6.ドレスは必要経費に含まれますか?
「今度、ノーザンウォルドより大使が来訪することは知ってるよね」
「はい、承知しております」
ノーザンウォルドは、殿下の亡き母君の祖国。その祖国から、近日、正式に大使がこの国を訪れるという話があった。
おそらくは、殿下の結婚相手の斡旋。自国の姫と殿下を結婚させることによって、我がアウスティニアとの友好をこのまま続けていきたい。あちらの国王は亡き王妃さまの兄君。殿下の伯父にあたる人物。王妃さまが亡くなられたことで弱くなった友好を、もう一度シッカリしたものにしておきたい。そういう魂胆があるのだろう。
「その大使をもてなすために、大掛かりな晩餐会、舞踏会が開催されるんだけど……」
殿下が語尾を濁された。代わるように、ライナルが口を開く。
「晩餐会、舞踏会。どちらもエスコートするべき女性が必要となりますが、あちらの思惑もありますし、下手な女性を相手に選べないのですよ」
確かに。
「この娘、殿下の妃にどうですか~」って人が来てる時に、「今日はこの令嬢をエスコートしてきました~」っていうのは、まあ、具合が悪い。「なんだよ、カノジョ持ちかよ、チッ」ってなる。
市井の連中なら、そうすることで結婚話よけにしたりもできるけど、王侯の恋愛、結婚となれば、好きとか嫌いなんて感情だけで行動することは難しいだろう。
「それに誰かひとり、ご令嬢をそんな公的な場にエスコートすることになると……、まあ、どういうことになるか、おわかりでしょう?」
ライナルも答えを濁した。
うん。まあ、痛いほどよくわかる。
適当であっても真剣であっても、誰かひとりを選んだら、そこで女性限定の内乱が起きる。もしくは乱闘。
――わたくしのほうが殿下に相応しいわ。
――いいえ、わたくしよ!
――わたくしだって負けてはおりませんわ!
「わたくし」の大氾濫。大安売り。
溢れかえる「わたくし」状態。
「そこで一番無難なのが、護衛のアナタに令嬢となって、殿下にエスコートされるということなのですよ」
はあ。
「アナタなら、後腐れなく離れることができますし、『あれは護衛の者です』とノーザンウォルド側にも説明ができますしね」
なるほど。
エスコートしてきたけど、あれ(つまり、私)はただの護衛だから。結婚話を進めてもらっても構いませんよと。
令嬢たちだって、誰かひとりが抜け駆けしたのなら乱闘一直線かもだけど、相手が護衛でしかないのなら、大人しくしているだろう。その背景についてる「家」とか「立場」だって、「殿下に想い人ができたのか?」とか余計な詮索(そして妨害)をしなくてすむ。
そういった政治的、立場的、恋愛的理由を鑑みても、私がエスコートされるのは理にかなってる……ような気がする。
それに、大勢の人が集まるような所で、エスコート相手という身近な場所に立っていられるのは、護衛という観点からも悪いことではない。何かあった時は、サッと身を挺して殿下をお守りできる。
「どうだろう、引き受けてくれないかな」
「……私でよろしければ」
「ありがとう。助かるよ」
ニッコリほほ笑まれる殿下。
うわあ。
こんなの、私でよろしかろうとよろしくなかろうと、二つ返事でお願いされちゃうわよ。仕事、任務とはいえ、殿下の隣に立つことができるんだよ?
これを「嫌です」って言うバカはこの世にいないわ。
だって、憧れの殿下と並ぶことができるのよ?
誰もが望む殿下の隣。誰もがされたい殿下のエスコート。
きらびやかなシャンデリア、奏でられる音楽。
――さあ、リーゼファ嬢、手を。
差し出された殿下の手の上、そっと手袋をはめた私の手を置く。
赤い毛氈の上、殿下に手をとられ歩く私。
集まる視線をものともせず、優雅にほほ笑みながら広間の中央へ。
私と殿下。二人が向き合い、手を取り殿下に腰を軽く抱かれると、音楽が静かに流れ出す。
舞踏会最初の一曲は、殿下のために奏でられる曲。舞踏会最初のお相手は、殿下にエスコートされてきた私。
軽やかな殿下のリードに合わせて、私も弧を描くように、前へ後ろへさざめくように動く。クルリと回れば、追いかけるように広がるドレ、ス――――。
って、待って!
私、ドレス持ってない! 舞踏会に着ていけるようなドレス持ってない!
ついでに言えば、そんな場所で踊ったこともない!
高揚してきた気分が、一気に奈落へとたたき落とされる。
感情乱高下。
どうしよう。
さすがに、この騎士の格好で舞踏会に出るわけにはいかないわよね。
一応、女性としての装いは持ってるけど、そんなの普段着用だし、王宮に着てくることすらかなわない代物だし。かといって、今から新調するのも……。
それに私、この身長だし、似合うようなドレスなんて持ってないし。下手したら、「うわ、男が女装してきた!!」とか言われちゃいそうだし。
もし万が一、そんなこと言われたら、私はなんとかなるとしても、エスコートしてくださった殿下の名誉も傷つく。「もう少し見る目を養ったほうがよろしいですよ、殿下。かわいくて腕の立つ女なら他にもいるでしょう?」ってことになる。
マズい。これはいくらなんでもマズい。
頭抱えたくなるほどマズい。
殿下の隣という憧れの場所に立ってみたいけど、私には、分不相応すぎる、力不足すぎる。
チェンジよ、チェンジ!
私じゃない誰かのほうが、きっと――。
「ドレスに関しては、こちらでご用意いたします」
へ?
心を読んだかのように、聞こえてきたライナルの声。
「あくまで任務ですからね。それもこちらから無理言ってお願いした。ダンスに関しても問題ないよう、先生を手配することにいたしました」
「恐れ入ります」
助かった~。
実は、ダンスもちょっと不安だったのよ。
お祖母さまが生きてた頃にちょこっと習ったことはあったけど、あくまでたしなみ程度で。街の舞踏会(というか祭りの踊り)程度には参加できるけど、それ以上となると不安だったのよ。まあ運動神経もあるし? なんとかなるでしょ?では、さすがに王宮舞踏会は務まらない。
「楽しみだね、舞踏会」
ニッコリほほ笑まれる殿下。
それってどんなご褒美なんですかあ。