26 違和感
言い訳をしていると、メイドがようやく祖父母の肖像画を運んできた。もう、遅いよ。
ルカに手伝ってもらって、父母の絵の隣に飾る。それは、2枚あった。
一枚目は……、
「これは、若い時のおじいさまと、おばあさまと、それから?」
「おお、なつかしい。先代辺境伯ご夫妻の、若かりし時の肖像画ですな」
ベンジャミンさんが感慨深そうに、肖像画を眺める。彼は、若い時から辺境で働いていたから、二人を良く知っているそうだ。
厳しい顔の祖父と、気難しそうな祖母。そして、祖母は腕に赤ちゃんを抱いている。父母の肖像画と同じ構図だ。
『肖像画を見てごらん。違和感を見つけられるかな?』
ゲームのヒントの言葉を思い出す。
そんなの。見た瞬間に分かったよ。
「ねえ、この絵って、変だよね」
後ろに立っているルカに確認する。
「ええ、変ですね。閣下は、父親にも母親にも似てないんですね。両親は、普通の人間の顔をしています」
いや、そうじゃなくて。
確かに、細身の祖父と華奢な祖母の絵を見ると、父にはあまり似てないことが分かる。どこの遺伝子なんだろうってくらいに、父はごつごつした筋肉だるまゴリラだ。でも、体つきは違うけど、耳の形とか、眉毛の角度とか、ちょっとした場所に祖父との共通点がある。
それに、父と祖父は、二人とも全く同じ色合いの、赤い髪と、そして、真っ赤な目をしている。南の辺境伯家の血族眼だそうだ。
それから、肖像画の祖母が抱いている赤ちゃんの髪と目は……。
「なんでこの赤ちゃん、全身が布に包まれてるの?」
祖母が抱いている赤ちゃんは、全身を真っ黒の布に包まれている。赤ちゃんの髪も、布のせいで全く見えない。っていうか、祖母が布の塊を抱いてるように見える。赤ちゃんの顔も髪も手足も、布に覆われて隠されている。
「たしかに、おかしいですね。赤子の姿を隠しているような……」
「でも、こっちの、もう一枚の肖像画には、子供の時のお父様が、ちゃんと描かれてるのよね」
隣に飾ったもう一枚の祖父母の肖像画を指さす。
1枚目よりも少し年を取った祖父母と、少年時代の父が描かれている。10歳くらいかな。赤い髪も真っ赤な瞳も、後ろに立つ祖父と同じだ。祖父は、柔らかそうな赤い巻き毛だけど、父はまっすぐな剛毛。顔立ちも髪質も全く父に似ていないけど、色は同じだ。
こっちの肖像画にも、一目で分かる違和感がある。それは、父の横に描かれている巨大な……。
「壺ですね」
壺だ。
ルカが言ったように、少年時代の父の横には、大きな黒い壺の絵が描かれている。祖父母の前に立つ父と壺の肖像画。あんまり見ない構図だ。しかも、その壺は、子供の時の父の背丈と同じくらいある。
「ずいぶん適当に描かれた壺ですね。……いや、これは?」
ルカは手を伸ばして、塗りたくられた黒い絵の具に触る。
「これは、後から描き加えられたんですね」
そう! そうだよね。絶対に、後から修正されてるよね。何かを隠すみたいに黒塗りされてる! 夢のゲームのヒントだったけど、もしかして、この肖像画が裁判に勝つ解決策を教えてくれるかも。
「絵画の修復士を呼んで、この二枚の肖像画を元の姿に戻させましょうか?」
「いや、それはちょっと、やめた方が」
ルカの提案に、ベンジャミンさんが、焦ったように、口をはさむ。
「なぜ?」
ルカが冷たい声で振り返る。
ベンジャミンさんは、スーツのポケットからハンカチを取り出した。
「いや、その。きっと、理由があって、そういう絵にしたんじゃないかなぁと……」
もごもごと口を動かす。
何か知ってるの?
黒塗りされた肖像画の秘密って何? あ!
「『23年前の秘密』って、夢の中で言ってた!」
夢で見たゲームのヒント1の言葉を言ってみた。
「なぜそれを!!」
ベンジャミンさんの額に、ぶわっと汗が浮き上がる。
やっぱり、何かあるんだ。
あれは、夢だけど、夢の中のゲームだけど。ただの夢じゃないの?
ルカが青い目を細めてベンジャミンさんを睨むと、彼はハンカチで汗をぬぐった。
「言えません! 守秘義務です! 弁護士生命に関わります!」
と言って、口を閉じ、ぎゅっとしわを寄せた。
「すぐに絵画の修復士を連れてきます」
ルカはさっと身をひるがえして、ドアから出て行った。
後に残された私は、首をかたむけて、目を大きく見開いて、ベンジャミンさんをじっと見つめたけれど、彼は首をぶんぶん振って、手を口にあてた。
何も話す気はないようだ。
肖像画が裁判にどう関係するかは分からないけど、とりあえずルカが戻ってくるのを待とう。




