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32 欲しかったもの(メリッサ)2

「ふぇ、おぎゃー、うあぁー」


 赤ちゃんの泣き声で、目が覚める。

 ああ、昔のことを思い出しながら、眠っていたのね。


 メイドがあやすのを止めて、息子を抱きよせ、おっぱいを含ませる。まだ母乳は、あまり出ないけれど。


 出産は一晩中かかった。痛くて、痛くて、とにかく、ものすごく痛かった。もう二度と経験したくない。子供なんて、欲しがるんじゃなかったって、後悔するほどに、痛かった。


 でも、この子を見せたら、ガイウス様が喜んでくれた。

 ガイウス様に褒めてもらえた。

 それだけで、私は痛みも忘れて、幸せになれる。


 赤ちゃんが目を開けた瞬間に、勝ったって思ったわ。私は、異母妹に勝ったのよ。あのずるい女に、やっと勝てたわ!


 初めて会った時から、気に入らなかった。

 私は、平民に多い赤毛なのに、あいつはガイウス様と同じで、貴族の金の髪をしていた。私は地味なメイド服を着ていたのに、あいつは、綺麗なドレスを着ていた。私の手は掃除と洗濯でひび割れてるのに、あいつは、重いものなど持ったことのない白い綺麗な手をしていた。


 それが、半分血のつながった異母妹だった。

 憎くて、憎くて仕方なかった。どうして、同じ父親を持つのに、私はメイドなの?

 どうして私は、ガイウス様の妻になれないの?

 あんな、頭のおかしい異母妹なんかより、私を妻にした方がいいはずよ。

 私だって、辺境伯の娘なんだから!


 辺境伯は私を見ても、娘だと気が付いてくれなかった。想像と違った。

 私から、娘だと告げることができなかった。


 ゴリラに似ていると噂される辺境伯の顔は、ものすごく恐ろしかった。その中でも、人間離れした赤い目が、気持ち悪かった。

 魔物を素手で何万匹も葬り去っているって話も聞いていたから、怖くて、何も言葉は出てこなかった。


 だって、証拠はどこにもないもの。

 私の赤毛は、辺境伯と同じ色で、肖像画に描かれていた先代辺境伯とよく似た巻き毛だけど、目の色は違う。

 辺境伯のような、不気味な赤い目をしていない。

 母さんと同じで、平凡な茶色の目なんだから。

 

 侯爵様が辺境伯に伝えてくれたらよかったのに。侯爵様は、私の出生のことは、誰にも言ってないようだ。貴族にとって、平民との間にできた庶子なんて、そこらの石ころと同じ。魔力のない平民の娘なんて、醜聞でしかない。


 でも、そんなのずるいわ。庶子を生むよりも、頭のおかしい欠陥者を生む方が、醜聞なんじゃないの? 私は、異母妹と違って、頭はまともよ。ガイウス様だって、私といる方が楽しいって言ってるわ。だって、異母妹は、15歳にもなって、人形遊びをしているようなバカなんだから!


 ガイウス様がかわいそうよ。爵位のために、こんな女と結婚させらるなんて。


 ガイウス様は、結婚相手が欠陥者だったと知って、うろたえていた。だから、私は教えてあげたの。欠陥者とベッドを共にしたら、欠陥がうつるっていう迷信をね。


 彼は、簡単にそれを信じたわ。

 気味が悪いからと、初夜を中止した。

 あいつが側に近寄ることも許さないの。そのかわりに、私をベッドに呼んでくれた。嬉しくて、嬉しくて。このまま死んでもいいって思った。でも、死ななくて良かった。

 だって、ガイウス様は、私に最高のプレゼントをくれたもの。

 彼の赤ちゃんを。


 代わりに赤ちゃんを生むと言い出したのは、私よ。だって、ガイウス様は、私の嘘を信じて、あいつと子供を作ることを嫌がったもの。

 跡継ぎはどうすればいいのかと悩むガイウス様に、教えてあげたの。私は、辺境伯の隠し子だってことをね。私が、ガイウス様の子供を生んで、あいつの子供だってことにすればいいんだって。


 本当に、良い考えだったのよ。最初は上手くいってたの。

 あいつは、本物のバカだったからね。

 卵をドレスの下に入れさせて、あいつの妊婦姿を辺境伯に見せるつもりだったの。


 でも、ドラゴンが、全てをめちゃくちゃにしてしまった。




「チチナに示談書を持って行かせたよ」


 ガイウス様は、おっぱいを飲むディートを見ながら、嬉しそうに言う。

 この子が生まれてすぐ、弁護士に示談書を書かせたのだ。


「あいつはサインするかしら?」


「どうかな? 第二夫人の件は、反対するかもしれないね。彼女は、僕を独り占めしたいんだよね。浮気を怒って、裁判するぐらい熱烈に、僕のことを愛しているからね」


「認めさせてちょうだいね。本当は、私が正妻になるべきなのに、我慢したんだから」


「え? それは無理だよ。いくら辺境伯の娘だからって、きみの母親は、所詮は平民だろう? あっちは、由緒正しい東の辺境伯の血筋だよ。あの綺麗な紫の瞳は、東の血族眼だからね」


「そんなの不公平だわ。だって私、赤い目の赤ちゃんを生んだのよ。この子は、ちゃんとした血族眼を持ってるのに」


「まあ、アリーが認めなくても、裁判で勝てばいいか。裁判沙汰になって、父上に叱られると思ったけど、ドラゴンを手に入れれば、許してくれるって。裁判に勝ったら、爵位もドラゴンもアリーも全部僕のものだよね。この子が生まれたおかげだよ。チチナはこれで、絶対に裁判に勝てるって言ってたよ」


 裁判を起こされた時は、不味いことになったと思った。でも、女の弁護士は、ありえないような作り話を思いついてくれた。そんな嘘の話で、本当にあいつに勝てるのか不安だったけど、裁判員裁判には、真実なんて関係ないそうだ。裁判員は、自分が気に入った方に票を入れるらしい。だから、彼らに気に入られるように、上手に証言したの。男の裁判員のために、ガイウス様と私のベッドの話をして、楽しませてあげたわ。だって、男ってみんな、いやらしい話が大好きでしょう?


 それにね、ディートが生まれたから。この子の赤い目を見せたら、みんなが私の味方をしてくれるはずよ。


 だけど、新たな問題がでてきたの。

 あいつの欠陥が治ったことだ。ドラゴンの癒しのせいで、あいつの頭は治った。そのとたんに、ガイウス様のあいつを見る目が変わってしまった。


 あいつは、貴族の特徴を持っていて、私にはないキラキラした金の髪がある。私と違って、珍しい紫の目をしている。ガイウス様は、女好きだ。特に、綺麗な女が好きだ。私はガイウス様のたった一人にはなれない。そんなの分かってる。でも、あいつだけはダメだ。あいつにだけは、絶対に渡さない。


「ねえ、わたし、がんばったでしょう? すごく痛い思いして、この子を生んだのよ。赤い目をしてるから、きっと、辺境伯も孫だって認めてくれるわ。だからね、一つだけでいいの。わたしのお願いを聞いてくれる?」


「うん。メリッサはよくやったよ。なんだい? 僕にできることなら叶えてあげるよ」


 ガイウス様が優しい目をして、私の額に口づけをくれる。

 その感触にうっとりしながら、心を込めてお願いする。


「じゃあ、アリシアを殺して。だって、約束したでしょう? 赤ちゃんが生まれたら殺すって」


 ガイウス様は顔をしかめた。


「それは無理だよ。彼女は、僕の正妻になってもらうんだから。心配しなくていいよ。君のことも第二夫人として、かわいがってあげるよ。でも、まずは、アリーを愛してあげないとね。今まで、寂しい思いをさせてしまったから。まずは、あの生意気な護衛騎士をクビにして……」


 ああ、ガイウス様の悪い癖が、始まってしまったわ。

 でも、ね。覚えておいて。それでも、私は絶対にあきらめないわ。

 ガイウス様の子を生むのは、私だけでいいの。

 あいつには、絶対に生ませない。その前に、私があいつを殺してやる。


 今まで、私のものは全部あいつに盗られてきた。辺境伯令嬢の地位も、綺麗なドレスも、ガイウス様の妻の座も。でも、私にはディートがいる。辺境伯もディートを見たら、私を迎え入れてくれるはずよ。奪われたものは、全部取り返してやるんだから。


 まずは、第二夫人になるわ。それから、あいつを殺そう。そうしたら、私がガイウス様の正妻になれるわね。ガイウス様だけは絶対に、あいつに渡さないんだから。


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