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20.辞退いたします

 「本気か? アインローゼ」


 「はい。やはり私では、殿下の護衛は力不足。荷が勝ちすぎたのです」

 

 古い、年季を感じる執務机に向かって座る騎士団長が、私の言葉に軽く頭を抱えた。


 「殿下はこの国になくてはならないお方。そのような方を護衛するのは、私よりもっと別の者を。私より優れた騎士ならば、他にもおりましょう」


 「しかしだな……」


 「殿下の護衛は、別の者が拝命いたしますよう、お願いいたします。これ以上、殿下が傷つくことなど、あってはならぬことなのです」


 「……わかった。お前の解任を認める」


 「ありがとうございます」

 

 深く一礼すると、団長が椅子に背をまかせ、大げさなぐらい息をタップリ吐き出した。

 新しい護衛の選出に、頭を悩ませているのかもしれない。


 「それと、一つだけ。あの刺客が言っていたことなので、あてになるかは疑わしいのですが。『五百枝(いおえ)一朶(いちだ)に気をつけろ』と伝言を頼まれてくださいませんか?」


 「五百枝(いおえ)一朶(いちだ)?」


 「はい。どういう意味かは、わかりかねますが」


 もしかすると、刺客の背後にいる首謀者のことなのかもしれない。


 「五百枝、一朶……なあ。まあいい、わかった。殿下にはお伝えしておこう」


 「重ね重ね、申し訳ありません」


 「いや。しばらくはゆっくり家で養生するといい。ご苦労だった、アインローゼ」


 その言葉にもう一度頭を下げ、団長の部屋を辞する。


 これでいい。

 終わった。


 足取り軽く……とはいかないけど、私は黙々と王宮の回廊を歩いていた。

 このまま、騎士の詰め所に戻って、荷物をまとめて家に帰ろう。その前にちょっとだけアインツたちの様子を見ていこうか。

 私と違って、彼らはこのまま殿下の警護に残る。少しぐらい激励していってもいいはずだ。それに無事だったとはいえ、容態も気にかかる。

 

 (家に帰ったら、掃除と洗濯をしよう)


 ここ最近、警護のために帰ってなかったし。いっぱい掃除して、キレイにしておかなくては。家で倒れてるとか心配される前に、廃墟、ボロ家になってるって思われたくない。そんなことしたら、あの厳格なお祖母さまが化けて出てきそう。

 

 (ちょっと美味しいものを食べに行ってもいいかもね)


 王宮では食べられなかった美味しそうなスイーツ。騎士としての立場を離れるなら、お一人さまでそれを堪能しに行ってもいいかもしれない。

 美味しいものを食べて。好きなドレスを着て。

 氷壁、無表情仮面のまま、黙々とでも、好きなものを楽しんでもいいと思う。

 周りの人は驚くだろうけど。

 

 (まずは、あのウワサになってたオペラでも観に行こうかな)


 それから、あのフワッフワの柔らかそうなマカロンを食べる。王宮にいたら、永遠に味わえなかったものを味わいつくす。


 (そうよ。それが一番いい)


 何もかも忘れて、楽しく過ごすの。

 何もかも……忘れて……。

 回廊を歩く足が止まる。


 忘れても、いいんだろうか。


 「おや? そこにいらっしゃるのは、あの時の勇敢なご令嬢、かな?」


 「ノーザンウォルド大使殿……」


 回廊を曲がった先、たまたま出くわしたのは、舞踏会で出会ったノーザンウォルドの大使だった。


 「あの時のお礼を申し上げることができてなかったのでね。こうしてお会いできてよかったですよ。ご令嬢かと思っていましたが、女騎士であられたのですね」


 大使の視線が、私の身体を上下する。あんな派手なドレスを着た女が、今は騎士服をまとっていることに驚いてるのだろう。


 「はい。殿下の護衛として、あの場に参加させていただいておりました」


 「そうですか」


 大使の視線が少しだけゆるんだ。


 「もしよろしければ、この後、少しだけお話しをさせていただけませんか?」


 ――お話し?


*     *     *     *


 「そうですか。殿下の護衛から外れるのですか」


 「はい。殿下に怪我を負わせてしまった私には、その資格はありませんから」


 大使に誘われたのは、かつて殿下がご令嬢方とお茶を楽しまれていた四阿だった。給仕も誰もいない四阿の卓には、当然、お茶もお菓子も用意されてはいない。


 「しかし、アナタは刺客の攻撃を防いだのではありませんか?」


 「ええ。でも怪我を負わせたことにかわりはないですから」


 ――頼りない護衛。

 ――許されることではありませんわ。


 フェリシラさまのお言葉が心に刺さる。

 あの怪我は、負わなくてもいいものだった。私さえ、もっとシッカリしていれば。私に力さえあれば。あんな刺客に。あんな刺客なんかに――。


 「騎士殿。アナタはとても素晴らしい働きをされている。舞踏会といい、今回といい。立派に殿下のお命をお守りしました。殿下だけじゃない。私やフェリシラ嬢の命も守られた。感謝こそすれ、非難するつもりは毛頭ありません。けれど、アナタは私がこうやって褒めたたえても納得されないのでしょうね」


 「それは――」


 「こんなに傷ついても、まだご自分を責められる。責任感の強いことは良いことですが、そのように己を追い詰めても、殿下は喜ばれませんよ」


 殿下が?

 驚く私の喉元に、大使がそっとハンカチで触れた。


 (――――――ッ!)


 軽く痛みが走る。今まで気がつかなかったけど、どうやら刺客の剣で傷ついていたらしい。


 「感謝こそすれ、誰もアナタを責めたりなどいたしません。今はゆっくり休んで、英気を養ってください」


 「はい」


 なぜだろう。

 この大使の言葉を聴いてると、不思議と心が緩んでいく。深く棘のように突き刺さっていたものが、ポロリと抜け落ちていく感覚。

 殿下によく似た青い眼差し。

 青には、人の心を温かくする力でもあるんだろうか。すべてを聞き入れてしまう、不思議な青の力。

 他国の大使なのに、ここまでなんでも話してしまう青の魔力。私、こんなに喋ることできたんだ。


 「そして、一度でいいから、殿下がアナタを守ろうとした意味を考えていただけませんか?」

 

 ――守ろうとした、……意味?


*     *     *     *


 「では、リーゼファは宿下がりをした。そういうわけか」


 「はい。護衛を辞退したいとのことでしたので。しばらくは家に戻るように命じました」


 召喚した騎士団長から、報告を受ける。


 「代わりの護衛を数名、騎士団から派遣させていただきます」


 「うん、頼むよ」


 「はっ!」


 大柄な団長が、直立不動のまま声を上げる。上げる声も、身体に相応しく大きい。


 (アインローゼもそうだったな。まあ、ここまで野太くはなかったけど)


 先代騎士団長だった、リーゼファの父、クラウス・アインローゼ。声は喉から出すものではなく腹から出すもの。よく通る声の持ち主だった。

 しかし、その声を聞くことはほとんどなかった。滅多に話すことのない、「寡黙」が服着て歩いてる性格。声は宝の持ち腐れ。そんな人物。


 (いや、一度だけ饒舌に話したことがあったな)


 確か、剣術指南の後。

 幼かった自分の前で、軽く子育てのグチを漏らしたのだ。


 ――子どもが一人いるのですが、女の子なので、どう接したらいいのかわからなくて困ってるのですよ。


 寡黙すぎるクラウスは、愛情のかけ方も不器用だった。

 母を亡くした娘を気にかけてるものの、接し方がわからずどうしたらいいのか途方に暮れていた。


 ――男の子であればよかったのですが。私は剣しか扱えませんので。剣を交えてしか会話ができないのですよ。


 どこまで不器用なんだろう。

 

 ――じゃあ、もしかして家でも剣をふり回して、その子と接してるの?


 ――はい。娘に剣術を仕込んでおります。それしか私にはできませんので。


 それがこの男にできる唯一の愛情のかけかた。不器用という言葉ではすまされない。自分より幼いというクラウスの娘に、そんな父親の愛情が正しく伝わっていればよいのだけれど。


 自分の懸念は正しかったようで、大人になった娘のリーゼファは、見事なまでに剣術に優れた女騎士となって自分の前に現れた。クラウスの愛情の賜物というべきか。彼女は騎士団のなかでも一目を置かれるほどの実力を有していた。

 感情表現をどこかに置き忘れてきたようではあったが。


 「――殿下。それと、一つ言伝(ことづ)てがございます」


 「言伝て?」


 騎士団長の言葉に、物思いから引き戻される。

 

 「はい。『五百枝、一朶に気をつけろ』とのことです。刺客が残した言葉らしいのですが」


 意味を理解していないのだろう。騎士団長が自信なさげな顔をした。


 「――わかった。報告、ご苦労」


 「はっ!」


 敬礼し、きびすを返す団長。その背中を見送って、軽く息を漏らす。


 (五百枝、一朶……ね)


 団長と違って、意味がわからないわけではない。言伝ては、疑念に思っていたことに確証を与えただけのことだ。


 「ライナル」


 「はい」


 「ここから、正念場となりそうだ」


 ライナルが無言のまま頭を下げる。

 リーゼファが護衛を辞退した。自分のそばに彼女はいない。

 もしかすると、それは正しいことだったのかもしれない。

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