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35 恋

 裁判は終わり、私の結婚は、なくなった。婚姻無効ではなく、白い結婚自体が、なかったことにされたのだ。


 罪人の子、メリッサの存在を消すために、裁判記録は削除された。新聞記事は全て回収され、焼却された。

 その余波で、裁判の原因になった私の結婚までもが、口を開けば処分されるレベルで、綺麗に消された。


 つまり、私は結婚なんて、してないことになった。


 ガイウスから、慰謝料はもらえない。その代わりに、彼が家で使った金額は、全部返してもらえることになった。今回の裁判費用も、侯爵家が払うことになった。

 でも、お家乗っ取りの罪で、彼を刑務所に送ることは、できなかった。

 裁判に勝ったとは言えないような結果だった。


 それに、もう一つ。

 結婚がなかったことになったら、魔法学園の入学免除も、なかったことになった。

 私は、1年前にさかのぼって入学してたことになって、ずっと休学していたことにされてしまったのだ。


 つまり、聴講生試験を受ける必要は、なくなったってこと。


 試験を受けずに学園に入れて、運がいいって?

 まさか、そんなの、ちっとも良くない。


 聴講生と違って、本科生は寮に入んなきゃいけない。学生会の活動にも参加して、お茶会やパーティにも出席しないといけない。授業料もかかるけど、ドレス代や交際費、その他の費用も莫大になる。


 ううっ、ごめん。お父様。貧乏なのに、たくさん学費がかかってしまうよ。


 でも、まあ。試験なしで学園に入れるから、杖さえ手に入れれば、私の魔力でいっぱい稼いで、出世払いで返せばいいよね。

 学園ではダンジョン実習もあるから、その時にモンスターをいっぱい倒して、魔石を奪って売ったら、きっとお金がいっぱい手に入って……。


 前向きに考えようとしていると、ルカが片付けたばかりの受験用テキストを机に戻して積み上げた。


「お嬢様、聴講生試験がなくなったので、今よりもっと勉強しなくてはいけませんよ」


「え? なんで?」


 やだよ。寮に入るまでは、いっぱい遊ぶんだから。


「学園では、クラス分けがあります。優秀な成績を取らなければ、下級貴族ばかりの落ちこぼれクラスに所属することになります」


「いや、別にそれでかまわないし」


 むしろ、身分の高い人と同じクラスには、なりたくないな。礼儀作法とか面倒そうだし。


「それはいけません。お嬢様。リハルト様に会いに行くのでしょう? 大公の妻になるのでしたら、ふさわしい成績を残さないといけません」


「あ、そうだった」


 うん。リハルト様……。

 リハルト様のために、がんばらなきゃ。


 あれ? そういえば、最近、リハルト様のことを、あんまり考えてないかも。裁判で忙しかったからね。


「寮に入るまで、あと1か月しかありません。お別れするまでに、しっかり家庭教師を務めますね」


「お別れって、誰が?」


「お嬢様と私がです。お嬢様が、一月後に学園に入ることになれば、私の護衛任務も完了しますので」


 え? どうして?


「ルカは学園についてきてくれないの? 護衛騎士を辞めちゃうの?」


「残念ながら、学園は、部外者は立ち入り禁止なのです。護衛はもちろん、侍女も連れて行けません」


「うそ、そんな……。ルカは学園の寮に入れないの?」


 じゃあ、ルカとは、もうすぐお別れなの?

 今までずっと一緒にいたから、これからも、ずっと私の護衛騎士をしてくれると思っていたのに。

 もう会えなくなるの?


 どうしよう。それじゃあ、私が不安な時は、誰に相談したらいいの?

「大丈夫」って、誰に言ってもらえばいいの?


「大丈夫ですよ。お嬢様。学園を卒業したら、リハルト様を探すのでしょう? 私がいなくなった後は、彼がお嬢様を守ってくれますよ」


「そんなの、わからないじゃない。だって、リハルト様はどこにいるかもわからないし。それに、リハルト様が、私のことをどう思ってるかも……」


 いやだ。ルカと会えなくなるなんて。

 だって、私が覚醒してから、ずっと側にいてくれたのに。

 異世界で暮らす不安も全部、彼がいてくれたから……。


 あ、やだ。

 私、もしかして、ルカに依存してる?

 甘えすぎてる?

 こんなの、護衛騎士の仕事じゃないのに。


「お嬢様?」


 ルカが、そばに来て、私の頭に触れる。


「大丈夫です。辺境のスタンピードも収束したようですから、もうすぐ閣下も戻ってこられるでしょう」


 大きな手が頭をなでて、慰めてくれる。


「それまでの間、私が責任をもってお嬢様の学力を底上げします。学園に入ることを不安に思う必要はありませんよ」


 ちがう。そうじゃない。

 学園に入るのが不安なんじゃない。いや、それもかなり怖いけど。

 そうじゃなくて。

 ルカが護衛騎士じゃなくなったら、

 もう、ルカに会えなくなるの?

 これから先も、ずっと?


 ああ、やだ。考えたら泣きそうになる。

 だって、ルカは私の護衛騎士で、彼にとって、私はただの仕事上の関係なのに……。


 ああ、もう。


 分かってるって。私、ルカのことが……。


 もうっ、

 私にはリハルト様がいるのに。

 リハルト様に気持ちを伝えるために、がんばって来たのに……。それがいつの間にか、リハルト様よりも、側にいるルカのことを……。


 頭を振って、これ以上考えないようにする。

 ダメだよ。そんなの。だって……。


「お嬢様?」


 彼は、青い目を細めて私を見る。

 ああもう。そんな風に見つめられたら、気持ちを止められなくなる。


「私がいなくなると、寂しいですか?」


 もうっ! そんなこと聞かないでよ。


「寂しいにきまってるでしょう!」


「そうですか」


 彼は、満足そうに笑った。

 ああ、この笑顔が大好き。

 どこにでもいるような平凡な顔立ちだけど、今の私には、世界で一番かっこよく見える。

 いつも私を見守ってくれる、優しくて強い人。

 これからも、ずっと側にいて欲しいと思ってしまう。


 でも、それは護衛対象と護衛騎士の関係に過ぎない。

 彼は、私のことなんて……。


 ううん。それでも、ルカが好き……。

 でも、今のままじゃだめだよね。ルカに守ってもらってばかりで、彼に依存してるのは良くないよね。

 だから、私はもっと努力しないと。彼に女性として見てもらえるように。もっとふさわしくなれるように。


「ルカ。私、勉強がんばる。苦手な刺繍も、ダンスも」


 ルカの隣に立てるような女性になるために、努力するね。


「その意気です。大丈夫ですよ。お嬢様。きっとリハルト様は、お嬢様の努力を認めてくださいます」


 ちがう! ああ、もう。リハルト様のことは良いんだってば。

 私が好きなのは、あなたなの。


 想いを込めてルカの瞳を見つめるけど、さわやかな笑顔を返されてしまった。

 全然通じてない。


 そんな風に見つめ合っていると、メイドが私を呼びに来た。予定していなかった来客だ。私は顔を引きつらせて、身支度を整える。なぜ、彼が?


 ルカと一緒に応接室に入る。

 ラスボスと対面だ。

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