23.気を失ってるあいだのこと
「やはり、デューリハルゼンか」
「はい。かろうじて生き残った刺客の連中が白状いたしました」
その日の夜遅く。居室でライナルから受けた報告に、軽くため息をつく。
デューリハルゼン公爵。亡き祖父の弟の血筋にあたる男。父王の従兄弟にて、フェリシラの父。
――五百枝、一朶に気をつけろ。
五百枝とは、王族の血脈を大樹の枝にたとえたもの。一朶とは、その枝先に咲いた花のこと。五百枝は父の従兄弟にあたるデューリハルゼン公爵。一朶はその娘、フェリシラのこと。
あの親子が、前々から刺客を送り込み、命を狙ってきていたのは知っていた。
――あれには、王位を継承する資格などない。
そういうウワサを流しているのも。
――ナディアードには、我がアウスティニアの血など流れていない。あれは、ノーザンウォルドの女狐が残した托卵だ。あの女が故郷で男と通じて産んだ子だ。
――髪が何よりの証拠だ。容姿もなにもかも、父である国王陛下に少しも似ておらぬではないか。
わかっている。
自分が母にだけ似て、父に似ていないことなど。
声高に叫ばれずとも、鏡を見るたびに痛感している。
自分は、本当に父王の子なのかと。
幼い頃に亡くなった母。父とは相思相愛だったと聞くが、自分は早産であったとも聞いている。嫁いできてから子を産むまでの期間が短すぎる。
そのことも、ウワサの要因をなっていた。
故国で子を宿して嫁いできたのではないか?
だから、あれほど父親、夫に似ていない子が生まれたのではないのか?
その疑念は、祖母を焦らせた。
母を亡くし、何度周囲が勧めようとも再婚を良しとしなかった父。政務を放棄し、引きこもりがちになっていった。次子が生まれる可能性は低い。
祖母は、王統を守りたかったのだろう。
父の血を受け継いでいる確証がないのなら、妻に王族の姫を迎えればいい。そうすれば、生まれた子に、権力と血筋が引き継がれる。途中がどうであろうとも、血統は守られる。
だから、フェリシラとの結婚を勧めてきた。もしかしたら、血統に不安のある孫を守りたい一心だったのかもしれない。王家のことだけでなく、自分を守ろうとする祖母心だったのかもしれない。
そこをあの男につけ入られた。
あの男は、祖母に取り入り、己の地歩を固めた。
国王の容態はあまり芳しくない。とすれば、あとは邪魔な者を殺すだけ。己の孫を王位に就け、外戚として権力をふるうなどとは考えていない。
自分の掌中に権力を収めたい。
そのためなら、娘すら欺く。利用する。
そういう男なのだ。デューリハルゼン公爵という男は。
「あとは、不正の証拠など、ハッキリした罪を見つけ出せればいいんだが」
ヤられる前にヤってやる。
このままむざむざと殺されてやるつもりはない。
「それなら、俺が見つけてきてやろうか?」
「――キサマッ!」
突然部屋の片隅から聞こえてきた声に、ライナルが腰に佩いた剣の柄を握る。いつの間にそこにいたのか。気色ばむライナルに身構えることなく、飄々とした刺客の姿。
「そんな怖い顔すんなって。で? お楽しみは済んだのかよ? 王子さま?」
「ヒミツだよ。それより、見つけることはできるのか?」
「ああ。あの屋敷は不正の宝庫だからな。一週間もあれば好きなだけ持って来てやるよ」
「――三日だ。それ以上は待てない」
ヒュウ……。
刺客が軽く口笛を鳴らした。
斜めに構えたようなその顔。こちらの意図はお見通しらしい。気に入らない。
隣の部屋には、気を失ったまま眠る彼女がいる。表情を変えないまま、警戒を強める。
「一つだけ訊いてもいいか?」
「いくつでも」
「どうしてこちらの味方をする?」
あれほど自分の命を狙ってきていたヤツが、どうして。
ちょっとした疑問だった。
「アイツが、俺以外の刺客を雇ったからだよ。それも、あんなチンピラレベルのヤツをたくさん」
ボリボリと頭を掻く刺客。
「俺はさ、『一撃必殺の暗殺』を信条としてるんだよ。それも、一人で完璧にこなす。相手をいたぶりたいわけじゃねえから、苦しませないように暗殺する。俺に依頼したのなら、そのまま黙って結果を待ってればいいのによ。それなのに、アイツは焦って他の刺客を雇った。大人数でヤるのは、俺の主義に反するんだよ。そんなのタダの殺人、殺しじゃねえか。まったく美しくねえ」
「暗殺」と「殺し」に違いなどないだろう。
だが、この刺客のなかでは、ハッキリとした線引きがあるらしい。
あれだけ襲撃の場で殺戮しておいて、説得力はまったくないが。
自分以外の複数の刺客が雇われたことで、己の矜持に傷がついたのかもしれない。
だから、こちらに味方した。
寝返ったのではなく、あちらが契約違反をしたのだから、当然の措置だ。
それぐらいの気持ちでいるのかもしれない。
「それにさ。俺、あのお嬢ちゃんが気に入ったんだよ。健気で、真面目で、一生懸命で。アンタを守ろうとして必死に戦いを挑んでくる姿を見てたらさ。俺、どうしようもなく興奮して、殺したくってどうしようもなくなったんだよな。あの目を怯えさせて、震える身体から自由を奪って、ゆっくり首を絞めて……。ああ、たまんねえ。あんな女は見たことなかったからなあ。考えるだけでゾクゾクしてくる」
狂った性癖。
彼女を渡してなるものか。
睨みつけるように、相手を見る。
「ま、今回はアンタの味方をしてやるよ、王子さん」
ヒラヒラと手をふって、刺客が姿を消した。
こちらの放った殺気に気づいたのかもしれない。残された笑みはニヤリと口角を上げて楽しそうだった。
「ライナル。またなにかあったら報告を頼む」
「はっ!」
少しだけ警戒を解いたライナルを残し、寝室に戻る。
一人で使うにはやや広すぎる寝台。そこに横たわるのは、侍女に命じ、夜着に着替えさせた彼女。彼女のドレスは、血で汚れてどうしようもなかったから。
スヤスヤと安定した寝息。時折、ピクッと身体が震えているが、特に問題はなさそうだ。
頬にかかった髪をそっと払いのけてやろうとして、――手をとめた。
媚薬の効果が切れるのは、明日。
今は下手に触れて、彼女を困らせたくない。
媚薬なんかに惑わされて、触れたい相手じゃない。
触れるなら、求めるなら、愛するなら――。
(夜明けが、遠いな)
ガマンできるかどうか。
理性との葛藤に、自虐的な笑みをもらした。
* * * *
(あ、れ――?)
瞼の裏に感じた明るい光。
(朝……、なのかな)
小鳥のさえずりも聞こえる。
よく確かめたくて、目を開ける。
(ここ、どこ――?)
見覚えはあるんだけど。いつかどこかで見たことある場所なんだけど。
ボンヤリした頭のなかから、情報を検索。
「――――っ!」
って、ここ、殿下の寝室じゃないっ!
それも、私がいるの、寝台の上っ!
かつて殿下の半裸寝起き姿を拝んだ場所。その場所で、ガバッと勢いよく身を起こす。
間違いない、ここ、殿下の寝室だ!
「んっ、ああ、おはよう、リーゼファ」
眠たげな殿下のお声――って。ちょっと!
(どうして殿下が隣で眠ってらっしゃるのぉぉぉっ!)
朝から頭が爆発しそう。ボボンッ!
「体調はどう? 身体、辛くない?」
クスクスと笑いながら私の手を握られる殿下。
体調? 辛い?
確か、刺客から吹き矢を喰らって。矢に、媚薬と自白剤が塗られてて――。
って、え? えええええっ?
もしかして、私、もしかしちゃったのっ?
馬に乗せられた。そこまではなんとか覚えてるけど、その先は……。
――殿下。お慕いしてます。
――リーゼファ。
――私、もうガマンができません。殿下、どうか一夜だけでも、お情けをくださいませんか?
――リーゼファ、うっ、そこは……。
(私の手が、硬い何かを握る)
――殿下って、もしかして、感じやすいタチなのですか? フフッ、お可愛らしいところがあるんですね。クスクス……。
(手のなかの何かをしごく)
――ねえ、教えてください。ここ、気持ちいいですか?
――あっ、ダメだよ、それ以上したらっ!
――ほら、ガマンしないでください。私もほら、もうこんなになっちゃったんです♡ (――以下自主規制)
とかなんとか言って、押し倒しちゃったりしたとかっ?
殿下の夜着が乱れてるのは、そのせい? 私が脱がせちゃったの?
痴女だ、痴女よ、痴女がいるわっ!
泉下の祖母が泡吹いて卒倒してる姿が思い浮かぶ。父が切腹して詫びを入れようとする姿も。
「わーっ! リーゼファ! しっかり!」
もうダメ。
私、二度目、速攻の失神。




