? そんなの、テレビゲームもスマホもないこの世界じゃ、無用の長物じゃない?