17.バラとクレマチスと大理石像なりそこね
――やはり、殿下のお相手はフェリシラさまで決まりだな。
――王太后さまも、お二人の仲をお認めになったそうだ。
――アウスティニアの血をより強固にしておきたい。そうお考えなのだろう。
「殿下、たまには気晴らしを兼ねて、遠出などいかがですか?」
「遠出?」
いつものように訪れたフェリシラさまの提案に、殿下が首を軽くかしげる。
「大伯母さま、王太后さまが一度お会いしたいと、おっしゃられておりますの」
「お祖母さまが?」
「ええ、一度二人で離宮を訪れるようにと。とても大切なお話があるそうですわよ」
何かしらね。殿下をお誘いしたフェリシラさまも軽く首を傾けた。けど……。
(きっと、殿下の結婚に関わるお話だわ)
想像はつく。
だって。
ここまで相思相愛、幸せそうに過ごされるお二人を見ていれば、王太后さまのおっしゃりたいことなんて、だいたい想像がつく。
互いに想い合っているのなら、一日も早く婚約して、結婚を。そして、世継ぎを設けて、この国の未来を安泰に導け。
多分、そういうことだろう。
はたから見ててもお似合いのお二人だし。身分もお立場も、お二人の愛を成就させる障害にはならない。むしろお二人の愛を助長する材料。
相思相愛。美男美女。王子と令嬢。
これ以上ない素晴らしいカップル。
「ウチの姫どうですか?」で来てるノーザンウォルドの大使には悪いけど、最高のお二人なのよ。
お二人のお子なら、きっと美しく聡明だろうし。男の子でも女の子でも、見惚れてしまうぐらいステキなお子が生まれると思う。ちょっと楽しみ。
殿下の御父君、国王陛下のご容態は、あまりよろしくない。
王妃さまが亡くなられて以来、心を塞がれまま、ずっと部屋にこもられてるって話だけど、最近、とみに体調がよろしくないと噂で聞いた。
もし、考えてはいけないことだけど、陛下の御身になにかあったら。次に国王に即位されるのはナディアード殿下。その先、殿下の御代から後、王室の血統を盤石にするためにも、殿下には一日も早く妃を娶られ、お子を設けていただきたい。
王太后さまは、殿下とフェリシラさまに、そのあたりのお話をなさりたいんだろう。
国王陛下がご存命の間に。喪に服することになると、結婚が遠のいてしまう。
「わかりました。よろしければ、このままお祖母さまのところへ伺うとしましょう」
「はい」
まあ、フェリシラさまもどんなお話が待っているか、想像はついてるんだろうな。殿下に手を取られると、恥ずかしそうに頬を染められた。
「すまないが、警護を頼む」
私の横を通り抜けざま、殿下が言った。
「お任せください」
この国の未来を、必ず守り通してみせます。
* * * *
王太后さまの住まわれる離宮は、殿下の暮らす王宮から少し離れている。当然のように馬車で移動するんだけど、今回は、馬車のなかに、殿下とフェリシラさまがご乗車されているので、ライナルも御者台に。だって、馬車のなかは二人だけ空間だし。いくらライナルがモブ、空気、霞だって言っても、さすがにそこに一緒にいるのはぐあいが悪い。
今回は、護衛多めということで、私とライナル以外にも、騎士団の者も数名護衛に着ける。当然、部下のアインツたちも一緒。あちらは、騎馬で移動。馬車の周りの警護にあたる。
街のなかを移動するというのは、一番気を使う場面。
何気ない街角からいつ刺客が現れるかわからない、緊張した空気が馬車を包み込む。
私も、腰に長剣を佩いて、懐には短刀を忍ばせている。御者台の下には、弓と短剣も隠してある。いざとなれば、それらの武器を手に刺客と戦うつもりだ。
当然だけど、今着てるのは、騎士服。動きやすさ重視。
(来てほしいわけじゃないけど)さあ、来るなら来い! 体制。
そんな緊張の糸を張り詰めさせた私たちを載せた馬車が、石畳の道をガラガラと走っていく。
さあ!
と思うのに、馬車は車輪が外れるとか、街のケンカに巻き込まれるとかそういったこともなく、普通に離宮に到着。
ちょっとだけ肩透かし。
でも、これでいいのだ。安全が一番。
(だからって、気を抜いて、警戒を解いちゃダメよ)
ホッとした時、油断した時が一番危ないんだから。
「ようこそおいでくださいました、殿下」
「お祖母さま。お元気そうで何よりです」
馬車から降りた殿下が、出迎えに現れた王太后さまと挨拶を交わす。馬車から降りようとしていたフェリシラさまに手を差し伸べる殿下。ああ、絵になる。
「大伯母さま。お招きいただきまして、光栄ですわ」
「フェリシラ、アナタも息災のようね」
「はい。おかげさまをもちまして」
フェリシラさまをにこやかに迎え入れられる王太后さま。やはり、お二人の結婚を望んでおられるという噂は本当らしい。
(……よし。周囲に問題ナシ)
祖母と孫、そして又従兄妹で恋人という、和やかな雰囲気の周囲を見回し確認する。
さり気なく配置した護衛の騎士たち。その背が、この幸せな空間を取り囲んでいる。
「一度、アナタたちとゆっくりお話がしたいと思ってましたの。さあ、こちらへ」
スッと案内するために差し出された王太后さまの手。従う殿下とフェリシラさま。
彼らの移動とともに、私たち「壁」も移動。
(うわ、ここもすごい……花っ!)
王宮の庭園に引けを取らない、花々に囲まれた離宮の四阿。
バラと競うように咲いたクレマチスが、瀟洒な四阿の柱に絡みついている。薄紫のクレマチスと、薄桃色のバラが互いに妍を競い、補い合い、華やかさを増している。
その四阿の周囲、花に紛れるには少しごつすぎる、花に似つかわしくない無粋すぎる男たちが空間を取り囲む。
う――ん。ミスチョイスだから、ちょっとあの辺りは、せめて天使の大理石像とかにしておきたいんだけど。そうすれば、この美しい空間に華……は添えられなくても、溶け込むことはできるのに。
ま、非常事態だし。護衛だし。無理は言うまい。
かく言う私も、大理石像にチェンジしたほうがいい存在だし。
四阿の入り口近くに陣取り、殿下たちに背を向けて立つ。
四阿で席に着かれたお三方。
王太后さまの侍女だろう。これまた丁寧な手つきで、皆さまの前に紅茶を用意し、頭を下げて、四阿の端までそのまま下がる。
「ねえ、フェリシラ、殿下。単刀直入に話をさせていただくわ」
花々の香りに紅茶の香りが混じる。
「アナタたち、お互いのこと、どう思っていらっしゃるの?」
ピクリ。
王太后さまのご質問に、私の耳が少しだけ大きくなった……気がする。
「素晴らしい方だと思っていますよ、お祖母さま」
なぜか、殿下のお言葉に胸がドキドキしてきた。
「僕の身の危険を案じて、こうして一緒にいてくれる。とても優しく勇気ある女性だと」
「殿下……」
恥じらうような、フェリシラさまの声。
おそらくきっと、頬を染めてうつむいていらっしゃるんだろうな。
背中越しに、軽く聞こえた衣擦れの音から、勝手に想像する。
「わたくしも殿下のことを、素晴らしい方だと思っております。刺客などという、卑怯で愚劣な者を怖れることなく立ち向かわれるそのご勇姿。王者にふさわしい、尊敬に値する方だと、常々思っております」
「そう……。それはとても良いことね」
カチャリと、食器が軽く音を立てた。おそらくだけど、王太后さまがカップを手に取られたんだろう。
「では、ナディアード殿下、フェリシラ嬢。アナタたちに夫婦となって、共にこの国を支えていくことを命じます」




