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22 裏切り

 裁判は中断された。

 帰宅してから、しばらくの間、私たちは疲れ切って、誰も話しをしなかった。


「ピ?」


 ドラゴンの赤ちゃんが、ルカの肩の上に止まる。頭をなでられて、うれしそうに彼の茶色の髪を引っ張った。


「アカ、やめろ」


 くちばしでつまんだ髪を放して、ルカの膝の上に飛び降りる。そのまま丸まって目を閉じた。


 私の赤ちゃんなのに、なんでルカにばっかり懐くのよ。

 ちなみに「赤ちゃん」と名付けたけど、そう呼ぶのは私だけだ。みんなは、ただ「アカ」と呼ぶ。「ちゃん」も名前の一部なのに……。

 どうでも良いことなんだけど、ちょっと不満に思いながら、いつもよりおどおどしているメイドの入れた紅茶を飲む。


「……それで、」


 話を始めたのは、ルカだった。


「証人の元メイドが、寝返った件ですが」


 そうだった。ミアめ! よくも裏切ってくれたわね。私が代理母を命じただなんて、嘘ばっかり言って!


「この家の中に、裏切り者がいます」


 ルカの声が、冷たく響いた。


「裏切り者が、元メイドの居場所を密告し、寝返らせたのです」


 え? そんなの誰が? だって、この館にいる使用人は、少数精鋭で……。


 ガシャン

 皿が割れる。

 お茶菓子のスコーンが、コロコロと転がった。


「ああ、うまそうな菓子が……」


 ベンジャミンさんが、悲痛な声をあげる。


 そして、ルカは、


「犯人は、あなたですね」


 と、メイドのハンナを断罪した。


「お、お許しくださいっ。どうか、お許しを……」


 ハンナは、四つん這いになり、床に頭をこすりつけた。


「ハンナ? どうして?」


 雇って日が浅いから、私は彼女のことを何も知らない。小心者で、いつもびくびくしている彼女が、なんでガイウスに情報を売るようなことを?


「父が、借金をしてしまって……。お金が返せなくて……私、コンロン男爵の妾にされるところだったんです。でも、ガイウス様が、お金をくれるって言うから……」


「使用人が雇用主の情報を漏らすことは、重大な犯罪になります。それが貴族の家なら特に」


 氷のようなルカの声に、メイドは私を縋るように見上げた。


「お許しください。お嬢様! コンロン男爵だけは、あの男だけはどうしても嫌だったんです! もともと、私は彼のメイドにされるところだったけど、……でも、運よくこの家で雇ってもらえて、やっと逃げられたと思ったのに……。どうか、コンロン男爵だけは、なにとぞ、ご容赦を!」


 いや、そこまで嫌うって、コンロン男爵ってどれほどの奴なの?   ……ん? 待って。コンロン?

 聞いたことあるような……。


「おまえの事情などどうでもいい。お嬢様を裏切ったこと、死んで償え。貴族を裏切れば死罪と、分かっていたのだろう?」


 ルカが立ち上がると、膝の上で眠っていたドラゴンがゴロンと床に落ちた。それを気にせず、彼は腰の剣に手を伸ばす。


 ! 


 とっさに、ハンナの前に出て、彼女をかばう。


「だめ! ハンナを殺さないで!」


「のいてください。お嬢様」


「だめだよ! 彼女を殺しちゃだめ!」


 だって、だって!


 コンロン男爵って、ヒロインちゃんの父親だ!


 小説の中で書かれてた。ヒロインちゃんの出生のこと。コンロン男爵が手を付けたメイドから生まれたって。ヒロインちゃんの母親は、ものすごく気が弱くって、いつもびくびくしていて、幸薄そうな顔をしてるって書いてあった。美少女のヒロインちゃんには、全然似てなくて、平凡な薄茶色の髪と目をした痩せた女性で、名前はたしか、ハンナって……。


 ここにいるよ!


 このハンナは、きっとヒロインちゃんの母親だ!


「お嬢様、裏切った私にまで情けを……なんてお優しい!」


 ハンナは感動したように泣き出したけど、私はきっぱりと告げる。


「今すぐハンナをコンロン男爵の所に送って! それで、早く男爵の子供を生ませて!」


「ひいっ!」


 悲鳴をあげられたけど、こればかりは、仕方ないよね。

 ヒロインちゃんが誕生しないと、この国は救われないじゃない? 聖女を誕生させなきゃ!


 コンロン男爵の代わりに、私が雇っちゃったせいで、聖女の誕生が遅れてしまったよ。

 ダメだよ。ヒロインちゃんは、ディートと同級生になるんだから! 一刻も早く妊娠しないと、間に合わないよ!


「どうかお許しを……、コンロン男爵だけは、あの男だけは嫌なのですっ! あの蛇ネズミそっくりの顔をみただけで、蕁麻疹が出ます! 吐きそうです。あの男の子どもを孕むなんて、拷問です。それならいっそ、殺してください!」


 ハンナは、ルカの持つ銀色の刃の前に、首をさし出す。


 どんだけ嫌われてるんだよ。コンロン男爵……。


「よろしい。では、部屋が血で汚れるので、外に」


 二人が出ていこうとするのを、あわてて止める。


「いや、待って。待ってったら。私、知り合いが殺されるのも、無理やり妾にされるのも、無理だから。そんなの良心が咎めるってば」


 ああ、もう。ちょっと言ってみただけだってば。本気で、そんなことしないって。ハンナをコンロン男爵の元に送るなんてこと、できないよ。

 嫌がる女性を無理やりなんて……。そんなの、止めるしかないじゃない。

 あぅ、でも、それだと、ヒロインちゃんが生まれない……。いや、でも、エロキモ親父に無理やりっていうのは……。やっぱり絶対に駄目だ!


 ああ、もうっ!


 それに、今は小説のことよりも、もっと重大なことがあるんだから。

 さっきから一人で紅茶を飲んでる弁護士! ちゃんと仕事しろよっ!


「こんなことしてる時間はないの! 次の裁判の準備をしないと! メリッサが、お父様の娘じゃないことを証明しなきゃ!」


 そうだよ。こっちの方がずっと重要だよ。あいつらの嘘を暴かないと! 

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