22.壁がとろけちゃいけません
「――殿下っ! ご無事ですかっ!」
手にした剣を一閃させ、戦いに身を投じた私。
背後に殿下を庇い、剣を構え直す。
「リーゼファさまだ!」
「どうしてここにっ?」
「というか、アイツ、味方なんですかっ?」
殿下をお守りしていたアインツたちが口々に叫ぶ。
「話は後だ! アイツのことは気にしなくていい! 目の前の敵にだけ集中しろっ!」
――大丈夫なのか? だってアイツ刺客だろ?
部下たちの言いたいことはわかる。
――大丈夫なのか? アイツ、なんか怖えんだけど?
うん。それもよくわかる。
目の前の刺客を倒しながら、チラリとれいの刺客を見る。
「ハハッ! どうした、かかってこいよっ! もっと俺を楽しませてくれよっ!」
――メッチャうれしそうに殺戮をくり広げるアイツ。
狙いは騎士や殿下でないのが救いのような、快楽殺人犯。
キてるよね、あれ。
笑いながら殺してるし。
家で語られた性癖と合わせて、違った意味で怖いヤツ。今は味方だからいいけど。(よくない)
「オラオラ、このままだと皆殺しだぜっ?」
「皆殺しにするなっ! 少しは残しておけっ! 黒幕を吐かせるっ!」
敵を倒す――というより、快楽殺人から敵を守りにいく。コイツの楽しみのために、敵を全滅させられては困る。
「へいへいっと。ほら、これなら死なねえからいいだろ?」
ザシュッと鈍い音がして、両足の腱を斬られた刺客。己の流した血だまりのなかで絶叫して転げまわる。
「ほれ、こっちはお目め。こっちは耳っと♪」
次々に刺客たちが局所攻撃を受け、崩れ落ちていく。
命令を聞いてくれた。それはいいんだけど。
――サイテー。悪趣味。
こんなヤツに気に入られても、まったくうれしくない。むしろ嫌われたい。
「ひっ、退けっ! 退けっ!」
「に、逃げろっ!」
あっという間の形勢逆転。圧倒的な狂気、猟奇的殺人に恐れをなした残りの刺客たちが、我先にと逃げ出す。
「なあ、もうあとは殺してもいいだろ? めんどくせえし」
追いすがって殺る気満々なのか。
「――無駄な血を流すな」
軽くふって血を払うと、チンッと小気味のいい音とともに剣を鞘にしまう。「へいへい」と答えた刺客は、どこか不満そうにふてくされる。
「殿下――」
殿下の前に片膝をつく。
「護衛を辞した者として差し出がましいとは思いましたが、襲撃の報を聞き、こうして参った次第でございます」
「いや。キミが来てくれて助かった。ありがとう、リーゼファ」
「ハッ!」
その言葉に、首を垂れる。
無事でよかった。間に合ってよかった。
万感の思いが、胸につまる。
「リーゼファさまっ!」
「リーゼファさまだっ!」
駆け寄ってくる部下たち。
「お前たちも無事か?」
「はいっ!」
「あれぐらい大したことないっす!」
それだけの大口が叩ければ、大丈夫そうね。
多少の怪我は負っているようだけど、問題なさそう。
「リーゼファ」
私の前に、スッと殿下が膝をつかれた。
「ありがとう。キミのおかげで助かった。感謝するよ」
それだけじゃない。
殿下の両手が、私の右手を包み込む。
……って。え? ええええええっ!
私を見つめる真摯な青い瞳。あまりの至近距離。その瞳に映る、鉄壁仮面の私の顔。
そして……。
――――ギュッ。
手を離されたと思ったら、今度は力いっぱい抱きしめられた。
ぎゃあああっ!
こ、これっていったいどういう状態っ?
ひっ、ひえええええっ!
背中に感じる殿下の手。目の前に見える殿下の肩口。抱きしめられたことで肌から伝わる殿下の鼓動。熱。匂い。
わっ、私、どうしたらいいのっ?
この場合、私も殿下をムギュッて抱きしめるべき?
いやいやいやいや。それはさすがにマズいっしょ。でも、このまま抱きしめられてポカンでいいの? どうなの?
ってか、どういう理由でだきしめられてるの? 私。
お互い無事でよかったねのムギュ?
それとも――。
トスッ――。
「――――ッ!」
首に焼けるような鋭い痛みが走る。
「リーゼファ!」
慌てた殿下。少し身を離し、殿下が睨みつけたのは――。
「そう怖え顔すんなって。ちょっとしたお茶目だからさ」
気色ばんだ部下たちと殿下を軽くいなす刺客。その手には吹き矢の筒。
私の首に突き立っているのは、その矢。というか、針。
コイツ。味方になったと思ってたら。はやり敵だったのか。
針を引き抜き、殿下を背に守るように……動く……って、あれ?
(力……、入ら……な……い)
毒針か。
即死に至ることはなさそうだけど、神経系のなにかかもしれない。
気力を振り絞って、刺客を睨みつける。
もしかして、こうしてスキをついて攻撃を仕掛けるつも……り、だった、の……か?
「おお怖え、怖え。安心しろよ、死にはしねえから」
ケラケラと刺客が笑う。
「ちょっと身体は動かなくなるけど。あとは、ちょ~~っと身体が火照ってどうにもならなくなるのと、ちょ~~っと快感に脳みそが蕩けそうになって、おしゃべりになるだけだからよ」
そ、それって……。
「媚薬か」
「そ。大正解♪ 媚薬に自白剤をトッピングしてみました☆」
トッピングしてみました☆ じゃないっ!
なんてことしてくれるのよっ!
「ホントはさ、俺がグチャグチャのトロトロにして、ギンギンのそれでズボズボしてもいいんだけどさ。頑張ったリーゼファちゃんと王子さまへ、俺からのご褒美っていうの? せっかく再会したんだし、この後、存分に楽しい時間を過ごしてねーっていう心づかいだよ」
「なっ! また擬音攻撃っ! それも、殿下の御前でっ!」
「朝には効果も切れるだろうから。楽しい一夜を過ごしなよ」
「たっ、楽しいって、ちょっとっ! 意味深すぎるわよっ!」
さっきから身体がドンドン熱くなってる。目が潤んでくるし、息が上がってくる。身体の奥がジンジン疼く。
「なあ、殿下。早く彼女をどこかへ連れていってたほうがいいぜ? そのうち、ガマンできなくなって、このまま脱ぎだすかもな。誰彼かまわず襲いかかるかもしれねえし。衆目集めて青姦……ってのが趣味なら止めねえけどよ」
「バッ、バカッ! 変態っ! そんなこと、ゼッタイしないわよっ!」
「ハハッ。どうだか。ま、俺はどっちでもいいけどな」
じゃあな☆
軽くウィンクだけ残して去っていく刺客。
「アイツ……、ゼッタイ、許さない……」
息が熱い。ハアハアと、呼吸が荒くなってくる。目も潤んできてるのか、ボンヤリ熱い。
「アイツの思惑通りになんて……ンうっ♡、なってやる……あ♡、もんっ、ですかっ、あァン♡」
冷たい石畳。のはずなのに、そのヒンヤリした触り心地が気持ちよくって。
「リーゼファ?」
「んうっ♡」
殿下の手が触れた瞬間、身体がビクンと大きく跳ねた。
「い、いけませんっ! ふっ……触れたらっ、あっ♡ アァン♡」
殿下が手を離しても、ビクビクと身体が震える。ゾクゾクとした快感めいたものが背中を駆けあがってくる。
「ご迷惑に、んっ、ならないよう……家に、帰り……ます」
崩れ落ちたままの膝を叱咤する。あくまで助けに来たのであって、邪魔しに来たんじゃない。といか、こんな痴態、殿下に見られたくない。恥ずかしすぎて、それだけで死ねる。
「一晩、なんと、か、ンッ♡ やり過ご、しますか、ら……、あっ! あぁんっ♡」
グイッと抱きあげられた身体。
思わずこぼれた嬌声。
「馬をこれへ。先に戻る」
近くにいた馬に跨る殿下。その腕のなかには、私の身体。乗せられた振動で、何度も痙攣するように身体が跳ねる。グラグラと煮込まれてるみたいに熱い。息が火照る。目が潤む。
「しばらく辛抱していてくれ」
馬の横腹を蹴り、駆け出す。
「ん♡ あっ、ウぅン!」
歯を食いしばって、どうにか耐えようとするけど。
――ムリッ! ムリムリムリムリッ!
振動だけじゃない。殿下から伝わる熱とか匂いとか。そういったものにも刺激されて。
「あっ、殿下っ! もうっ、もうっ! ひぃアァアッ!」
ダメッ! こんなの耐えられないっ!
「リーゼファッ? しっかりしろ、リーゼファ!」
盛大に鼻血を噴き出して、意識を吹っ飛ばす。
脳内大沸騰。
およそヒロインらしくない、気の失い方。




