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34 結審2

 事の起こりは、今から23年前。

 南の辺境伯の領地の結界付近に、一人の女性が現れた。

 彼女は見たこともないような布地の服を着ていて、手には不思議な腕輪をつけていた。


「私は帝国人よ。結界を抜けたら、ここに入ってしまって、出られなくなったの」


 彼女は仲間たちと旅をしていたそうだ。仲間とはぐれて魔物の森をさまよっていたところ、結界を通り抜けて、我が国に入り込んでしまった。

 彼女がつけていた魔法無効化の腕輪が働いたらしい。

 でも、それは壊れてしまった。入ったのはいいけれど、出ることができなくなったそうだ。


「帝国に帰りたいの。私を助けて」


 不思議な魅力を持つ黒髪の美女に、辺境に住む若者たちはみんな夢中になった。特に若い辺境伯とその側近たちは、美女の機嫌を取ろうと、宝石やドレスをプレゼントした。皆、美女の虜になり、自分の持つすべての財産を差し出した。


「帰りたいの。ここはいや。お願い。私を助けて、一緒に行きましょう」


 どんなに贈り物をしても、美女は毎日泣いてばかり。何とかして彼女を笑わせたい。どうしたら彼女を満足させられる?


「帝国の食事の方が、ずっとおいしいわ」

「帝国のドレスを着たいの。こんな時代遅れのドレスは嫌よ」

「帝国の建物の方が、ずっと綺麗よ」

「こんな遅れた国になんか住みたくないの。田舎は大嫌い」

「帝国に返して! もう嫌! こんな野蛮な国、私にふさわしくないわ」

 何をしても、黒髪の美女は嘆くばかり。


 そして辺境伯たちは、罪をおかしてしまう。

 彼女のために、結界を壊そう。彼女と一緒にこの国を出て、帝国に行こうと。

 ほんの少しの間だけ、人が一人通れるような、ほんの小さな穴だけだからと、結界に穴を空けようと計画する。美女が持っていた魔法無効化の魔道具を改良して。


 しかし、その計画は失敗に終わる。

 誰一人、この国を出て行くことはできなかった。


 結界は壊れることはなかったのだ。

 聖女の結界は、人を通さないために作られている。帝国からの追っ手を警戒したためだ。ほころびから魔物は通しても、人が通るのは無理だった。


 魔法無効化の魔道具を使ったせいで、辺境の結界の力は弱まり、魔物が入ってくるようになった。それだけでなく、魔物をダンジョンへと送る魔法が消滅した。


 南の辺境の地は、それ以来、魔物が自然発生するようになってしまった。初代聖女の施したダンジョン自動転送装置が、この土地でだけは働かない。あふれる魔物が瘴気を振りまき、大地は穢され、領民は住処を失う。

 大勢の領民が魔物に殺されるようになった。度重なるスタンピードの発生。全ては、当時の辺境伯の罪。


「そして、事態を知った王国秘密騎士団が動くことになったのです。帝国から来た黒髪の女と、辺境伯、側近、その他、召使に至るまで、結界を破壊した罪人は皆、処刑されました。国家転覆罪適用により、罪人の親と子ども、そして配偶者も、連座による死刑執行がおこなわれました」


 裁判長の説明が終わる。観客たちは静まり返っている。誰も口を開かない。痛いほどの静寂が広がっている。


「メリッサは罪人の婚外子だ。当時、逃げ出した愛人が、誰にも知らせず子供を生んだため、処刑を逃れた」


 仮面の男が告げる。


「先ほど、刑を執行した。結界を損傷させた重罪人の子供は死ななければならない。これにて、この事件は、再び封印される。誰も口外してはならない。口を開けば、処分する」


 メリッサは……。さっきまで、悲鳴を上げていた彼女は、もう、連座で処刑されたの? 彼女は、父親の罪を知らなかったのに。その時、生まれてもなかったのに。

殺されたの? 


 あ、


「ディートは? メリッサの子供はどうなるの?」


 沈黙の中、私の声が響いた。

 黒づくめの男が、私の方へ仮面で覆われた顔を向ける。


「罪人の孫は、連座の範囲には含まれない」


 その一言を聞いて、ほっと息を吐く。

 ディートは、処刑されない。

 よかった。だって、生まれたばかりの彼は、何も悪くないもの。

 でも……。私を殺そうとしていたメリッサのことも、死刑になってほしいわけじゃなかった。牢屋に入れて、反省させたかっただけなのに……。


 だけど、それがこの国のルールだから。それなら、せめて、生まれて来た赤ちゃんだけでも、処分されなくて良かったと思うしかないのだ。



 これで、私の裁判は終わった。

 夢で見たゲームのヒントを活用したけれど、裁判に勝ったとは思えなかった。


 この裁判自体が、全てなかったことにされたのだから。


 私とガイウスの結婚は、ルカが王国秘密騎士団に掛け合って、白紙になるように手続きしてくれた。私とガイウスの結婚は、なかったことにされたのだ。

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