25 肖像画
朝だ。
変な夢を見たなぁと、背伸びをしてベッドから降りる。
メイドがびくびくしながら、お湯が入った洗面器を持ってきた。
ハンナがここにいる限り、ヒロインちゃんは生まれないんだけどなぁ。小説はどうなるんだろう?
って、今はそれどころじゃないけど。
「肖像画……」
夢のゲームのヒントで、肖像画って出て来た。そういえば、メリッサも破水する前に、肖像画がどうとかって言ってたよね。きっとそれが気になって、あんな夢を見たんだ。
「ねえ、ハンナ。物置にしまってある肖像画を食堂に出してくれる?」
以前、廊下に飾ってあった肖像画は、ガイと住むことになってから、「美観を損ねる」と言われて、物置にしまわれている。
父母の肖像画は、食堂に飾り直したんだけど、祖父母の肖像画は片付けたままだった。それを持ってきてもらう。
ハンナを待つ間、食堂で朝ごはんを食べていたら、ルカとベンジャミンさんがやって来た。
あ、もちろん食堂のテーブルは、何度も何度も消毒させたよ。気持ち悪いったら。本当は捨てたかったんだけど、新しいテーブルを買う予算がなくて、泣いたよ。慰謝料取ったら、すぐに買い換えてやる。
「今日は早起きですね。お嬢様」
「おはようございます。やあ、今日も朝ごはんに招かれますね」
ルカは住み込みで働いてもらってるからいいんだけど、ベンジャミンさんは、なんで毎朝うちにごはんを食べに来るんだろう?
まあ、料理人のおばあちゃんの作るご飯は、すごくおいしいんだけどね。
「お嬢様。ゆで卵を手に取って、殻をむいてはいけません」
「え? 殻をむかないで、どうやって食べるの?」
「このように、エッグスタンドの上でナイフを使います」
ルカは、華麗なナイフさばきで、卵の上部を切り取って、中身をスプーンですくって見せた。
「うわ。めんどくさい……」
げんなりしながらも、まねをしようとナイフを手に取る。
食事の時間は、ルカ先生によるマナー学習タイムだ。学園に入るための勉強が必要。裁判と受験勉強。私って、めちゃくちゃ忙しくない?
デザートを食べ終わって、メイドが来るのを待つ間、父母の肖像画を見つめる。
父と母、そして私が描かれている。生まれたばかりかな?
父と寄り添うように立つ母の腕に、赤ちゃんが抱かれている。
赤い髪と赤い目の、ゴリラのような顔の父と、金髪に紫の目の、はかなげな妖精のような母。リアル美女と野獣だ。母の腕の中の、ちっちゃい赤ちゃんも、金髪に大きな紫の目だ。めちゃくちゃかわいいよね、私って。
それにしても、私は、母様にそっくりだ。父親の遺伝子要素が一つもないや。炎の魔力も少なめだし。母親と同じで、土の魔力が特大なんだよね。まあ、魔力は4つとも持ってるから、不満はないんだけど。
「ああ、この頃のアーサー様は、本当にお幸せそうで……」
ベンジャミンさんが、食後のお茶を飲みながら、肖像画を見てつぶやいた。
「このすぐ後に、スタンピードが発生して、マリア様は率先して討伐に……」
そうだね。それで、母様は亡くなってしまったんだよね。
肖像画の父は、幸せいっぱいのゴリラのような顔をして、妻と子を見つめている。普通の肖像画って、前を向いて描かれるものなのだろうけど、父は母の方に身をかたむけて、デレデレしている。母が大好きだったんだね。
構図はおかしいけど、モデルの心情が現れた良い絵だと思う。
「……構図以外には、違和感はないんだけどなぁ」
「違和感ですか?」
私のつぶやきを拾ったルカが問いかけてくる。
「うん。あのね、昨夜のね、夢の話なんだけど、夢の中のゲームの、ううん裁判のヒントがね、『肖像画の違和感を見つけよう』だったから」
ルカが怪訝そうな顔をしたから、慌てて手を振ってごまかす。
「うん、ただの夢の話だよ。でも、ほら、昨日の裁判で、メリッサが、肖像画がなんとかって言ってたでしょう? だから、それが気になって、そんな夢を見たのかなって」
夢の話を真剣に語ったりしたら、ちょっと恥ずかしいよね。




