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21.絶対、きっと、何があっても

 (これで、よしっ!)


 晴れ上がった青空のした、ピンッと伸ばして干したシーツの出来栄えに軽く満足する。家事が得意じゃない私でも、こうして洗って、干してキレイにすれば、少しは気分も上がる。

 あとは、家のなかの掃除……かな。

 せっかくの晴れ間。何もしないでいるのはもったいない。

 簡素なドレス。家事で汚れないように、大きめのエプロンを身に着ける。髪はもちろん後頭部で一つにまとめて。女らしい恰好をしていても、動きやすさは最重要事項。

 掃除が終わったら、少し買い物に出かけよう。

 長らく留守にしていたので、家には食べるものも少ない。ついでにちょっとカワイイお菓子でも買ってこよう。

 休みになったからって、あれもこれもやりたいことを全部やるつもりはないけど、それでも必要なことは少しずつやっていきたいし、息抜きぐらいはしておきたい。

 シーツを入れていたカゴを持って家に戻る。


 「よう、騎士さま。しまらねえ恰好だな」


 扉を開けた瞬間、耳元で囁かれた言葉に戦慄を覚える。

 カゴを抱えたまま後ろに飛びずさり、瞬時に声の主との間合いを取る。


 「キサマ――」


 表と違って、暗い室内の温度が一気に下がった。


 「おお。さっすが騎士さまじゃん。女になってもカッコいいねえ」


 扉のすぐわき、壁にもたれ立っていたのは、あの刺客。

 いつの間に家に潜入されていたのだろうか。余裕そうに、手にした短刀をクルクル回されると、すごく苛立つ。


 「そんな怖い顔するなよ。せっかくの美人が台無しだぜ?」


 余計なお世話だ。お前にヒョットコにみられようがどうしようが、気にすることはない。


 「今日はさ、ちょっといいことを教えに来たんだよ」


 いいこと?

 コイツにとっていいことなんて、絶対ロクなことじゃない。


 「――あの王子さま、また狙われてるぜ?」


 「キサマがいるからだろう? 残念だが、今は騎士団がもっと厳重な警備を敷いている。無駄口を叩くヒマがあるなら、サッサと諦めて退散することだな」


 「いや、俺じゃねえって。そんなに突っかかってくるなよ。怖えぞ?」


 飄々とした喋り口のまま、刺客が真っすぐこちらを見て立った。


 「俺の雇い主がよ。俺以外の刺客を手配したんだよ。それも複数、集団を使って王子をヤるつもりらしい」


 「なん、だと……?」


 「アンタが守りすぎたんだろうな。あっちはスゲー焦っててさ。なりふり構わねえっていうの? 俺以外の暗殺者と契約を結びやがった」


 一瞬、刺客が片方の口角だけを大きく歪めた。


 「キサマも一緒に殿下を襲うのではないのか?」


 仲間が増えたらコイツにとって有利だろう。

 せめて目の前のこのふざけた刺客だけでも倒して、あちらの負担を減らしておくべきか。


 「いんや。俺は参加しねえ。ああいう集団でっていうのは、俺の美学に反するんでね」


 刺客の美学って。


 「俺は一対一でヤるのが信条なんだよ。一撃必殺。相手の懐に潜り込んで、苦しませずに楽に殺す。大勢でいたぶるのは流儀に反する。あの雇い主は俺様のやり方にケチをつけた。逆鱗に触れたんだよ」


 そんな主義主張は、こっちにとっては迷惑極まりない。


 「だから、こうしてアンタに知らせに来てやったってわけ。ちょっとした意趣返しってわけだ」


 本当なのだろうか。言葉にいつわりがないか、刺客を見る目を細める。


 「それにさ、俺、アンタのこと、結構気に入ってるんだよ。その気の強さ、俺の好みなんだよな」


 そんなことはどうでもいい。というか、刺客に「好み」と言われても、まったくうれしくない。


 「今なら俺も手伝ってやるしよ。どうだ? そんな面白くもねえ恰好をしてないで、一緒に来ないか?」


 「なぜそこまで――」

 「だから言ってるだろ? アンタが、俺の好みなんだって。少しは人の言うことを信じろよ。かわいくねえぞ?」


 別に、こんなヤツにかわいくなんて思われたくない。ヒョットコで結構だ。


 「雇い主にムカついてるっていうのもあるしな。ま、信じる信じねえはアンタの勝手だ。好きにしな。俺は、あの王子が死のうがどうしようが興味ねえからな」


 「お前、ここで私を倒して、後日、殿下を襲うのを楽にしておこうとか考えないのか?」


 こうやすやすと人の家に入りこめる相手だ。私の首を取るぐらいわけないだろう。


 「だからぁ、そういうのは趣味じゃねえの。俺は正々堂々と相手を殺したいの。アンタのことは気に入ってるから、もっと他の方法でヤりたいんだよ」


 他の方法?


 「アンタをさ、ハダカにして縛り上げて、少しづつナイフで切って痛めつける。その気の強ーい目に怯えが混じったら、次は散々優しく愛撫してやる。ネットリ蕩けるぐらいにな。そんでもって、トロトロのグチュグチュになってヒクヒクしてるそこに、俺のギンギンにいきり立ってるそれをズボズボしてグチャグチャにかき回して。俺に悪態をつきながらヒイヒイ喜ぶアンタ。最後は、力の限り首を絞める。ああ、それか、首を掻き切って、溢れる血を浴びながらフィニッシュっていうのもいいかもしれねえな。ヒューヒューと喉から漏れる細い呼吸音。痙攣し続ける身体。最高だねえ」


 なっ!


 「ああ、安心しなよ。アンタが、冷たく動かなくなったって、何度だって愛してやるからよ。俺のは一回ですまねえから。絶倫だぜ?」


 安心なんてできるわけないじゃないっ!

 というか、なによ、その擬音攻撃。変態じゃないの、それっ!


 「おっ、いいねえその顔。アンタ『寡黙』とか『氷壁』とか言われてるけど、全然そんなことないじゃん」


 刺客がカラカラと笑う。


 「で? どうする?」


 殿下の身に危険が迫っているのなら、何を置いても駆けつけたい。コイツの言う通り、大勢の刺客がいるのなら――。


 「おっ……と」


 バシッとカゴを刺客に投げつける。バサリとエプロンを外し、代わりに剣を佩く。


 「おいおい。そのまんまの恰好で行くのかよ」


 「問題ない。急ぐぞ」


*     *     *     *


 この場に彼女がいなくてよかった。

 そのことに軽く安堵の息をもらす。

 離宮を訪問した帰り道。まさか、一緒に娘がいるというのに、襲われるとは思ってもみなかった。

 いや。

 あの男は、以前も娘がいようがいまいが、巻き込まれようがどうなろうがお構いなしに刺客を差し向けていた。今回だって同じだ。数が増えた分、娘への危険が高まるが、そんなこと気にしていないのだろう。

 自分を仕留められれば、誰が巻き込まれようと、犠牲になろうと構わない。もしかすると、娘が犠牲になることで悲劇性が増し、己の益になると考えているのか。

 周囲でくり広げられる剣戟の音。自分もその中に入っていくため、馬車を降り、静かに鞘から剣を引き抜く。

 同じように抜剣したのは、従者のライナル。

 目を合わせそれから、戦いへと身を投じる。

 

 「ここは食い止める! 早く行けっ!」


 喧噪に混乱した馬をなだめていた御者に命じる。御者に斬りかかろうとした刺客を倒し、蹴り飛ばす。


 「は、はいっ!」

 

 御者が力任せに手綱を打つ。

 ガラガラと狂ったように車軸を回し、馬車が走り去る。なかに残っていた娘の、「こんなの聞いてない!」という狂ったような叫びが、車輪より大きな音として場に残る。

 何を聞いてなかったのか。

 震え泣き叫んでいた娘に問いただしたいところだが、今はそんなことはどうでもいい。

 二撃、三撃と、自分にふりかかる凶刃を払いのけ、敵を一人ずつ倒していく。

 周囲にいた護衛の騎士たちも、負けじと剣をふるい、刺客と打ち合う。

 身の危険をハッキリと感じてからは、その数を増やしていたが、それを上回る量の刺客が送り込まれた。

 王都の民たちは、日常に突然現れた凶事を怖れ、家々の戸を閉め、息をひそめ、身の上を過ぎてゆくのを怯え願っている。


 (万事休すか――)


 まさか、こんな王都の大路で。まさか、こんな大量の刺客で攻めてくるとは。

 迂闊と言えば迂闊。油断と言えば油断。

 今さら悔やんで歯を噛みしめても遅い。今は、やれるだけのことをするだけだ。


 「そっちだ! 騎士などはどうでもいいっ! 王子だけを狙えっ!」

 「王子を殺せっ!」


 「へっ、言ってくれるじゃねえかっ!」


 近くにいた若い騎士の一人が、軽く唾とともに悪態を吐き出した。


 「俺たちは無視ってか。言ってくれるねえ」

 「殿下を殺られたら、俺たちの立つ瀬がねえなっ!」


 同調するように軽口を叩く騎士たち。

 見習い上がりのような騎士たちだが、確か――。


 「ここで殺られたら、リーゼファさまに申し訳が立たねえっ!」

 「リーゼファさまに怒られるほうが怖えっての!」


 そうだ。

 この者たちは、リーゼファの配下だ。練兵場で彼女の指導を受けいているのを見たことがある。


 (さすが、彼女の部下だな――)


 腕や頬にケガを負ってるようだが、それでも軽口を叩き、目に宿る闘志は衰えていない。


 「どんだけやられたって、最後まで立っていたヤツが勝ちなんだって!」

 「殿下っ! 必ずお守りいたしますので、ご安心くださいっ!」


 彼らの言葉に彼女を感じる。

 いい部下を持ってるんだな。部下をよく指導しているんだな。

 部下にここまで慕われていたんだな。

 こんな時でも、彼女の人となりに触れたような気がして、心が熱くなってくる。


 (リーゼファ。やはりキミは素晴らしい騎士だよ)


 彼女の配下の活躍もあってか、数だけを頼みにした刺客たちに焦りの色が浮かぶ。


 「おいっ、もっと仲間を呼んでこいっ! 分け前なら、たんと渡してやるか――、ガハッ!」


 刺客のリーダー格の男だろう。手下らしい男に指示をだしかけ、そのまま喉から血を噴き出して絶命した。


 「グハッ!」


 指示を受けて走り出しかけた男も、鮮血とともに路に崩れ落ちる。


 「増やされちゃあたまんねえっての。おとなしく死んでろよ、コラ」


 男たちの倒れた先、頬についた返り血をペロリとうれしそうに舐める男。


 (――先日の刺客か?)


 その顔には見覚えがある。ダンス講師の助手として、舞踏会の給仕として、祖母の所の侍女として何度も姿を現した男。

 しかし、なぜコイツが仲間だろう男たちを殺す?


 「――殿下っ!」


 疑問が解けるより前に響いた、聞きなれた声。

 フワリとスカートの裾を翻して、敵を一閃する彼女。


 「ご無事ですかっ!」


 街のどこにでもいそうな少女の格好をした、この場にもっとも相応しくない姿。しかし、その目に宿る鋭い眼差しは騎士のもの。

 手には剣。鞘から抜き払った剣が刺客たちを薙ぎ払っていく。


 「リーゼファ……」


 驚きに目を大きく見開く。もう、彼女から目が離せない。

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