13 調査1
今日の私は留守番だ。
ルカは、調査員から連絡が来たと言って、一人で出かけて行った。
「優秀な調査員を雇いましたので、心配はいりません。お嬢様は試験勉強をしていてください」
って言って、たくさん宿題を出された。
でもね、全部をルカに任せっぱなしって、ダメだと思うんだよね。だって、これは私の裁判だし。
ルカはすごく優秀だから、私の護衛に家庭教師、弁護士の助手に執事の仕事、そのうえ、赤ちゃんドラゴンの世話係までやってもらってる。
まあ、ドラゴンの赤ちゃんは、一日中寝ているんで、ぜんぜん手はかからないんだけど。
でもね、泊まり込みで、休みもなし。実質24時間勤務みたいなもの。これって、前世の私以上にブラックな職場勤務だよね。ルカを過労死させたくないよ。絶対に頼りすぎだよね。
宿題に取り組もうとしたけど、ルカのことや裁判のことが気になって、全然進まない。
ルカがすぐ側にいるのが、いつの間にか当たり前になってしまっていたから、なんだか落ち着かない。心細くて、不安になる。
テキストを目で追っていても、頭の中では、チチナ弁護士のひどい弁論が何度も繰り返される。
私が不妊だから、メイドに代理母をさせたなんて言いがかりは、あんまりじゃない? ありえないでしょう?
だいたい、代理母って言っても、この世界の医療技術だと、卵子を採取したりとか、体外受精とかはできないから、つまり、男女のアレをして子を授かるってことでしょう?
それって、ただの浮気だよね。それとも、この世界じゃ、そういうことはよくあるの? 前世とは違いすぎるよ。
「はぁ、ぜんぜん、わかんない」
大きな声でため息をつくと、紅茶を入れていたメイドがびくっと肩を震わせた。彼女はハンナって言うんだけど、私と同じ年なの。メイドとして働くのは初めてだそうで、お茶をこぼさないか、いつも緊張してるみたい。
「ねえ、ハンナ、教えて。子供ができない時に、代理母を雇うことって、よくあるの?」
「え、えっ? 代理母ですか? 聞いたことないです」
ハンナは突然話しかけられて、おどおど答える。
「じゃあ、子供ができない場合はどうするの? 養子をとるとか?」
「……あの、そういう時には、貴族様は妾を持ったりします。平民のメイドの立場では、ご主人様には逆らえませんので、それでメイドが妾になることが多いです。生まれた子供の魔力が多いと、貴族の子供として認めてもらえることもあるので……」
ああ、つまり、妻以外の女性に子供を生ませるってわけね。身近にいる平民のメイドが、その対象になることが多いんだ。あ、そういえば、小説のヒロインちゃんも、男爵とメイドとの間に生まれたんだったよね。まあ、ヒロインちゃんには異母兄弟がたくさんいたから、子供が欲しかったんじゃなくて、単に男爵が好色だったんだろうけど。
「……私、本当は、別の貴族の家でメイドになるはずだったんです。でも、そこのご主人は、その、メイド全員に手を出して、無理やり妾にして子供を生ませるって噂があって。わたし、その人が本当に苦手で……」
「そっか。それでハンナは、うちでメイドになったんだね」
うちみたいなブラックな職場に来てくれるメイドは、ハンナぐらいだよね。給与がものすごく安いからね。来てくれて感謝だよ。
でも、そっか。この世界の貴族って、メイドをむりやり妾にして子作りしちゃうんだ。ひどいな。
まあ、メリッサに関しては、無理やりじゃなくて、合意の上っぽいよね。チチナ弁護士は、それを代理母だなんて言葉で、都合よくごまかそうとしたけど……。
でも、それは、当主が男性の場合にだけ言えるよね。婿入りしたガイウスが、メリッサに子供を生ませても、その子供は跡継ぎにはなれない。だって、婿だもん。ただの浮気じゃない?
っていうか、貴族が平民のメイドに手を出すのが当たり前なこの世界だと、ガイウスとメリッサは、私と結婚する前から、そういう関係があったんじゃない?
今思い出したら、メリッサって、初めて会った時から、アリーちゃんに意地悪だったよね。それって、嫉妬じゃない? メリッサが、初めからガイウスの愛人だったとしたら、妻になった私に憎しみを抱いても、不思議じゃないから。
そうだ。絶対そうだよ。私のメイドになる前から、メリッサは、ガイウスの愛人だったんだ。
メリッサの前の職場、侯爵家の使用人は、それを知ってるんじゃない? それなら、使用人に、結婚前から二人は関係があったって証言してもらえたら……。代理母じゃなくて、ただの浮気相手だってことの証明になるよね。
ああもう。勉強なんかしてる場合じゃない。はやく行かなきゃ。
侯爵家の使用人に、証言してもらうの。証人になってもらおう。
「ハンナ。出かけるわよ。着いてきて」
※※※※※※※
「……お嬢様、あ、あの……どこへ向かってますか?」
乗合馬車を降りたら、小心者のメイドが、私の後ろをびくびくしながらついてくる。
「ロンダリング侯爵家に行こうと思うの。中には入れなくても、門番とか、休憩中の使用人から話が聞けるかもしれないでしょう?」
「ロンダリング侯爵家ですか? あの、事前に連絡は?」
「してないよ。だから、ほら、変装してるのよ?」
いちおう、フード付きのマントを頭からすっぽりかぶって、目立たないようにしてる。私の金髪は、上級貴族特有の色で、きらきらしてるから、すごく目立つんだよね。本当は、姿替えの魔道具を使いたかったんだけど、リハルト様に会えないから、仕方ない。
「ここね」
ロンダリング侯爵家の屋敷を見上げる。豊かな領地を持ってて、たくさん収入があるみたい。うちとは違って、すごく大きい建物だ。しかも、ものすごく広い庭まである。
頑丈そうな金属の門の前には、体格の良い門番が二人、そびえ立っている。
「こんにちは。お疲れさまです」
できるだけ愛想よく、笑って声をかける。
岩みたいな顔の門番が、私をじろりとにらみつけた。
「えっと、私、メイドの仕事の面接に来ました」
これで中に入れてくれないかな? ちょっとだけ期待して、にっこり笑いかける。
門番は、ぎょろりと目玉を動かし、無言で腕をグイっと横に振った。
ゴーホーム! って言ってるみたいに。
やっぱり、無理か。都合よくメイドの募集とかをしてたら、潜り込めるかもって思ったんだけどな。
仕方ない。それじゃあ、別の方法だ。抜け穴とか、きっとあるよね。こんなに大きな館だもん。裏口とか探そう。きっと休憩中の使用人たちが、井戸の前でおしゃべりしてるはず。
ハンナと一緒に踵を返そうとしたら、門番が、きびきび動き出した。
重そうな門を、グイっと押して開ける。
あれ? もしかして、中にいれてくれるの?
期待して見ていたら、中から豪華な金ぴかの馬車が勢いよく飛び出してきた。
馬に轢かれそうになって、あわてて隅に避ける。転びかけて、フードが取れた。危ないじゃない。もう少しで蹴り飛ばされるところだった。フードをかぶり直して、そのまま、通り過ぎるのを隅っこに避けて待つ。でも、目の前で馬車がぴたりと止まって、扉が開いた。
うげっ!
「アリーじゃないか」
中から出て来たのは、ガイウスだった。
「僕に会いに来たのかい? やっぱりな。裁判なんかしてまで、僕に構ってほしかったんだろう」
にやにや笑いながら近づいてくる。軽薄そうな女顔の優男。
「そんなわけないわよ! さっさと婚姻無効届にサインしてよ!」
「照れることないよ。僕たちは夫婦じゃないか。また、いつものように愛し合おう」
すぐ近くまで来たガイウスは、私の顔に手を伸ばしてくる。反射的にパシッと振り払ったら、反対の手であごをつかまれてしまった。
「ちょっと! 離してよ」
「ふーん。よく見たらかわいい顔をしてるじゃないか。頭がアレな時は、気持ち悪かったけど、ドラゴンが治してくれたんだよね? それじゃあもう、問題ないね」
ガイウスの顔が近づいてくる。首を振って避けようとしたけど、手の力が強くて、びくともしない。なよなよ男のくせに!
引きこもりだった私じゃ、こんな奴にさえかなわない。
「やめて!」
睨み付けると、ガイウスはほほをくっつけるようにして私の耳元で囁いた。
「頭がまともになった今なら、抱いてあげるよ。今の君となら、子供を作るのも楽しそうだ。それにメリッサよりも、君の方が母方の血筋は良いからね。あ、嫉妬はなしだよ。僕は、女の子みんなに愛されてるんだからね」
何言ってるの?! 耳元でしゃべらないでよ! つばが付くじゃない。汚い!
「訴訟なんかさっさと取り下げなよ。君の気持は分かってるって。寂しかったんだよね。今まで冷たくして、ごめんね。今日からは、毎晩ベッドで愛してあげるよ」
うぇ、気持ち悪い!
「いや! 離して! 誰か!」
連れて来たメイドは、頼りにならない。いつものように、びくびくしてるだけ。
門番は微動だにせず、まっすぐ正面を見ている。まるで私たちが見えてないみたいに。
誰も助けてくれない。
「暴れるなんてかわいいな。そういうプレイが好きなの? いいよ。付き合ってあげる。僕は女の子を気持ちよくさせる天才だからね」
身をよじって逃げようとしたけど、腰を抱えられる。そのまま、ずるずると門の中に引っ張られた。
「手をはなして! ちょっと、痛い、やめて!」
「愛してるよ。マイハニー。強引なプレーが好きなんだね。夜になるまで待てないって?」
門番に聞かせるかのように、わざと大きな声を出して卑猥な言葉を吐きながら、ガイウスは私を引きずっていく。
門がどんどん遠ざかる。このままじゃ館に連れ込まれてしまう。
いやだ。助けて! 誰か。……リハルト様!
抵抗むなしく、引きずられながら、いつものように心の中でリハルト様に助けを求める。
どこにいるかも分からないのに……。
足で地面を踏みつけて、力の限りに抵抗しても、簡単に引きずられてしまう。
このまま、ガイウスにやられちゃうの?
その時、
銀色の光が目の前をよぎった。