表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/39

1 赤ちゃんが生まれたら殺されるようです1

 ピキッ

 おなかで音がした。


「あ! うごいた。アリーの赤ちゃん!」


 嬉しい! 

 ベッドの上で、ぴょんぴょん跳ぶ。

 赤ちゃん! 生まれる! もうすぐ!


「やめなさい!」


 ぎゅって、腕をにぎられた。

 ベッドに座せられる。

 痛い! 爪が当たってるよ。

 アリーの爪は噛んじゃうから、短いのに。

 メイドの爪は、長くて真っ赤。

 アリーの手が、壊れちゃう!


「いたいっ! いたいのいや、いやだ~」


 大声で泣いたら、放してくれた。


「もうっ、落ちたら困るじゃない! 辺境伯が来たら、妊婦姿を見せろって言われてるのに」


「パパがくるの? やったぁ。お土産にクミンの実、いっぱい持って来てくれるかな?」


 真っ赤で、びちょびちょの甘いクミンの実は、大好き。毎日食べたい。でも、このお家じゃ食べられないの。ちょうだいって言っても、誰も言うことを聞いてくれない。

 でも、パパは、絶対持ってきてくれる。アリーのお願いは、何でも叶えてくれるんだから。


「辺境伯に、妊娠中だと伝えることができたら、ごほうびであげますよ」


「分かった! アリーとガイの赤ちゃん、おなかに入れてるって、パパに言うね」


 はやく出ておいで。アリーの赤ちゃん。一緒にクミンの実を食べようよ。顔をびちょびちょにして、口いっぱいに詰め込むとおいしいんだよ。


 ドレスの下から手をつっこんで、赤ちゃんを触る。

 いつもはすっごく冷たくて、おなかが痛くなっちゃうんだけど、今日はほんのりあったかい。もうすぐ生まれてくるんだね。もう、ひびが入ってるかも。

 取り出そうとしたら、腕をつかまれた。


「何してるんですか! 出しちゃだめでしょ! ドレスをまくったら、下着が見えるじゃない。はしたない!」


「ええーっ。じゃあ、パパに赤ちゃん見せるのって、どうやったらいいの?」


「今の姿を見せるだけでいいんです。お腹が膨らんでいるのが分かりますから。ああ、絶対に触らせてはだめですよ。赤ちゃんが壊れるかもしれません」


「うぅー。やだぁー。こわれちゃだめぇ」


 我慢しなきゃ。いつもおなかにくっつけてるから、重たくって、歩きにくいし、走れないの。

 でも、がんばって赤ちゃんを育てるの。そうしたら、パパも喜んでくれるかな?




 ※※※※※


 赤ちゃんのためだって言われても、一日中部屋にいるのは、つまんない。

 こっそり部屋を抜け出して、ガイに会いに行こうっと。

 怒られるかな?

 ううん。今日はパパが来るから、平気だよね。


 ガイは、アリーのお婿さんなの。

 パパがいるとね、ガイはアリーのことを、「愛してる」って言って、優しくしてくれるの。「大切な妻」なんだって。


 でもね、パパと別のおうちにお引越ししてからは、ガイはぜんぜん遊んでくれなくなったの。いつも「忙しい」って会ってくれないし、「部屋から出るな」って怒ってばっかり。


 それにね、乳母もいなくなっちゃった。どこに行ったのかな? 乳母がいないと、アリーは何をしていいのか分かんないよ。

 新しいメイドは、誰もお人形遊びをしてくれないし、絵本も読んでくれない。みんないじわるで、怒ってばっかり。


 一番いじわるなのはね、赤い髪のメイドよ。アリーのことを「バカ」っていうんだよ。それは言っちゃいけない悪い言葉だって、パパが言ってたもん。ダメなメイドだよね。ずっと会ってないけど、いなくなったのかな? いなくなってたらいいな。いじわるな人って、だいっきらい。


「ほんとに、バカよね」


「!」


 こっそりガイの部屋に入ったら、いじわるなメイドの声が聞こえてきた。びっくりして、衝立の後ろに隠れる。


「卵から子供が生まれるって、信じてるんでしょう?」


「ああ、宝物庫にあったドラゴンの卵を渡したら、喜んでドレスの中で温めてるよ」


「うふふ、本物のバカね。でも、辺境伯は、膨らんだお腹を見ただけで、娘が妊娠してるって騙されるかしら?」


「戦うしか能がない男だからな。僕が、本当に娘を愛して妻に望んだと思っているくらいだ。爵位が手に入るんじゃなかったら、あんな頭のおかしい女と結婚なんてしないよ」


「そうね。貴族でいるための結婚よね」


「ああ、兄の下でみじめに働くよりは、欠陥者と結婚する方が、ましだからね」


「辺境伯も、お気の毒だわ。一人娘があれじゃあね」


「僕たちの子が生まれたら、あいつの子供だってことにして、この家を乗っ取ってやろう。メリッサは、乳母になって、子供を育てたらいいよ」


「うふっ。悪い男ね。でも、あいつ、頭はおかしいけど、顔はかわいいじゃない。ちょっと悔しいわ。……ねえ、いっそ、産後に病気になったことにして、始末しましょうよ」


「おまえこそ悪い女だ。まあ、それもいいか。そうしたら、おまえがこの家の女主人だ」


「うふふ。嬉しい。約束よ」


 赤い髪のメイドが、ガイにキスしてる! 

 口と口のキスは、結婚してからするんだよ!

 アリーも、結婚式の一度しか、ガイとしてないのに。


 二人の話は難しくって、よくわかんない。でも、赤い髪のメイドの、お腹が大きい! 卵をお腹にいれてるんだ!


 どうして?

 結婚してから、赤ちゃんができるんじゃないの?

 結婚してないのに、口にキスして、卵を温めてるの?

 どうしてアリーのお婿さんとキスするの?

 どうして? どうして? わかんない!


 そっと部屋から出た。


「ううっ。ぐすん。リハルトぉ……」


 リハルトに会いたいよぉ。

 このおうちに、リハルトがいたらいいのに。

 アリーにいつも優しくしてくれたのに。

 結婚するのなら、リハルトがよかったのに。


 ガイはお婿さんだけど、アリーのこと好きじゃないんだ。

 だって、アリーとは一度しかキスしてない。でも、赤い髪のメイドには何回もしてた。

 どうして? 結婚したのはアリーでしょう?


 でも……だけど!

 アリーだって、本当は、ガイじゃなくて、リハルトがいいって思ってるんだよ! リハルトの方が、もっともっと大好きなんだから!


 リハルトの方が、いっぱい遊んでくれる。

 リハルトは、魔法でキラキラを見せてくれる。

 アリーが泣いてたら、「大丈夫」って言って、頭をなでてくれる。

 それに、アリーのことを、バカにしない。

 メイドがバカって言ったら、叱ってくれるんだから!


「ううっ。うぇーん」


 リハルトを思い出したら、悲しくなってきた。


 会いたいよぉ。リハルト、どこにいるの?!


 ピキッ

 廊下に座り込んだら、また卵が割れる音がした。


「あ、赤ちゃん…」


 おなかを押さえて、自分の部屋に戻る。



 そうっと両手で、ドレスの中から卵を取り出す。

 真っ白な卵に、大きなヒビが入っている。


「あつい!」


 卵が急に熱くなって、金色に光りだした。

 まぶしくて、ぎゅっと目をつむったその瞬間。

 頭の中に、いくつもの映像がパラパラ降り注いできた。


 ドラゴンは生まれる前に、浄化と癒しの光を出す。

 無事に生まれてくるために、周りの環境をよくするためだって言われている。

 絵本に書いてあった言い伝えは、真実だったんだ。


 まぶしい金色の光が、私の頭の中のもやを消していく。


 そして、私はすべてを思い出した。


 私の名前はアリシア・カイザール。物語が始まる前に、夫に殺されてしまう辺境伯の一人娘だ。


 カイザール家に婿として入ったガイウスは、メイドとの間に出来た息子を跡継ぎにするために、アリシアを殺して家を乗っ取る。


 そうやって、跡継ぎになった不義の息子ディートは、ヒロインをめぐってヒーローの王子と恋のライバルになる。いわゆる当て馬キャラだった。最終的には、自分の生まれの真実を知って、身を引くんだけど。


 大好きだった小説。


 小説の世界に転生したと分かったのは、生まれてすぐだった。そして、絶望した。

 だって、0歳児はしゃべれないし、歩けない。自分で食事もできないし、トイレにも行けない。

 お世話されないと、何にもできない。

 中身は元日本人の23歳なのに……。って、あれ? 私、なんで死んだんだっけ?



 まあいいや。とにかく、転生して、すぐに母親は死ぬし、父親は、魔物退治でいつも不在。

 ずっと側にいて、変な歌を歌ったり、宗教の話ばかりする乳母には、もう、うんざり。

 体は0歳だけど、頭は23歳なんだよ。

 何の拷問ですか?


 で、まあ、ついつい神様に祈ってしまったんだよね。


 物語が面白くなるくらいまで、とばしてくれないかなぁ、と。


 それを聞き届けてくれたのかどうか。

 ついさっきまで、私、眠ってました。

 って、もちろんアリシアは生きてるんだけど、脳がだいぶん眠ってる状態で。


 結果、いつまでも子供のような、天使のアリーちゃんの誕生! いや、原作のアリシアって、そうだったの?


 いま、ドラゴンの卵の光のおかげで、頭がすごくクリアになった。ようやく目覚めた!

 でもね、眠ってた間のことも、ぼんやりとだけど、全部覚えてるよ。

 父がだまされて、ガイウスと結婚させたことも。

 赤髪のいじわるメイドのメリッサにされた嫌がらせも。


 ドラゴンの卵を服の中に入れられて、父に妊婦姿を見せろって言われたこともね。


 うちの宝物庫に永く眠っていたドラゴンの卵は、私の魔力を浴び続けたせいで、もうすぐ孵るのだ。


 私、魔力がめちゃくちゃある。なんせ、かつて東の魔女と呼ばれた母を持ち、南の凶戦士と呼ばれる辺境伯を父に持つのだから。もう、有り余るほど。


 というわけで、殺されそうになったおとしまえ、つけさせてもらいましょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ