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16 証人尋問1

 今日は、二回目の裁判の日だ。


 父は、領地からまだ戻ってこない。

 スタンピードで、魔物が大量発生したんだって。

 領地への門は閉鎖され、辺境は完全に隔離された。手紙も届かない。


 籠の中で眠っているドラゴンの赤ちゃんの頭をなでる。真っ赤な頭は、すべすべしていて、ゴムみたいな弾力がある。まったくモフモフしていない。毛が生えてないから、あたりまえなんだけど。


 ドラゴンって、爬虫類なのかな?

 爬虫類は苦手だから、前世では触ったことなかった。手触りは、同じなのかな?


 羽根を折りたたんで、クピクピ鼻息を立てながら寝ている姿は、ちょっとだけかわいい。


「ハンナ、赤ちゃんの世話をお願いね。多分、ずっと眠っているだろうけど」


 メイドにコートを着せてもらう。


 今日の裁判では、ドラゴンはお留守番だ。

 赤ドラゴンは寒さに弱いのか、最近は、ずっと眠ってばかりだ。夕方になったら起きて、ルカの肩に乗って魔力を補充している。

 私よりもルカに懐いてるってことは、ルカは炎の魔力持ちなのかな?


 裁判のお伴は、頼りになる護衛のルカと、あんまり頼りにならない弁護士のベンジャミンさんだ。


 家を出る前に、食堂に飾られた父母の肖像画の前に立つ。


「お父様、お母様。行ってきます。今日こそは、裁判に勝つからね」



 ※※※※※



 裁判所の前で馬車から降りると、前回と同じく人だかりができていた。


「ドラゴンはどこ? ドラゴンを見せて」


「夫のことを、もう愛してないんですか?」


「あんな素敵な夫の、いったい何が不満なのよ!?」


 たくさんの質問を浴びせられて、一歩も前へ進めない。

 ああ、もう!

 人混みの後ろの方から、聞きたくない声が聞こえてきた。


「道をあけてくれ。彼女は臨月なんだよ」


「みなさん、ごきげんよう。メリッサさんを通らせてくださいね」


 ガイウスが来た! 今にも生まれそうなお腹のメリッサの手をひいている。その後ろで、チチナ弁護士は、相変わらずのチチ見せドレスで愛想を振りまいている。


「チチナさん、今日は勝てますか?」


「お腹の子は、辺境の跡継ぎになるんですか?」


「ガイウス様は、まだ奥様を愛してますか?」


 記者の関心がガイウスに移ったすきに、ルカに抱きかかえられるようにして裁判所に入った。


 今日で終わりにしよう。こんな茶番はこりごりだよ。




 ※※※※※※



「それでは、証人のキャンベル婦人お願いします」


 裁判長の言葉に、元乳母は証言台に立った。


「あなたとアリシア様の関係を教えてください」


 打ち合わせ通りに、ベンジャミンさんが穏やかな声で婦人に質問を始める。


「わたくしは、アリシアお嬢様の乳母です」


「あなたが、アリシア様の乳母として雇われた経緯を教えてください」


「あの時わたくしは、聖地を巡礼していました。ちょうど、辺境伯の領地を訪れていた時です。乳母を探しているという話を聞いたのです。わたくしは、子どもを亡くしたばかりだったので、お役に立てると思って、雇っていただきました」


「なるほど、その時は、アリシア様の母親のマリア様は、亡くなっていたのですね」


「ええ、魔物の襲撃で、亡くなったと聞いております」


 辺境の領地は、魔物の多い危険な土地。

 母は、私を生んですぐに、魔物討伐に行って死んでしまった。まだ、体力も魔力も戻ってなかったのに、領民を助けるために無理をして……。


「つまり、幼いアリシア様と最も長い間一緒にいて、影響を与えたのは、乳母のあなただということですね」


「アリシア様のお世話をしていたのは、私だけですので、そうとも言えます」


「なるほど、なるほど。……ところで、あなたは、聖地巡礼をするほど、熱心な聖女教の信者だそうですね。その信条に従って、アリシア様を教育しましたか?」


 ベンジャミンさんが、突然口調を変えて、詰問するように厳しく婦人に聞いた。


「ええ、もちろん。わたくしは、聖女教の経典に従って、お嬢様を清く正しくお育てしました」


「では、その教えには、卵から人の子が生まれると言うのは含まれますか?」


「もちろんですわ! 聖女様は卵から生まれたのです。聖女教の経典に書いてありますもの」


「なるほど、なるほど。つまり、あなたから教育を受けたアリシア様は、赤子が卵から生まれると本気で信じているということですね」


「ええ、アリシア様は、素直で聞き分けの良いお嬢様でしたもの。わたくしに懐いてくださり、わたくしの言うことをなんでも良く聞いてくれましたのよ」


 キャンベル婦人は、誇らしげにそう言った。

 観客席が、ざわざわと騒がしくなる。


「しかし、普通の子供は、成長するにつれ、乳母の教えよりも現実を知るようになるものです。アリシア様は、結婚当時は15歳。その時にも、赤子の作り方を知らなかったのでしょうか?」


 ベンジャミンさんは、婦人の後ろの観客席に聞かせるように声を張り上げた。


「幼い子供の時代なら良いでしょう。しかし、普通は、結婚する年にもなれば、性教育を受けさせるものではないでしょうか?」


「そんなもの必要ありません! アリシア様は、この世の中で一番清らかな方なのです! そのような汚らわしい行為を、耳に入れてはならないのです!」


 キャンベル婦人は、甲高い声でまくし立てる。

 ベンジャミンさんは、大げさに肩をすくめて見せた。


「ほら、ご覧ください。裁判員のみなさん。アリシア様につけられた乳母は、このような方なのです。彼女に洗脳されたアリシア様は、本気で、卵から赤ちゃんが生まれると、信じていたのです!」


 観客席の老婦人が、私を見て何度も力強くうなずいた。前回の裁判でも、私に同情的な視線を送ってくれた人だ。私は、ぎゅっと自分の手を握りしめる。


「ところで、前回の冒頭陳述で、チチナ弁護士がおっしゃっていたように、メイドの噂話から、アリシア様が子供の作り方を知ることは、できたと思いますか?」


 ベンジャミンさんは、婦人に向き直り、質問を続ける。


「いいえ。辺境伯家は人手不足で、メイドは朝から晩まで、馬車馬のように働かされます。雑談をする暇なんてありません。アリシア様が、そんな汚らわしい話を耳にすることがなくて、本当に良かったですわ」


 うわぁ、辺境伯家はかなりのブラック職場だ。人手不足も納得。そんなところで働きたくないよね。


「それでは、子供の作り方が書いてあるような、いかがわしい少女小説とやらを、アリシア様は読むことができましたか?」


「いいえ、滅相もない。そんなものをアリシア様に買い与えたりはしません。それに……」


 キャンベル婦人は、そこで言葉を止めて、私の方を確認するように見た。


 私は、軽くうなずく。

 膝の上でぎゅっと握りしめていた手が、ふっと温かくなった。

 隣に座ったルカが、私に手を重ねてくれたのだ。

 大丈夫。

 青い瞳がそう言ってくれている。


「アリシア様は、少女小説を読まなかったのですか?」


 ベンジャミンさんの問いに、婦人はまっすぐ前を見て答えた。


「ええ、アリシア様は、絶対に、そんな小説など読んでおりません。なぜなら、……アリシア様は、文字を読むことができなかったからです!」


 婦人の声が会場中に響いた。


「文字を読めない?」


「どういうこと?」


「まさか」


「欠陥者か?」


 観客席から次々と声が上がり、騒がしくなる。


 欠陥者という言葉が広がっていく。

 この国の民は、文字が読めない、手足が不自由、知能が不足している、能力が劣っている等、ほんの少しの障害があるだけで、欠陥者とみなされて処分されるのだ。

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