表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/39

39 初恋(ルカ)2

 目の前に現れたのは、大きなゴリラだった。

 いや、全身を筋肉で覆われた、ゴリラのような顔の大男だ。

 赤い髪に、南の辺境伯特有の赤い目をしている。


 辺境伯の容姿は、先祖返りだと噂されていたな。建国の聖女の守り人は、ゴリラに似た体格をしていたそうだ。


「ようこそ。リハルト殿下。うちは、まあ、こんなところですが、ゆっくり療養して行ってください」


 満面の笑顔で迎えてくれる。


 炎の悪魔とか炎の破壊神と呼ばれているから、もっと威厳のある男を想像していたが、なんだか想像と違った。


 試しに、目に力を込めて、この男の考えを読んでみる。


「!」


 読めない。

 どんなに力を込めても、何も見えない。


 俺のスキルは、自分よりも魔力の多い相手には使えないのだ。実際、父王の考えも読めたことがない。


 こいつは、こんな頭の悪そうなゴリラ顔をしているくせに、王族の俺よりも魔力が多いというのか?


 なんだか、ものすごく悔しい。


 敗北感を隠して、笑顔で挨拶を返す。


「辺境は結界を守る大切な場所だと聞いています。滞在できて光栄です。お世話になります」


 人当たりの良い第一王子の顔をして対応をすると、辺境伯はまた、顔全体で笑った。ゴリラの笑顔だ。


「そうだ。娘にも会ってくださいよ。私の宝物なんです。ものすごくかわいいんで、本当は誰にも見せたくないんですがね」


 最近は、誰も彼もが、俺に娘を紹介したがる。王妃に睨まれているとはいえ、一応は王子だからな。それと、俺の顔は、女性に受けがいいらしい。俺を見た女は、みんなベタベタくっついてくる。少し、うんざりしながらも、仕方ないので娘に会ってやることにした。

 ゴリラの娘なら、子ゴリラか子ザルかな?


「こんにちは。あなた、だあれ? 私は、アリーよ」


 辺境伯が壊れ物を扱うように抱いて来たのは、金色の髪に紫の瞳の、おそろしく綺麗な子供だった。

 父親には全く似ていない。

 まさか、どこかから攫って来たのか? 妖精の子か?!


「アリー、彼は、リハルト殿下だよ」


「リハルト? リハルト! ねえ、一緒にあそびましょう。リハルト!」


 辺境伯の腕からぴょんと飛び降りて、女の子は俺の腕をつかむ。

 俺よりも5つ年下だと言っていたが、

 それにしても、これは……。


「アリーはねぇ、おやつは、クミンの実が一番大好き! でね、ニンジンさんは大っ嫌い。リハルトは、何が好き?」


 中身は、年齢よりもずっと幼いようだ。10歳はとっくに過ぎているはずだが……?


「今日もアリシアはかわいいなぁ。天使だなぁ」


 娘を見守る辺境伯の顔色を伺う。

 ゴリラ顔が溶けてしまうぐらいに、デレデレしている。


 どうやら、この娘は、頭に少し問題があるようだ。

 普通の貴族ならば、欠陥のある子供は、幼いうちに処分するのだが……。彼には、そんな考えは全くないようだ。


 それにしても……。

 試しに、少女の心を読んでみる。欠陥者の心はどうなっている? 

 俺に、一生懸命話しかけている彼女は、何を考えている?


 うん?

 何も浮かばない? 何も考えていないのか?

 いや、それとも……。

 この年で、俺よりも魔力が多いというのか? まさか! そんな?!


「なあに、リハルト? アリーのお顔に、何かついてるの?」


 あ、しまった。

 心を読もうとして、ついつい凝視してしまった。女にこれをすれば、自分に気があると勘違いされる。今までの経験上、とても面倒くさいことになる。

 言い訳をしようとしたが、アリシアは、ただ、にこにこと無邪気な顔で笑っているだけだった。


「アリシアが、あんまりにもかわいいから、目が離せなくなるんだよ。パパも一日中、見ていたいなぁ。殿下もそう思うでしょう?」


 辺境伯が、後ろから能天気に口を出してきた。


「そぉなの? じゃあ、いいよ。アリーのこと、いっぱい、いっぱい見ていいよ」


 俺に顔をぐいっと近づけた少女の紫に瞳が、キラキラと光る。


「……かわいい……」


 ! って、俺、今、……何って言った?

 自分の口から出て来た言葉に、動揺する。

 いや、おかしいだろう。こんな、子供。しかも、中身は幼児に。……そんなことを思ってしまうなんて?

 今まで、どんな美女を見ても、何とも思わなかったのに。

 でも、このキラキラした少女はなんだ? 

 なぜ、こんなにかわいいんだ?! 

 呼吸が苦しい。体温が上昇する。息が止まりそうだ。

 こんな感情、生まれて初めてだ。


「アリーね、リハルトの髪ね、大好き! だってね、アリーの宝物と同じなんだもん! 見て、見て! クミンの種だよ。真っ黒で、キラキラで、綺麗なの!」


 !……かわいい……可愛すぎる。


 一生懸命に、黒い石のようなものを見せるアリシアから、目が離せない。


 これは、もしかして……、

 世に言う、一目ぼれというやつなのか? 

 まぶしい。キラキラ輝いている。

 胸の鼓動が早い。脈を打つ音が漏れてしまいそうだ。

 ああ、俺は、どこかおかしくなったんじゃないか?

 病にかかったようだ。


 ああ、かわいい……。


 だが、俺は、王妃に命を狙われる第一王子。そして、将来は王国秘密騎士団をまとめるという重大な役目がある。

 こんな無邪気な子供を妻に迎えるわけには、いかないじゃないか。


 それに、5つも年下で、中身はもっとずっと年下の子供に、恋をするなんて。

 俺は、変態か? ロリコンなのか? 変質者か? 異常者か?



 自分に嫌悪感を抱きながらも、学園が休みになるたびに南の辺境へ修行に向った。


 その目的が、修行のための魔物討伐から、彼女に会うために変更されていたが、もう構わなかった。彼女と過ごす時間が、とても楽しかったから。


 だけど、その時間もすぐに終わった。辺境の血族眼をつなぐために、彼女は婿を取らなくてはいけない。

 俺では、彼女を幸せにできない。

 俺は、王子で、危険な仕事をしているから……。

 まだまだ未熟者で、何の力もないから……。

 彼女の無邪気さを守ることなんて、俺にはできないのだから……。


 俺以外の男が、彼女に触れるところなんて見たくないのに……。



 学園を卒業した俺は、辺境へ行くのをやめた。彼女のことは、忘れなくてはならない。


 アリシアの婿になった男への殺意を、ダンジョンで魔物を殺して昇華させる。

 ダンジョンの魔物を殺しつくすと、あっという間にSランクになってしまった。

 ああ、どんなに殺しても、アリシアへの恋心を忘れることなんて、できやしない。


 しかし、俺は、王国秘密騎士団の次期団長だ。この仕事に全力を尽くして生きて行こう。

 彼女のいるこの国の平和を守る。それが俺なりの愛し方だ。

 もう、彼女のことを考えるのはやめよう。



 仕事に追われる日々を過ごしていた時、王国秘密騎士団に父王から命令が下る。

「ドラゴンの様子を観察しろ」

 とのこと。


 アリシアの結婚生活は幸せではなかった。そこに、ドラゴンが生まれた。ドラゴンの癒しの光が、彼女を救ったそうだ。


 あの無邪気なアリシアが、どんなふうに変わってしまったのか。

 夫に傷つけられたせいで、歪んでしまったのじゃないか。

 居ても立っても居られず、魔道具で変身し、護衛騎士として自ら潜入した。


 そこには、初めて会った時より、もっとずっと、きらきらして美しくなった少女がいた。


「こんにちは。これからよろしくね。ルカ」


 満面の笑みで、俺を迎えてくれる。

 胸に衝撃が走る。 

 矢でうちぬかれたかのような痛みだった。


 ……かわいい。ああ、もうどうしていいのか分からないくらい、かわいい。もう、なんだっていい。かわいい。結婚したい。かわいい。もうぜったい、誰にも渡さない。かわいい。


 俺は、二度目の恋をした。

 くるくる変わる表情も、明るくて元気いっぱいな無邪気な笑顔も。

 何にも変わっていない。それどころか、さらに強力になっている。

 カワイさという武器で俺を攻撃してくる。

 恐ろしい。もうすでに、俺の心は致命傷を負っているのに、さらに、何度も何度も、俺の心臓をえぐってくるなんて。


 全部がかわいい。全身がかわいい。何をしていても、かわいい。


 彼女の考えは、相変わらず読めない。でも、心を読むまでもない。顔を見ていれば、何を考えているかなんて、すぐにわかる。

 感情をコントロールすることを学んだ貴族と違い、彼女は、全身で喜びや悲しみを表現する。

 常に彼女のことを考えている俺には、心を読むまでもない。なんだって分かるのだ。



 彼女のいない世界なんて、考えられない。彼女は俺の運命だ。



 ※※※※※


 護衛騎士としては、いささか近すぎる距離でくっついているけれど、何も知らないアリシアは、それを当たり前のように受け入れてくれる。どさくさにまぎれて、頭を撫でたり、手を握ったりしてしまった。無邪気な彼女は、少しも嫌がることはない。


 時々、意味不明なことをつぶやいては、かわいい顔で笑う。

 すぐそばで、その笑顔を見ることができるのは、この上なく幸せな時間だった。


 しかも、彼女が俺のことを、リハルトのことを、好きだったなんて! 

 俺たちは、両思いだったんだ!

 アリシアは、俺に会うために、俺に告白するために、冒険者になろうとしている!

 こんなうれしいことはない。


 今すぐ、正体を明かしたい!

 俺はここにいるよと言って、抱きしめたい。


 探しているリハルトは、俺だよって。

 俺の方がずっと愛しているんだって告げて、深く口づけたい。


 でも、できない。

 今の俺は、護衛騎士のルカだから。


 ああ、王国秘密騎士団の極秘任務さえなければいいのに!

 こんな変装をするのじゃなかった。


 それさえなければ、すぐに婚姻を申し込んで、あんなことやこんなことができるのに!


 残念ながら、今は潜入捜査中。俺は、王国秘密騎士団の団長。そして、ただの護衛騎士。

 何度も自分に言い聞かせて、彼女の魅了にあらがう。


 早く、あのクズ男を始末しよう。裁判が終わったら、事故死に見せかけて、処分しようか。白い結婚だったとしても、彼女の夫だったなんて、許せないだろう? 

 それから、ドラコンは無害だと父に報告しよう。

 潜入捜査なんか、さっさと終わらせるんだ。


 そうしたら、彼女に伝えよう。俺もずっと前から、同じ気持ちだったと。


 どうすればいい? 変身を解いたリハルトの姿で現れて、膝をついて指輪を渡したらいいのか? それとも、あのゴリラに「お嬢さんをください」というのが先か?


 いや、ゴリラは、クズ男のせいで、「アリシアの婿になれるのは、俺を倒した男だけだ」などと言っている。


 どう殺ればいいんだ? ゴリラに勝つなんて、絶対、無理だぞ。杖を使わずに、拳を火炎噴射器にするような奴だ。しかも追尾型だ。どこまでも追ってくる。絶対に勝てない。いっそ、事前に薬でも盛って……。



「では、この報告書を陛下に送っておきます」


 ゴリラ攻略法を考えていたら、書類を作成し終えた部下が声をかけて来た。


「あと、ドラゴンの方は、念のためにもう少し追跡調査が必要だとの指示がありました。学園に潜入捜査をする準備を進めています。実は、私が立候補してまして、この後、手続きを」


「却下だ。学園には俺が行く」


「え? いや、しかし、団長は聖女の秘宝を探すのでは?」


「それも必要だが、ドラゴンは俺に懐いているからな。俺が行く方がいいだろう」


 ダメだ! こいつをアリシアに近づけてはいけない。


 学園に潜入捜査することを、やけに嬉しそうに語る部下が怪しかった。だから、目に力を込めて見たのだ。そして、すぐに危険と判断した。


 裁判でアリシアを見た部下は、どうやら彼女のかわいらしさの虜になったらしい。

 部下の側には、「恋」の文字が浮かんでいる。


 許さない!

 アリシアに、俺以外の男を近づけさせるものか。

 彼女の側にいていいのは、俺だけだ。

 不満そうな部下を、睨んで黙らせた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 ベッドで眠るアリシアの横で、スマホが光る。


「ピコン」


 通知音が鳴る。

 ぐっすり眠っているアリシアは、それに気が付かない。


「隠しキャラを追加しました!」


「他の男は近寄らせない。誰にも渡さない。 ~執着質ストーカー用務員ルカ」


「『歪んだ愛♡アブノーマルロマンス~魔法学園は危険がいっぱい~』近日配信予定! 事前登録受付中!」


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

まだまだ続きそうなエンドになったので、

続編として、アブノーマル学園編をいつか書くかも。

って、攻略対象が気持ち悪すぎるけど、大丈夫かな?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ