31 欲しかったもの(メリッサ)1
「良くやった、メリッサ! 赤い目の男の子だ! 次の辺境伯だ!」
ガイウス様が喜んでくれる。うれしい。
生まれるまでは、少しだけ不安だった。
でも……。やっぱり私は、辺境伯の娘だったのね!
この子を見たら、辺境伯も、私を娘と認めてくれるはずよ。
あんな欠陥品の娘なんか捨てて、私のことを迎え入れてくれるわよね。
ああ、赤い目で生まれてくれてありがとう。
ディート。私の赤ちゃん。これで、私は全てを手に入れるの!
私の名前は、メリッサ。ロンダリング侯爵領にある小さな村で育った。私に父親はいなかった。未婚で子供を生んだ母さんは、娼婦と呼ばれて、ひどい差別を受けていた。
私も、私生児って呼ばれて、村の男の子に泥団子を投げられたり、女の子からは無視されたりしたわ。
でも、領主の侯爵様は、私と母を気にかけてくれた。私達の境遇に同情して、村長に命じて、村の子供たちを叱ってくれたの。
侯爵様のおかげで、小さいけど綺麗な家を貸してもらえたし、村人たちから食事を分けてもらえた。
だから、子供の頃の私は、侯爵様が父親だったらいいのにって思っていた。
……そんなわけないのに。
私の髪の毛は赤毛だ。くるくる巻いたくせ毛。母さんは、茶色の直毛で、全然似ていない。だから、これはきっと父親の遺伝だ。
侯爵様は、まぶしい金色の髪をしている。貴族の色だ。それに顔がとても整っていて、品がある。私とは、まるで違う。
私は、平民の中ではかわいいと言われるけど、侯爵様とは全然似ていない。だから、私が侯爵様の子供であるはずがない。
その侯爵様には、よく似た顔の子どもがいる。
ガイウス様だ。
初めて会った時から、私はガイウス様に夢中になった。欲しくてたまらなかった高価なお人形のように、とても綺麗な顔をしているからだ。
まぶしい金色の髪に、宝石みたいなオレンジ色の瞳。ずっと見つめていたいくらいに綺麗な顔の男の子。
ああ、なんて綺麗な顔なの! ガイウス様の側にいられるなら、わたし、何でもするわ!
侯爵様は、ガイウス様に領地を見学させるという名目で、たくさんの男の人たちを連れて村にやってくる。その中には、金色の髪をした貴族も大勢いた。村長の館で、秘密の会合を開くそうだ。館には地下室があって、そこで、秘密の魔道具を作っているらしい。
私達村人は、絶対に近寄るなって言われている。
大人たちの秘密の会合の時間、私たち村の子供は、ガイウス様と一緒に遊ぶことを許された。
「君の髪って、真っ赤できれいだね」
ガイウス様は、私みたいな平民にも優しい。
私の赤い髪を一房手に取って、キスしてくれた。うれしい。
「君の薄茶の髪は、ミルクティーみたいに甘い匂いがする」
「君のブルネットの髪には、この白い花がよく似合うよ。まるで夜空のようだ」
ガイウス様は、それが女の子なら、平民にだって優しい。
村の女の子を一列に並べて、順番に髪の色を褒めている。
女の子なら誰だっていいのだ。私にだけ優しいわけじゃない。
でも、それでもよかった。
だって私は、平民の中でも最下層の、卑しい娼婦の娘だから。綺麗な貴族のガイウス様には、釣り合わない。
だから、この気持ちは、あこがれだけでいいの。
心の中で思うだけ……。ガイウス様は、手に入らない美しい宝石のようなもの……。
ずっとそう思っていた。
10歳の時、母さんが、はやり病で死んだ。
葬儀のため、教会に行った時に、侯爵様と村長の会話が聞こえた。
「残った娘は、どうしましょうか?」
「ああ、あれは南の辺境伯の隠し子だ。辺境伯の弱みを握るために、目をかけていたんだが……」
「辺境伯の血筋なら、秘宝探しに役に立つのでは? 辺境伯家は、聖女の守り人の家系ですので」
「そうだな。それなら、とりあえずは、我が家のメイドとして引き取ろう。いずれは……」
漏れ聞こえた会話に、震えが走る。
私の父親は、辺境伯なの?
じゃあ、私は、半分は貴族ってこと?
卑しい娼婦の娘じゃなくて、私は辺境伯令嬢なの?
それなら、私はガイウス様を好きでもいいってこと?
だって、平民の母親から生まれた子供でも、父親が貴族なら、貴族になれることもあるって聞いたことがあるから。
嬉しかった。
私が卑しい生まれじゃないことも。侯爵家のメイドになれることも。ガイウス様に近づけた気がした。
メイドとして雇われた侯爵家で、私は、ガイウス様のために一生懸命働いた。同じ年頃のメイドは、みんな、跡継ぎの長男様やスペアの次男様の愛人になろうとしていたけれど、私は、ガイウス様にしか興味なかった。
「ガイウス様はね、顔は良いのだけど、魔力が少ないでしょう?」
「そう、それに学園の成績も最下位だっていうじゃない? だから、いずれは平民になるんじゃないかしら?」
「侯爵様にも見放されてるのよね。いくら顔が良くても、ガイウス様の愛人になることに、何のうまみもないわよ」
メイド仲間は親切に教えてくれる。でも、それでもいいの。私は、ガイウス様のあの綺麗な顔が大好きなんだから。
侯爵様に叱られて、劣等感に苦しむガイウス様を献身的にお世話した。私の体が成長して、寝室に呼んでもらえた時には、本当に幸せだった。体を重ねるたびに、ガイウス様への愛は、どんどん大きくなって、止まらなくなる。
心が弱っている時のガイウス様は、私にたくさん甘えてくれる。私の胸に顔をこすりつけて、たくさん泣き言をいう。そんな姿でさえも、かわいいと思ってしまう。私はガイウス様に必要とされてるんだって。
ガイウス様は、母親を幼い時に失くしているから、母の愛を女に求めているのよね。分かっているわ。あなたを赤ちゃんのように、いっぱい甘やかしてあげる。他のメイドに浮気しないで。あなたは、私がいないとダメなのよ。私みたいに広い心で、あなたを愛する女は、他にはいないんだからね。
だから、私は、ガイウス様が孤立するように、噂を広めた。彼が、誰にも相手にされず、私だけに甘えてくれるようにと……。
「ガイウス様って、魔力は少ないし、勉強もできないし、馬にも乗れないし、魔物も倒せないんでしょう? 貴族なのに、おかしいわ。……もしかして、欠陥者なんじゃない?」
噂は、あっという間に広まった。
誰にも相手にされずに落ち込んでいるガイウス様を、たっぷりと甘やかしてあげたわ。
「あなたは、この国で、一番の男性よ。あなたほど優れた人は、他にいないわ。みんな、あなたが好きなの。あなたの存在は、奇跡なのよ」
私に依存するように、私なしでは生きられないように、甘い言葉と体で、おぼれさせてあげたの。
私の流した噂のせいで、ガイウス様の婿入り先はなかなか決まらなかった。このままでは、平民になるしかない。平民になって、長男様の下で働かされることをガイウス様は何よりも恐れていた。長男様は、ちょっと暴力的だものね。長男様に殴られて、死んだ使用人が大勢いたわ。
どうしよう。ガイウス様の綺麗な顔に、傷でもつけられたら大変だわ。
だから、カイザール辺境伯家への婿入りの話が出た時に、その話を受けるように説得したの。
「でも、辺境は、魔物がいっぱい出る恐ろしい場所なんだろう? そんなの怖いよ。父上は、婿に行けって言うけど、そんな危険な所、僕、絶対に行きたくないよ」
「魔物の討伐なんて、辺境伯に任せればいいのよ。ガイウス様は、王都の屋敷に住んで、辺境伯の娘に跡継ぎを生ませるのがお仕事よ」
「え? それだけでいいの? でもなぁ、辺境伯の娘って、社交界に出てこれないぐらい病弱なんだろう? それに、辺境伯って、ゴリラに似てるって言われてるし。病気持ちのゴリラ娘と子供を作るのは、いやだなぁ」
渋るガイウス様を説得する。
侯爵家のメイドの身分では、今まで、辺境伯に会う機会がなかった。でも、ガイウス様が辺境伯家に婿に行って、それで、私もメイドとして付いて行ったなら……。そしたら、辺境伯に会える。私の父親に。
辺境伯は、私を一目見たら、
『おまえは私の娘だ。よくぞ会いに来てくれた』
って言って、涙を流すのよ。
頭の中で、空想する。
私は、父に抱きしめられるの。
『今まで気がついてやれず、すまなかった。病弱なアリシアよりも、メリッサの方がはるかに優れている。辺境はメリッサに任せよう。ガイウス殿と結婚して、跡継ぎを作るのだ』
そして、私は貴族になって、ガイウス様と幸せな結婚をするの。
「メリッサ。僕はアリシアと結婚するよ」
何度説得しても、首を横に振っていたガイウス様は、辺境伯家から送られたアリシアの絵姿を見たとたん、意見を変えた。
許せないわ。
絵の中の少女は、綺麗な金色の髪をしている。大きな紫の瞳で、無邪気に笑っている。
許せない。
綺麗なドレスを着て、綺麗な顔で、私のガイウス様を誘惑する。
絶対に許さない。
どうして私じゃないの?! 私だって、辺境伯の娘だわ。私の方が先に生まれているのよ。私が姉なのに! ガイウス様と結婚するのは私よ!




