4 学校に行きたいです
「学園か。そうか、アリシアもついに入学を……」
帰ってすぐ、「お父様、私、学校に行きたいです」って言ったら、父は感激して泣きだした。
私が覚醒してから、父は、毎日感動している。
「アリシアが、ナイフとフォークで食事した!」
「アリシアが、本を読んでいる!」
「アリシアが、ああ! アリシアが文字を書いている! この手紙は誰にも渡さん! アリシアが書いた初めての手紙は、俺のものだ!」
とか言って、リハルト様宛に書いた手紙を奪おうとするので、怒って死守したよ。
でも、そうだよね。今までの天使のアリーちゃんには、できなかったからね。心配かけてて、ごめんね。
でも、今の私にはできる。
どうして異世界転生してるのに、文字が書けるのかって? なぜなら、ここは日本語で書かれた小説の世界だからでーす。作者さんが、特に設定してなかったんでしょうね。この世界の言葉は、完璧に日本語! やったね。
「お父様、わたし、魔法が使えるようになりたいの。だから魔法学園に行かせてね」
首をかしげて、握った手をあごにくっつけて見上げると、父はうんうんと何度もうなずいた。ちなみに、おねだりする時は、「お父様」呼びをするだけで100%成功する。
「それなら、学園に入学するのではなく、魔法学の聴講生になればよいのでは?」
父の横で書類仕事をしていた中年男性が、眼鏡を指で持ち上げながら口をはさんだ。
「聴講生ならば、1年ほどで卒業できますので、学費もあまりかかりません。聴講生制度は、主に魔力の多い平民が利用しますが、訳ありの貴族も、いないわけではないので」
「おお! その手があったか。さすがはケイリー。すぐ手続きしてくれ」
父が、満面の笑みで答える。
中年の男性、ケイリーは我が家の家令だ。
いつもは領地で、経理関係の仕事をしている。
王都の館の使用人を全員解雇したから、領地から臨時で来てもらったのだ。
この男性のことが、私はちょっと苦手だ。
「しかし、聴講生になるには、試験に合格しなくてはいけません。お嬢様は、今年度の試験での合格は、何が起ころうと絶対に無理でしょう」
ほら、こうやってやる気をそいでくる。
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃない! 今から、一生懸命勉強したら……」
「無理ですね。来年度でしたら、死ぬ気で勉強すれば、運が良ければ、奇跡的に何とかなるかもしれませんが」
嫌だよ。そしたら、杖を手に入れるのが、遅くなっちゃうじゃない。
一刻も早く冒険者になって、行方知れずのリハルト様を探さなきゃいけないんだって。
「私、いっぱい勉強するよ。そこそこ頭いいから、きっと大丈夫だよ」
前世では、いちおう大学を出てたんだから。小さい会社だったけど、就職もしてたよ。……やりがい搾取のブラック企業だったけど。転生する直前まで、仕事をしてた気がする。納期が迫ってたから、朝日が昇るまで残業して……。私、なんで死んだんだろう? だめじゃん。まだ仕事終わってなかったのに。
「そうだぞ。俺とマリアの子だからな。うん、きっと優秀だ。アリシアは完璧でかわいい! だから、きっと賢い!」
「閣下とマリア様は、お二人とも、学園の試験は、いつも赤点だったと記憶しておりますが」
すかさず、ケイリーさんが突っ込みをいれる。神経質そうに書類にきっちりサインをしてから、近くに控えたメイドに手渡す。
「聴講生試験を受けるのでしたら、魔力検査が必要ですからね。教会に行って、魔力検査石を借りられるように申請します」
「まりょくけんさせき?」
「お嬢様は検査をしておりませんね。通常は、15歳の入学前検診の時に、教会で検査します。ですが、結婚が決まり、入学免除になりましたので……。閣下とマリア様の血をひくお嬢様は、おそらく魔力が高いでしょうから、試験に加点されるかもしれませんね」
そうだ。私、魔力チートだよ。
まだ検査してないのに、どうして知ってるのかって? そりゃあ、もちろん、転生したって気が付いた時に、「あれ」をやったからだよ。ほら、みんなやるよね? 異世界転生したら、絶対にやるって。やるんだってば。まだやってない人は、やらなきゃ。この言葉を言うだけだから、簡単だよ。言ってみて。「ステータス、オープン」って。
「おお! 俺とマリアの娘だからな。絶対に魔力が多いに違いない。複数魔力適性があるかもな」
複数魔力適性?
「炎、風、土、水の四つの属性魔法の適性です。貴族はこのどれかを必ず持っています。高位貴族や王族は、複数持つことが多いですね」
ああ、それね。
小説のヒーロー君は風、土、水の3つの適性があったんだ。ヒロインちゃんは土と風。それから、当て馬キャラのディートは炎と風だった。杖を振って、敵を灰になるまで燃やしてから、風で吹き飛ばしてた。証拠隠滅、完全犯罪。かっこいいよね。
「それに、魔力が高ければ、スキルを保有しているかもしれませんね」
そうそう。ヒロインちゃんには、結界のスキルがあったんだよ。聖女と同じ結界のスキル持ちだから、反結界主義者から狙われるって設定だった。
実はね、私もすごいスキルを持ってるんだよ。
異世界転生特典ってやつ。見えた瞬間に、「やったー!」って叫んだよ。まあ、赤ちゃんだったから、「あっぶー!」だったけど。
「実はですね、不肖、この私もスキル持ちなのですよ。私は下級貴族の生まれですから、魔力は多くないのですが、奇跡的に、特別なスキルを取得できたのです!」
ケイリーは、眼鏡を指で上げながら、自慢げに言った。そして、手元の書類を、ぐいっと私に押し付けて見せつける。
紙一面に、乱雑に数字が書いてある。
その紙にケイリーが手をかざすと、一瞬白く光った後、数字が整列して、罫線が引かれ、表ができた! さらに、なんと! 一番下に、合計額が計算されてる!
「このスキルのおかげで、辺境に就職できました」
すごいよ! ケイリーさん。これって、表計算スキルだ!
いいな、私も欲しい!
「俺のスキルも見るか? 炎の爆裂拳スキルだ。こうやって、拳に炎をまとってオークをぶん殴ると、オークの丸焼きが出来るんだ。すごいだろう? 火加減も調整できるぞ。このスキルのおかげで、ダンジョンに潜っても、食べ物に困らなかったんだ」
私がケイリーさんをキラキラした尊敬の目で見たから、対抗して、父は衝立相手に自分のスキルを披露しようとした。
家を丸焼けにされそうだったので、あわててとめたよ。
ん? 待って。オークは食料なの? 食べたの? まあ、いっか。
私は四属性全部持ってるもんね。それでドラゴンの卵を孵すことができたんだから。それに、特別なスキルもある。だから、聴講生試験で、いっぱい加点されるよね? でも、念のために勉強もしておこう。
「テストの過去問とかはないの? 私、いっぱい勉強するね。多分、国語と数学はいけると思うんだけど、この国の歴史とか地理とかは、一から勉強しなきゃダメだよね? あとは、理科とかかな? どんな教科があるの?」
うわぁ、なんか楽しくなってきちゃった。
小説の魔法学園に行けるんだ。
「魔法学と魔物討伐学を専攻するのなら、試験範囲は、魔物生態学と貴族法と宮廷礼法、宮廷舞踊、お茶会コミュニケーション理論に、女性では刺繍ですね」
あうっ。前世のセンター試験ともSPIとも違う種類の試験だった!
なんで魔物を倒すのに、ダンスとかお茶会とか刺繍が必要なの?
自信なくなってきた。