33 結審1
ハンナに買ってきてもらった新聞には、連日、私達の裁判記事が載せられている。
ちらっと見ただけでも、
「美人弁護士は語る。メイドの娘こそが、本物の跡継ぎ! 赤毛のメイドと主人の関係は?!」
「『赤ちゃんって、卵から産まれるの』美少女妻の実態。異母姉への壮絶ないじめ。『代わりに子供を生め』と命じられて」
「早く子供を作りましょ♡ メイドと主人の熱い夜。その時、妻は嫉妬で異母姉を!」
下品な煽り文句であふれている。
本文を読もうとしたら、ルカに取り上げられた。
「お嬢様。こんな低俗な記事を読むと、品位が下がります」
ちょっとだけ読みたかったんだけどな。あれだよ。ほら、エゴサーチとおなじ。見たら後悔するんだけど、でも見てしまう……。
そして、延期になっていた裁判が再開された。
私たちは、万全の対策をして臨む。
裁判所前は、野次馬と新聞記者であふれているから、こっそりと裏口から入れてもらう。今回は、同行者がいるから、融通が利くみたい。
「本当に、うまくいくでしょうかね?」
ベンジャミンさんが、冷や汗を流しながら聞いてくる。
「もちろん。彼らがいると、心強いですね」
ルカは後ろを振り向いて、同行者に笑顔を贈る。
私達3人の後ろを、背の高い仮面の男が付いてきている。真っ黒のマントを羽織って、顔には黒い仮面をつけている。見るからに怪しすぎる男だ。
彼は、王国秘密騎士団員だそうだ。
「さあ、さっさと裁判を終わらせましょう」
ルカは私の手を取った。
※※※※※※※
「それでは、前回の続きから始めましょう。証人のメリッサさん。体調はいかがですか? 無理はしないでくださいね」
裁判長が、証人席に座るメリッサを気遣って、声をかける。
メリッサは、甘ったるい声でそれに答えた。
「大丈夫でーす。ちょっとおっぱいが張って痛いけどぉ、あ、授乳休憩をくださいね。ディートちゃんは、1時間おきに授乳が必要なの。あの子、パパに似て、おっぱいが大好きなんだから」
そう言って、被告人席のガイウスに手をふる。
彼はちょっと困った顔をして、照れたように微笑んだ。
キモイ!
「ええ、では進めましょう。前回の原告弁護人の質問からですね。メリッサさんが辺境伯の娘という証拠はあるのか、と問われていましたね。それに答えてください」
「はぁーい。証拠はありまーす! ディートよ。私とガイ様の赤ちゃん。今は、隣の部屋で寝てるけど、裁判長さんも見たでしょう? 赤い髪に赤い目をしているの。間違いなく、辺境伯の孫なのよ!」
メリッサの答えに、観客席からささやき声がもれる。
「やっぱりな」
「あのメイドは、辺境伯の愛人の子か」
「それじゃあ、代理母って言うのは、本当のことなの?」
「新聞に書いてあった通りだわ。あの金髪の妻は、おとなしそうな顔をして、異母姉をいじめてたのね!」
観客たちが、私をにらみつける。
「質問を続けます」
ベンジャミンさんは、ドアの前に立つ仮面の男を気にしながら、メリッサに質問する。
「メリッサさんは、今22歳でしたね」
「ええ、そうよ。まだ若いの。これからもガイウス様の子供をいっぱい生めるわ。辺境伯の血筋をたくさん増やせるわ」
メリッサは誇らしげに、赤い髪をかき上げる。
「もし、メリッサさんが辺境伯の娘だとしたら、アーサー様が18歳の時に生まれた子になります」
「それが何? 充分子供を作れる年齢でしょう? まさか辺境伯も、子供の作り方を知らないとか? 赤ちゃんは卵から生まれるなんて、言わないでちょうだいね。ふふふっ」
メリッサの言葉に、観客席からも失笑がもれた。
笑っていられるのも、今のうちよ。
赤毛をかき上げながら笑うメリッサを、ベンジャミンさんが問い詰める。
「おかしいですね。その時期のアーサー様は、魔法学園の寮に入っていました。辺境は僻地にあるので、帰ってくるのは、難しかったかと思われます」
「冬休みがあるでしょう? 母さんは、辺境伯の領地の館でメイドをしてたの。きっとその時に、愛を交わしたのよ」
「裁判長。アーサー様の学生時代の記録を提出します。この記録によれば、彼は休みの日は、辺境に帰らずに、ずっとダンジョンに潜っていたとあります。それは、冒険者カードにも記録されています」
ベンジャミンさんの言葉に、裁判長は手元の書類に目を通す。
「確認しました。弁護人の言う通り、領地に戻っている時間はありませんね」
「そんな。うそよ。だって、確かに、私は辺境伯の娘で、だって、ディートの赤い目は……」
「あなたを身ごもった時期、アーサー様は学園とダンジョンの両立で、忙しい日々を過ごしていました。恋人のマリア様といつも行動を共にしていたとの記録があります。領地に戻って、メイドと子作りをする時間などありませんでした」
ベンジャミンさんは、ドアの方に目配せをする。
観客席の人々は、その視線をたどって、黒い仮面の男を発見し、ぎょっとしたように顔をこわばらせた。
「メリッサさん。残念ながら、あなたが母親の腹に宿った時、辺境の領地の主人だったのは、アーサー様ではありません」
「そんな! 私は嘘なんてつかないわ!」
「そうですね。真実を語ったのでしょう。23年前、南の辺境伯と呼ばれたのは、アーサー様ではなく、その兄なのですから」
「ひぃ」
観客席から悲鳴が漏れた。
黒仮面の男が、音もなく証人席に移動してきたからだ。
彼は、仮面の下で口を開く。
「封印された名簿の開示を許可する。ただし、ここにいる間だけのものとする。裁判所を一歩でも出たら、口外する者は処罰する」
くぐもった声が、会場中に響く。
観客たちが息をのむ。
「誰よ、あなた。気味の悪い仮面なんてつけて。ガイウス様、助けて!」
不穏な雰囲気に、メリッサが被告席のガイウスに助けを求めた。
被告席では、蒼白になったチチナの横で、ガイウスは目を見開いて固まっている。
「王国秘密騎士……」
「23年前というと、もしやあの?」
「帝国人の女の事件か……」
年配の観客がささやく。若者たちは、訳が分からないというように、顔を見合わせる。
「質問を続けます。メリッサさん、あなたは母親から、チャールズという名前を聞いたことはありませんか? これはアーサー様の兄の名前です」
「あ……。母さんは死ぬ前にうわごとで、チャールズ様って言ってたかも……、じゃあ、その人が私のお父さんなの? だったら、やっぱり私は辺境伯の娘で間違いないじゃない。ディートは、辺境の跡継ぎよ。そうでしょう?」
「裁判長。確認が取れました。メリッサは、罪人、チャールズ・カイザールの娘で間違いありません」
ベンジャミンさんは、硬い声で裁判長に告げた。
「了解しました。では、王国秘密騎士殿、速やかに処置をお願いします」
裁判長の言葉を聞いて、仮面の男がすばやくメリッサの後ろに移動した。そして、彼女の腕をつかんで軽々と持ち上げ、肩の上に抱え上げた。
「きゃあ! 何をするの? いやっ! おろして! やめてよ! ガイウス様! 助けて!」
秘密騎士は、悲鳴をあげるメリッサを、まるで荷物のように抱えて、会場の扉へと向かう。そして、ドアを開けて、振り返りもせずに出て行った。
バタン。
ドアが閉まる。
メリッサの悲鳴は、だんだん小さくなっていく。
「なんだ? いったい何が?」
「王国秘密騎士に連れて行かれたぞ。恐ろしい」
「どうなっているんだ?」
大騒ぎになった観客たちに、裁判長は木槌を打ち鳴らす。
「静粛に! お静かに! 裁判はこれで終わりです。いいですか? 特別に説明する許可を得ています。この場限りの許可です。裁判所を出たら、口をつぐむと約束してください。さもないと、処罰されますよ!」
ざわめきは止まらない。
「何が起きてる?……僕は知らない。僕は関係ない。おい! チチナ。おまえは何か知ってるのか?!」
ガイの叫び声が聞こえる。
「そんな……。知るわけないじゃない! ねえ、裁判は?! 裁判はどうなるの? 私の連勝記録は?! いやよ。私は今回も、裁判に勝つんだから!」
チチナ弁護士も、取り乱して叫んでいる。
「静まれ」
低いくぐもった声が響く。いつの間にか、裁判長の隣に仮面の男が立っている。さっきメリッサを連れて行ったばかりなのに、一人で戻って来ている。メリッサはどうなったの?
会場は、水を打ったように静まり返る。皆、仮面の男に注目した。
「では、特別に、今回の事案の説明をいたします」
そして、裁判長は説明を始めた。なぜ、裁判がここで打ち切られることになったかを。




