39 初恋(ルカ)2
目の前に現れたのは、大きなゴリラだった。
いや、全身を筋肉で覆われた、ゴリラのような顔の大男だ。
赤い髪に、南の辺境伯特有の赤い目をしている。
辺境伯の容姿は、先祖返りだと噂されていたな。建国の聖女の守り人は、ゴリラに似た体格をしていたそうだ。
「ようこそ。リハルト殿下。うちは、まあ、こんなところですが、ゆっくり療養して行ってください」
満面の笑顔で迎えてくれる。
炎の悪魔とか炎の破壊神と呼ばれているから、もっと威厳のある男を想像していたが、なんだか想像と違った。
試しに、目に力を込めて、この男の考えを読んでみる。
「!」
読めない。
どんなに力を込めても、何も見えない。
俺のスキルは、自分よりも魔力の多い相手には使えないのだ。実際、父王の考えも読めたことがない。
こいつは、こんな頭の悪そうなゴリラ顔をしているくせに、王族の俺よりも魔力が多いというのか?
なんだか、ものすごく悔しい。
敗北感を隠して、笑顔で挨拶を返す。
「辺境は結界を守る大切な場所だと聞いています。滞在できて光栄です。お世話になります」
人当たりの良い第一王子の顔をして対応をすると、辺境伯はまた、顔全体で笑った。ゴリラの笑顔だ。
「そうだ。娘にも会ってくださいよ。私の宝物なんです。ものすごくかわいいんで、本当は誰にも見せたくないんですがね」
最近は、誰も彼もが、俺に娘を紹介したがる。王妃に睨まれているとはいえ、一応は王子だからな。それと、俺の顔は、女性に受けがいいらしい。俺を見た女は、みんなベタベタくっついてくる。少し、うんざりしながらも、仕方ないので娘に会ってやることにした。
ゴリラの娘なら、子ゴリラか子ザルかな?
「こんにちは。あなた、だあれ? 私は、アリーよ」
辺境伯が壊れ物を扱うように抱いて来たのは、金色の髪に紫の瞳の、おそろしく綺麗な子供だった。
父親には全く似ていない。
まさか、どこかから攫って来たのか? 妖精の子か?!
「アリー、彼は、リハルト殿下だよ」
「リハルト? リハルト! ねえ、一緒にあそびましょう。リハルト!」
辺境伯の腕からぴょんと飛び降りて、女の子は俺の腕をつかむ。
俺よりも5つ年下だと言っていたが、
それにしても、これは……。
「アリーはねぇ、おやつは、クミンの実が一番大好き! でね、ニンジンさんは大っ嫌い。リハルトは、何が好き?」
中身は、年齢よりもずっと幼いようだ。10歳はとっくに過ぎているはずだが……?
「今日もアリシアはかわいいなぁ。天使だなぁ」
娘を見守る辺境伯の顔色を伺う。
ゴリラ顔が溶けてしまうぐらいに、デレデレしている。
どうやら、この娘は、頭に少し問題があるようだ。
普通の貴族ならば、欠陥のある子供は、幼いうちに処分するのだが……。彼には、そんな考えは全くないようだ。
それにしても……。
試しに、少女の心を読んでみる。欠陥者の心はどうなっている?
俺に、一生懸命話しかけている彼女は、何を考えている?
うん?
何も浮かばない? 何も考えていないのか?
いや、それとも……。
この年で、俺よりも魔力が多いというのか? まさか! そんな?!
「なあに、リハルト? アリーのお顔に、何かついてるの?」
あ、しまった。
心を読もうとして、ついつい凝視してしまった。女にこれをすれば、自分に気があると勘違いされる。今までの経験上、とても面倒くさいことになる。
言い訳をしようとしたが、アリシアは、ただ、にこにこと無邪気な顔で笑っているだけだった。
「アリシアが、あんまりにもかわいいから、目が離せなくなるんだよ。パパも一日中、見ていたいなぁ。殿下もそう思うでしょう?」
辺境伯が、後ろから能天気に口を出してきた。
「そぉなの? じゃあ、いいよ。アリーのこと、いっぱい、いっぱい見ていいよ」
俺に顔をぐいっと近づけた少女の紫に瞳が、キラキラと光る。
「……かわいい……」
! って、俺、今、……何って言った?
自分の口から出て来た言葉に、動揺する。
いや、おかしいだろう。こんな、子供。しかも、中身は幼児に。……そんなことを思ってしまうなんて?
今まで、どんな美女を見ても、何とも思わなかったのに。
でも、このキラキラした少女はなんだ?
なぜ、こんなにかわいいんだ?!
呼吸が苦しい。体温が上昇する。息が止まりそうだ。
こんな感情、生まれて初めてだ。
「アリーね、リハルトの髪ね、大好き! だってね、アリーの宝物と同じなんだもん! 見て、見て! クミンの種だよ。真っ黒で、キラキラで、綺麗なの!」
!……かわいい……可愛すぎる。
一生懸命に、黒い石のようなものを見せるアリシアから、目が離せない。
これは、もしかして……、
世に言う、一目ぼれというやつなのか?
まぶしい。キラキラ輝いている。
胸の鼓動が早い。脈を打つ音が漏れてしまいそうだ。
ああ、俺は、どこかおかしくなったんじゃないか?
病にかかったようだ。
ああ、かわいい……。
だが、俺は、王妃に命を狙われる第一王子。そして、将来は王国秘密騎士団をまとめるという重大な役目がある。
こんな無邪気な子供を妻に迎えるわけには、いかないじゃないか。
それに、5つも年下で、中身はもっとずっと年下の子供に、恋をするなんて。
俺は、変態か? ロリコンなのか? 変質者か? 異常者か?
自分に嫌悪感を抱きながらも、学園が休みになるたびに南の辺境へ修行に向った。
その目的が、修行のための魔物討伐から、彼女に会うために変更されていたが、もう構わなかった。彼女と過ごす時間が、とても楽しかったから。
だけど、その時間もすぐに終わった。辺境の血族眼をつなぐために、彼女は婿を取らなくてはいけない。
俺では、彼女を幸せにできない。
俺は、王子で、危険な仕事をしているから……。
まだまだ未熟者で、何の力もないから……。
彼女の無邪気さを守ることなんて、俺にはできないのだから……。
俺以外の男が、彼女に触れるところなんて見たくないのに……。
学園を卒業した俺は、辺境へ行くのをやめた。彼女のことは、忘れなくてはならない。
アリシアの婿になった男への殺意を、ダンジョンで魔物を殺して昇華させる。
ダンジョンの魔物を殺しつくすと、あっという間にSランクになってしまった。
ああ、どんなに殺しても、アリシアへの恋心を忘れることなんて、できやしない。
しかし、俺は、王国秘密騎士団の次期団長だ。この仕事に全力を尽くして生きて行こう。
彼女のいるこの国の平和を守る。それが俺なりの愛し方だ。
もう、彼女のことを考えるのはやめよう。
仕事に追われる日々を過ごしていた時、王国秘密騎士団に父王から命令が下る。
「ドラゴンの様子を観察しろ」
とのこと。
アリシアの結婚生活は幸せではなかった。そこに、ドラゴンが生まれた。ドラゴンの癒しの光が、彼女を救ったそうだ。
あの無邪気なアリシアが、どんなふうに変わってしまったのか。
夫に傷つけられたせいで、歪んでしまったのじゃないか。
居ても立っても居られず、魔道具で変身し、護衛騎士として自ら潜入した。
そこには、初めて会った時より、もっとずっと、きらきらして美しくなった少女がいた。
「こんにちは。これからよろしくね。ルカ」
満面の笑みで、俺を迎えてくれる。
胸に衝撃が走る。
矢でうちぬかれたかのような痛みだった。
……かわいい。ああ、もうどうしていいのか分からないくらい、かわいい。もう、なんだっていい。かわいい。結婚したい。かわいい。もうぜったい、誰にも渡さない。かわいい。
俺は、二度目の恋をした。
くるくる変わる表情も、明るくて元気いっぱいな無邪気な笑顔も。
何にも変わっていない。それどころか、さらに強力になっている。
カワイさという武器で俺を攻撃してくる。
恐ろしい。もうすでに、俺の心は致命傷を負っているのに、さらに、何度も何度も、俺の心臓をえぐってくるなんて。
全部がかわいい。全身がかわいい。何をしていても、かわいい。
彼女の考えは、相変わらず読めない。でも、心を読むまでもない。顔を見ていれば、何を考えているかなんて、すぐにわかる。
感情をコントロールすることを学んだ貴族と違い、彼女は、全身で喜びや悲しみを表現する。
常に彼女のことを考えている俺には、心を読むまでもない。なんだって分かるのだ。
彼女のいない世界なんて、考えられない。彼女は俺の運命だ。
※※※※※
護衛騎士としては、いささか近すぎる距離でくっついているけれど、何も知らないアリシアは、それを当たり前のように受け入れてくれる。どさくさにまぎれて、頭を撫でたり、手を握ったりしてしまった。無邪気な彼女は、少しも嫌がることはない。
時々、意味不明なことをつぶやいては、かわいい顔で笑う。
すぐそばで、その笑顔を見ることができるのは、この上なく幸せな時間だった。
しかも、彼女が俺のことを、リハルトのことを、好きだったなんて!
俺たちは、両思いだったんだ!
アリシアは、俺に会うために、俺に告白するために、冒険者になろうとしている!
こんなうれしいことはない。
今すぐ、正体を明かしたい!
俺はここにいるよと言って、抱きしめたい。
探しているリハルトは、俺だよって。
俺の方がずっと愛しているんだって告げて、深く口づけたい。
でも、できない。
今の俺は、護衛騎士のルカだから。
ああ、王国秘密騎士団の極秘任務さえなければいいのに!
こんな変装をするのじゃなかった。
それさえなければ、すぐに婚姻を申し込んで、あんなことやこんなことができるのに!
残念ながら、今は潜入捜査中。俺は、王国秘密騎士団の団長。そして、ただの護衛騎士。
何度も自分に言い聞かせて、彼女の魅了にあらがう。
早く、あのクズ男を始末しよう。裁判が終わったら、事故死に見せかけて、処分しようか。白い結婚だったとしても、彼女の夫だったなんて、許せないだろう?
それから、ドラコンは無害だと父に報告しよう。
潜入捜査なんか、さっさと終わらせるんだ。
そうしたら、彼女に伝えよう。俺もずっと前から、同じ気持ちだったと。
どうすればいい? 変身を解いたリハルトの姿で現れて、膝をついて指輪を渡したらいいのか? それとも、あのゴリラに「お嬢さんをください」というのが先か?
いや、ゴリラは、クズ男のせいで、「アリシアの婿になれるのは、俺を倒した男だけだ」などと言っている。
どう殺ればいいんだ? ゴリラに勝つなんて、絶対、無理だぞ。杖を使わずに、拳を火炎噴射器にするような奴だ。しかも追尾型だ。どこまでも追ってくる。絶対に勝てない。いっそ、事前に薬でも盛って……。
「では、この報告書を陛下に送っておきます」
ゴリラ攻略法を考えていたら、書類を作成し終えた部下が声をかけて来た。
「あと、ドラゴンの方は、念のためにもう少し追跡調査が必要だとの指示がありました。学園に潜入捜査をする準備を進めています。実は、私が立候補してまして、この後、手続きを」
「却下だ。学園には俺が行く」
「え? いや、しかし、団長は聖女の秘宝を探すのでは?」
「それも必要だが、ドラゴンは俺に懐いているからな。俺が行く方がいいだろう」
ダメだ! こいつをアリシアに近づけてはいけない。
学園に潜入捜査することを、やけに嬉しそうに語る部下が怪しかった。だから、目に力を込めて見たのだ。そして、すぐに危険と判断した。
裁判でアリシアを見た部下は、どうやら彼女のかわいらしさの虜になったらしい。
部下の側には、「恋」の文字が浮かんでいる。
許さない!
アリシアに、俺以外の男を近づけさせるものか。
彼女の側にいていいのは、俺だけだ。
不満そうな部下を、睨んで黙らせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ベッドで眠るアリシアの横で、スマホが光る。
「ピコン」
通知音が鳴る。
ぐっすり眠っているアリシアは、それに気が付かない。
「隠しキャラを追加しました!」
「他の男は近寄らせない。誰にも渡さない。 ~執着質ストーカー用務員ルカ」
「『歪んだ愛♡アブノーマルロマンス~魔法学園は危険がいっぱい~』近日配信予定! 事前登録受付中!」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
まだまだ続きそうなエンドになったので、
続編として、アブノーマル学園編をいつか書くかも。
って、攻略対象が気持ち悪すぎるけど、大丈夫かな?




