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7.マカロンとローストビーフ

 (うわ……、キレイ……)


 部屋一面を取り囲む色とりどりのドレスに、心のなかで静かに嘆息する。

 フワッと淡いピンク。アクアマリンのような透明感のある水色。

 どのドレスも甘く、柔らかい印象。触れたらきっといい匂いがしそうな……。


 (これを私が着るのかな……)


 舞踏会に参加するため、ドレスをあつらえる。

 会への参加を了承した途端、ライナルに連れてこられた街の仕立て屋。ナタリーとかいう女性の経営してるお店で、殿下と懇意にしている仕立て屋らしく、腕は一流で街でも超有名なんだとか。

 自分でドレスを用意しろと言われても、そういうお店にとんと疎いので、こうして連れてきてもらえて正直助かっている。


 (スゴいステキ……)


 パステルカラーでふんわりと染め上げられた空間。

 ドレスの目利きができるわけじゃないけど、この部屋にかかってるドレスは、どれもため息しか出ないような、最高の一品に思えた。肌触りもよさそうだし、なにより、布の光沢が素晴らしい。デザインだって、最新のモードを取り入れつつ、落ち着いた雰囲気に仕上がってる。さすがは、殿下ご推薦のお店だけあるわ。


 (うわ、この花、全部刺繍してあるんだ……)


 目についたのは、淡いピンクのドレスのスカート部分が、白いオーガンジーで覆われたもの。オーガンジーにはピンク色の糸で、小さな花がいくつも刺繍され、散りばめられていた。かなり、手がこんでいる。

 そうかと思えば、シュルンと柔らかそうなリボンで縁取られたドレスもある。

 

 (マカロンみたい……)


 あの、殿下とご令嬢たちが四阿で楽しんでいたお茶会。そこに供されていた、色とりどりのマカロン。かわいく、ふわっと柔らかなマカロン。甘い香りのする、女の子の世界。

 ああいう世界に連れて行ってくれるのが、このドレスなんだろう。このドレスさえあれば、ああいう砂糖菓子が似合いそうな世界の住人に、私だってなれるに違いな――。

 ドレスに触れたくなった手をグッとこらえる。このドレスに触れていいのは、甲に傷を残した私の手じゃない。白い手袋をはめて、細くスラッとした指が相応しい。

 いくら私がこのドレスを着たって、あの世界に紛れ込むことは不可能。

 だって。

 

 私、全然かわいくない。


 女のくせに背が高すぎるし、顔だってキツめ。髪だって、武器にできそうなほど硬くて強情だし。クルクルフワフワに巻くことも不可能。 

 「氷壁」と揶揄される顔。ニコリと笑えばそれなりになんとかなるかもしれないけど、どうやって笑ったらいいのかよくわからない。

 マカロンみたいな柔らかい甘い生地のドレスで私を包んでも、私、優しいクリームみたいな顔も身体もしてない。どっちかというと、マカロン生地に肉汁滴るローストビーフを挟んだような状態になってしまう。それぞれで口にすれば美味しいかもしれないけど、一緒にしたときのチグハグ感が半端ない。

 それで舞踏会なんか参加しちゃったら、「羨望」どころか「失笑」の嵐だよ、きっと。エスコートしてくださった殿下にも迷惑をかけてしまう。


 (やはり、私には無理だわ)


 殿下のエスコートに、かなり舞い上がっちゃったけど、やっぱり私にはむいてない。私では力不足だ。

 あれでもないこれでもないとドレスを試着しまくって、結局なに一つ似合うものが見つからず、仕立て屋に諦めのため息つかれるぐらいなら、サッサと辞退したほうがいい。着替えてやっぱり無理でしたでは、わかっていても、やっぱり傷つく。


 「待たせたわね」


 (あ……。え?)


 ドアを開け、入ってきたのは、やたらゴツイ女性。っていうか、オカマさん?


 「アタシがこの店の主、ナタリーよ」


 ヨロシクねと、軽くウィンク。って、オカマさんだよね?

 ドレス、着てるけど。髪も伸ばしてフワフワしてるけど。バッチリメイクもしてるけど。

 体形がかなりゴツイ。モリモリの肩。私の太もも程もありそうな腕の太さ。なにか詰まってるの? って訊きたくなるような喉仏。化粧の上からでもわかる青いヒゲの跡。隠しきれてない「漢臭(オトコしゅう)」。

 この人が「ナタリー」さん?

 人のよさそうな、品のよさそうな初老の女性を想像してたから、そのギャップに言葉が出てこない。……言葉が出ないのは、いつものことだけど。


 「さ、さっそくだけど採寸するから、脱いで♡」


 え?

 ここにあるヤツから選ぶんじゃないの?

 お買い上げは難しそうだから、貸衣装ってことで。


 「大丈夫よ、ナディからお代はいただいてるから♡ 安心して頂戴」


 ……ナディって。殿下のことだよね。

 殿下を「殿下」と呼ばずに、愛称(それも聞いたことないような)で呼ぶなんて。そんなに昵懇にされてる間柄なのかな。

 

 「ほら、早く、脱ぐ脱ぐっ!」


 ちょっ、ちょっとっ!


 半ば強引に服を脱がされかかる。

 まるで追いはぎかなんかのような勢い。

 っていうか、女の格好してるけど、アンタ、男でしょうがぁっ!

 止めて! スケベ! 変態! 痴漢! キャアアッ!


 「キャ――――ッ! ナニコレッ! 最高じゃな~い!」


 聞いてない。

 人の抵抗なんて、まったく聞いてない。こっちも声を上げてないけど。眉一つ動かしてないけど。

 上着をはぎとられ、肌着姿になった私の頬だの身体だのをプニプニと確認していく女。――訂正。女のフリしたオカマ。男。

 

 「すごいわぁ、どこにも余分なお肉がなくって。キレイな身体してるじゃない♡」


 語尾の「♡」がちょっぴり怖い。


 「肌も手入れされてないけど悪くないわねぇ。いーえ、化粧とかで傷んでない分、スベスベでやりがいありそうねぇ」


 いや、なんのやりがいよ。

 

 「あら? これはなにかしら」


 肌着の下、胸に巻いていた晒に気づかれた。


 「あらやだ。こんなので胸を押さえつけてたの?」


 え?

 ちょっと!

 キャアアアアアッ!

 

 抵抗する間もなく、肌着の隙間から、シュルシュルッと晒を巻き取られてしまった。抑えつけるもののなくなった胸が、肌着をグッと持ち上げる。


 「あら~、かなり豊かなお胸なのね♡」


 うう。大きいこと、ちょっと気にしてたのに。

 

 「ダメよ、隠しちゃ」


 恥ずかしくなって、胸を抑えようとした手を脇に持って行かれる。その手は意外と力強い。やっぱ男。


 「――うん、こっちもいい形してるわ。大きくてハリがいい」


 って、ちょっと!

 いくら肌着越しとはいえ、指でプニプニとつつかないで! 下から揉み上げないで!

 オカマであってもアンタは「男」でしょうが。

 自前のドレスを着てバッチリメイクをしてるけど、ナタリーは男。ドレスでは隠しきれないガタイの良さ。一瞬「うわっ!」っと後ずさりたくなる濃い人物なんだけど、逆にそれが衝撃的過ぎて忘れられない印象を残す。メイクやドレスが似合っているかと言われると微妙なんだけど、これ以外に似合いそうなものが思いつかない、不思議なインパクト。

 

 「こんなうらやましいぐらい素晴らしいものを持ってるのに、どうして抑えつけちゃうのよ」


 軽く文句をつけながら、ナタリーが私の身体を採寸していく。


 「若いからって無理に抑えつけてると、あとで後悔する形になっちゃうわよ」


 そんなことを言われても。

 自分の大きすぎる胸。

 そりゃあ、ないよりあったほうがマシなんだろうけど、騎士としてはものすごく邪魔。

 肩こるし、身体を動かすと揺れるし。矢をつがえると、弓の弦が当たるんだよね。的に集中したいのに、胸が気になって仕方ない。

 女性らしくというのであれば、強調して自慢の一つにすればいいけど、騎士である限り、動きを悪くする邪魔な存在でしかない。


 「にしてもアナタ、なかなかの身体をしてるじゃない。寄せて上げなきゃいけないお肉もないし。顔立ちもハッキリしてて。これはドレスの作り甲斐があるってもんね」


 そうなのかな。

 ムダに高いだけの身長。デカいだけの胸。

 顔もハッキリしてるといえば聞こえはいいけど、ようするに「キツイ」顔。その上、表情も忘れた、もしかすると表情ってものを知らない、そんな顔。


 「大丈夫よ。安心しなさい。このナタリーさんがアナタに相応しい、最高のドレスを仕立ててあげるから♡」


 バチーン♡と、豪快なウィンクをかまされた。


 「……お願いいたします」


 ここに来て初めて口をきいたわ、私。

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