3 リハルト様を探しに
「お願いします! 教えてくださいっ!」
「だから、何と言われようと、無理なものは無理です」
冒険者ギルドの受付で、90度に頭を下げた。
でも、きれいなお姉さんは、かたくなに拒絶する。
「私、夫に裏切られたばかりなんです。あいつ、浮気相手を妊娠させて、私を殺そうとしたのよ。ひどいと思いませんか? だからね、立ち直るために、新しい恋のために、どうしても必要なんです!」
「そのようなこと言われても困ります。規則ですから」
「そこを何とか! あ、そうだ。これ。これでお菓子でも買って?」
財布からきらりと光る銀貨を一枚取り出して、すっとデスクの上に滑らせる。
受付のお姉さんは、それを目で追ってから首を振って、「規則です!」と強く3回繰り返した。
はあ、やっぱりダメかぁ。
がっくりとギルドの床に崩れ落ちる。
美人受付嬢にカスハラしてしまった。
ごめんなさい。
だってね、そうでもしないと、他に方法がないんだから。
もうっ!
こんなに探してるのに、どうして会えないの?
愛しのリハルト様!
私の名前はアリシア・カイザール。
南の辺境伯アーサー・カイザールの一人娘よ。
引きこもりだった私だけど、王都では、今はちょっとした有名人になっているの。
婿入りした夫を、お家乗っ取りの罪で訴えたから。
ちゃんと裁判して、決着をつけなきゃね。
白い結婚だったことを認めさせて、婚姻歴を消し去りたいの。
だって、普通に離婚したら、経歴に傷がついちゃうじゃない?
私とリハルト様の未来のために、綺麗な戸籍と体が必要なの!
リハルト様は臣籍降嫁して、一代限りの大公になったとはいえ、元王子でしょう? 結婚相手に元人妻を選んだりしたら、きっと、周囲からいろいろ言われると思うの。ただでさえ、王妃に嫌がらせをされてるんだから。私が足を引っ張ることはしたくない。
まあ、でも、それは私のプロポーズに、リハルト様が応えてくれたらの話なんだけどね。
とにかく、一刻も早くリハルト様に私の気持ちを伝えなきゃ。小さい時からずっと好きですって。それで、もしも、リハルト様が受け入れてくれたら。うん。今度こそ、幸せな結婚ができるよね。
ってわけで、リハルト様が管理している領地に手紙を送ったんだけど、
「主様はダンジョンに出かけて、ここには帰ってきておりません」
「帰宅の時期は、知らされておりません」
って、執事からそっけない返事が来た。
リハルト様~。どこにいるのよ。
ダンジョンにいるってことは、もう冒険者として活躍中なんだよね。
だから、小説の中で、リハルト様が使ってた冒険者名を思い出して、王都の冒険者ギルドに情報を聞きに来たんだけど……。
「Sランク冒険者『漆黒の魔王』についての、個人情報は保護されております。また、指名依頼は受付けておりません」
全く教えてくれない。賄賂も効かない。
ああ、どこにいるの? 私のリハルト様。
でも、もうすでにSランクになってるんだ。早くない? すごいよ。さすがは私の未来の旦那様。(気が早すぎる?)
「お嬢様、もう帰りましょう」
だらしなく座り込んだ私の腕を取って立たせるのは、護衛騎士のルカだ。
ドレスについた土埃を叩いて落としながら、騎士の顔を見上げる。
街歩きのお伴に、父が雇ってくれたのは、若い騎士だ。たしか、どこかの子爵家の五男って言ってたかな? 最近、我が家に来たばかり。
「ギルドの受付嬢に聞いても、無駄だと思いますよ。どこのダンジョンにいるのかは、きっと彼女も把握していないでしょう」
「うん、そうだよね」
ダンジョンは、国に10か所以上ある。そのうちの一つだけでも、攻略するのに1年以上かかる。
リハルト様が、ダンジョンに入りっぱなしだとしたら、どこにいるのかは、本当に分からないよね。
がっかりしながら、ルカと一緒に出口へ向かう。
護衛騎士のルカは、茶髪に青い目で、どこにでもいるような平凡な顔立ちをしている。だけど、周囲の目を自然と引き付ける。立ち居振る舞いに品があるからだ。今だってほら、さりげなく私をエスコートしてくれてる。だから、女性の冒険者たちの注目を集めている。
背が高くて、頭が小さいんだよね。何頭身だろう? 顔は普通なんだけど、なぜか、かっこいい。それに、騎士としての実力も、父のお墨付き。採用試験で打ち合った父が、べた褒めしてた。といっても、父にはぜんぜん勝てなかったみたいだけどね。
「閣下に勝つには、人間をやめないといけません」
にっこりと青い瞳で微笑んで、扉を開けてくれた。
あれ? 私、口に出してた?
「でも、お父様ほどじゃなくても、ルカも結構魔力が多いんでしょう? ねぇ、ルカが冒険者になったら、すぐにSランクになれる?」
リハルト様みたいに、Sランク冒険者って多いのかな?
「いや、まさか。Sランクになれるのは、ごく少数ですよ。例えば、お嬢様のご両親のように」
ルカは茶色のサラサラな髪をかき上げながら、さわやかにほほ笑んだ。
「お嬢様なら、すぐにランクが上がるかもしれませんね」
「私?」
私が冒険者……。
それでリハルト様と一緒にダンジョン……。
それだよっ!
小説では、ヒロインがパーティメンバー募集の張り紙をして、そこにリハルト様が応募してくるんだった。
そうよ!
今すぐ私が冒険者になって、リハルト様をパーティに勧誘したらいいんだ!
「ルカ、私、冒険者になるわ。早く手続しましょう!」
ルカの手をつかんで、くるんと回って、再び受付デスクに向かう。美人受付嬢さんが、迷惑そうに眉をしかめた。
「冒険者になるから、冒険者カードをちょうだい!」
小説では、みんなカードを持ってたよね。私も欲しい。
「それでは、冒険者資格証明書と登録料をお出しください」
「冒険者資格証明書?」
「はい。国家冒険者資格認定証書もしくは、予備国家冒険者資格認定証です。あ、学生さんでしたら、魔法学園冒険者仮登録証でもかまいません。学生証も一緒にお出しくだされば、学生割引で登録料は半額になります」
え? なんて? なにそれ。
「私、学校行ってない……」
「貴族様ではなかったのですか? 平民が冒険者になるためには、国家冒険者研修学校の卒業が義務付けられております。入学試験は半年後ですね。では、卒業してからおいでください」
けんもほろろに追い出された。
「ねえ、私、学校に行ってない、よね?」
唖然として、ルカを見上げて聞く。
あれ?
この世界の貴族って、みんな魔法学園に入らないといけないんじゃなかった?
たしか、小説のヒロインちゃんも、15歳で学園に入学して、そこでヒーロー君と出会うんだった。
私は、今16歳。普通の貴族だったら、学園の2年生のはず……?
だけど、私は、この間までは、半分眠ってる天使のアリーちゃんで、引きこもりだった。病気とかの理由があれば、学校に行かなくていいの?
「お嬢様は、結婚されましたので」
「結婚したら、学校に行かなくていいの?」
「はい、特例で認められております。貴族女性の場合は、学業よりも子供を生むことが優先されます」
魔力持ちの子供を生むことが、貴族女性の優先事項。
貴族の少子化対策ってことなのかな? 結婚してたら、学校に行かなくていいんだ。
女性の役割って、勉強よりも子供を生むことなの?
前世日本人の私には、なんだかもやもやするんだけど。
うーん。もしかして、父が私をガイウスと結婚させたのって、学校に行かせないためだったのかな?
覚醒前の私は、学校で学ぶなんてこと、絶対無理だったから。
お茶会にも行ったことないし、ほとんど人と会うこともなかった。領地の館からは、出してもらえなかったし、結婚してからは、王都の館で監禁されてた。
やっぱり、人前に出すのが恥ずかしい娘だと思われてたの?
「でもね、私、白い結婚で婚姻無効にするよね。そうしたら、どうなるの?」
「一度免除になったので、学校に行く必要はありません。ですが、」
「ですが?」
「魔法の杖を入手できませんので、これから先も、魔法を使うことはできないでしょう」
!!
そうだった。
この世界では、魔法を使うために杖が必要だ。
魔力の暴走を防いだり、魔法が犯罪に使われるのを防ぐために、学園で杖を貸与されて、制御されるんだ。
小説では、主人公をいじめた生徒が、学園を去る時に、杖を取り上げられる描写があった。魔法を使えない平民にさせられたのだ。
「魔法が使えなくても、日常生活に不便はありません。しかし、冒険者カードを取得されるのでしたら、魔法なしでは難しいかと」
「冒険者になるのに、魔法が必要なの?」
「いいえ。魔法の使えない平民でも冒険者になることはできます。学校で研修を受けて、魔物討伐試験に合格すれば、予備冒険者資格を取得できます。ですから、平民でも、腕に覚えがある者は、魔法がなくても特に問題ありません」
ルカは、腰につけた剣をこつんと叩いた。
剣で魔物を倒せるから、魔法はいらないってこと?
私は自分の手をじっと見つめる。
白くて細くて柔らかい手。
今まで、剣どころか、スプーンより重いものを持ったことがない。
無理だ。魔法なしでは戦えない。
それに、私は東の魔女と呼ばれた母と、南の凶戦士と呼ばれた父の娘。魔力はたくさんある。
せっかく、異世界転生して魔力チートに生まれたのに……。
「私、学校に行く! それで、それで魔法を手に入れて、冒険者になるの!」
たいへんだ。大急ぎで学園に入学しなきゃ。
そうじゃなきゃ、私とリハルト様の恋愛ファンタジー小説が始まらないよ!
だって、せっかく異世界に生まれ変わったのに、魔法が使えないなんて、つまんないじゃない?!