10 作戦会議
くやしい! くやしい! くやしい!
何が代理母よ。浮気してたくせに。
それに、私達は白い結婚だったじゃない。
うそつき!
絶対に、許さない!
家に帰ってからも、チチナ弁護士の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
もうっ! いらいらするー。
「お茶をお入れしました」
メイドが、びくびくしながらお茶を出してくれた。カップから立ち上る紅茶の香りが、少しだけ気分を落ち着かせてくれる。
「次の裁判では、チチナ弁護士の矛盾点をついてやりますよ」
ベンジャミンさんが、お茶菓子に手を伸ばしながら、ルカに話しかけた。
「ですが、誰が聞いてもおかしいと分かることでは? 代理母という言い分は、あまりにも……」
ベンジャミンさんとルカと私の3人は、同じテーブルに着き、相手弁護士の主張の矛盾点を話し合っている。ルカは私の護衛騎士だけど、優秀なので、弁護士の助手としても雇ったのだ。
彼の発言に、紅茶を一口飲んでから同意する。
そう、おかしいのだ。
メリッサは、辺境伯家とは全く関係のない平民だ。それも、辺境の生まれでもなく、ロンダリング侯爵家の紹介で雇ったメイドだった。
「そのとおり。まったく愚かな弁護士ですな。婿の立場で、浮気相手を代理母だと偽るとは。そんな詭弁を思いついたとしても、納得する裁判員はいないだろうに。これでは、こっちが勝ったも同然ですな。ははは」
愉快そうにベンジャミンさんは笑っている。
一方、ルカは青い瞳を陰らせた。
「そうでしょうか? それに気が付かないような弁護士だとは思えませんが……」
ルカは人差し指を唇に当てて、じっと考え込んでいる。でも、ベンジャミンさんは気にせずに、バリバリとビスコッティをかみ砕いた。
「まあ、それはともかく。うちから呼ぶ証人は、領地でアリシア様の乳母をしていたキャンベル婦人です。彼女は熱心な聖女教の信者ですから。卵から赤ちゃんが生まれると信じていたと証言してくれますよ。本当は、この家で働いていた使用人に証言させようと思っていたのですが、なぜか皆行方不明でして」
この家で雇っていた使用人は、全員解雇した。だって、みんなアリーちゃんに意地悪だったから。今いるのは、新しく雇った気の弱いメイドと料理人と庭師の老夫婦、そして護衛騎士のルカだけだ。今までガイウスが散財したせいで、これ以上は使用人の予算が残っていないって家令に言われた。
「元使用人については、おそらく、ロンダリング侯爵家が手をまわしているのでしょうね」
「そうですなぁ。それに、すっかり出遅れてしまって。裁判員の何人かは、相手方に買収されてしまいましたよ」
え?
「買収?」
なにそれ? そんなの法律違反じゃないの?
そんなことしていいの?
思わず口を挟んだら、ベンジャミンさんが額の汗を拭きながら、私を見て眉を下げた。
「いやぁ、すみません。完全に私の不手際です。こっちも対処するべきでしたが、何しろ予算が足りなくて」
「お金を渡して裁判員を買収するなんて、そんなの不正行為じゃない」
そんなことされたら、貧乏なうちには、絶対に勝ち目はないよ。
「金銭の授受は禁止されていますがね。それ以外の物でしたら、バレない範囲内では、よく行われているんですよ。例えば、仕事の斡旋や仕入れ商品の値引き、貴族だと、有力者への紹介なんかでね」
「ひどい……」
そんなの、もう、何もできないじゃない。私は、ただ、白い結婚を証明したかっただけなのに。
それと、ガイウスが私を殺そうとしたって証明して、牢屋に入れて償わせたかったのに。あと、慰謝料もたっぷり欲しかった。
「お嬢様……。大丈夫ですよ。裁判員の判断が不要になるほどの、完全勝利を目指しましょう」
泣きそうになった私を、ルカは励ますように微笑んでくれた。その深い青の瞳が、リハルト様を思い出させる。
リハルト様は、泣いているアリーちゃんに、いつも「大丈夫」って言って励ましてくれてた……。だから、アリーちゃんは、リハルト様がいれば、いつだって元気になれたんだよね。
そうよ。
まだ負けてないんだから。
「ルカ、証拠を集めるわよ。裁判に必要なのは、事前調査よ! テレビドラマで言ってたの。良い調査員を持ってる方が勝つんだって。ねえ、私とガイの関係を証言してくれる証人を探しに行こうよ」
リハルト様を思い出したら、元気が出て来た。
「てれびどらま?」
聞き取れない単語を尋ねるルカをごまかす。
「えっと、それについては、気にしないで。説明が難しいから。まあ、とにかく、いっぱい調査して、情報を仕入れてから裁判に挑んだ方が勝つのよ。相手の弱点や知られざる秘密とかをね。それに、そう、証人を探すの! ロンダリング侯爵が手を回して、元使用人たちを隠したんだとしても、どこかにいるはずでしょう?」
「なるほど。それなら、ロンダリング侯爵家から調べてみましょう」
「うん。私も侵入調査する!」
「え? お嬢様が?」
テレビドラマでは、美人調査員が、いろんな人に話を聞いて証拠を集めてたよ。若くてかわいい女の子が、にこにこしながら話しかけると、男の人の口が軽くなるものだって。
「しかし、お嬢様は、今回の裁判で顔が知られていますので」
「じゃあ、変装する! 姿替えの魔道具を使ったら、別人みたいになれるんだから」
小説では、ヒロインちゃんが、ロンダリング侯爵家に潜入捜査する場面があった。金髪美少女ヒロインちゃんが、茶髪の普通顔の女の子に変身してたの。声まで変えてた。あの魔道具って、どこで手に入れたんだったっけ?
「……姿替えの魔道具ですか?」
「うん。そう。銀色の石がついたペンダント型の魔道具でね、入手方法はたしか……あ!」
いぶかし気に細められたルカの青い瞳を見て思い出した。
その魔道具って、リハルト様が持ってるんだった。それを借りて、ヒロインちゃんが変身するんだった。
あぅ、無理だ……。リハルト様がどこにいるかもわからないのに、借りることなんてできないよ。
「ううっ、なんでもない。もう、いい。それは忘れて。とにかく、かつらとか眼鏡で変装して、ロンダリング侯爵家へ行くよ!」
ごまかすように大きく腕を振り上げた私を、ルカはさらに不審そうに目を細めて見た。
そして、私の計画を即座に却下した。
「お嬢様は危ないので、家から出ないでください。調査については、私が専門家を雇いますから」
「だって……。うちにはお金がないんだよ……。だから自分でするしか……」
「大丈夫です。裁判に勝てば、訴訟費用は慰謝料として徴収できますので。そうですよね。ベンジャミンさん」
「ええ、ごほん。はい。ごほっ、もちろんです。ごっ、絶対、勝ちましょう」
口いっぱいに詰め込んだビスコッティにむせながら言われても……。ベンジャミンさんは、あんまり頼りにならなそう。
「ベンジャミンさんは、証人尋問の対策をお願いします。元乳母から有利な証言を引き出すために、どのような質問をすればよいか、しっかりと計画を練ってください」
「わかりました!」
いつの間にか、ルカが主導権を握っている。うちの護衛騎士、めちゃくちゃ有能じゃない?
それに、
「お嬢様。私にお任せください。お嬢様の護衛騎士として、全力を尽くしてお守りいたします。だから、大丈夫です」
ルカの「大丈夫です」は、リハルト様と同じだ。
同じ口調で力強く言われたら、全部任せたくなってしまう。