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15.行方知らずの大暴走

 「まっかせなさ~い♡ 今度も最高のドレスを仕立ててあげるわよん♡ 楽しみにしてなさい」


 「ありがとうございます」


 ドーンっと胸を叩いてみせたナタリーさん。普通、女性なら、そこまで力いっぱいに胸を叩いたりしないわよね。やっぱり男なんだな、ナタリーさん。


 「ん~、でも、この間のヤツ、もったいなかったわね。せっかくあれだけ似合ってたのに」


 ナタリーさんが少しだけ眉根を寄せた。

 以前の舞踏会用に仕立ててもらったドレスは、残念ながらシミが残ってしまった。ただのお酒ならキレイにしみ抜きできたらしいけど、毒が混じっていたからだろう。洗っても、すべて落としきることは難しかった。


 「あの、前のドレス、お代は支払わせていただきますので……」

 「ああ、いいのよ。全部、ナディが支払ってくれるから。アンタはなんにも気にしなくていいの」


 ニッコリ笑って、グイッと鼻頭を押し戻される。


 「ナディがね、アンタを着飾りたくてしかたないんだから、言われるままに甘えておきなさい」


 い、いいのかな、それで。

 まあ、あのドレス一着だけで、私の月のお給金全額吹き飛びそうなお値段しそうだし。それを何着も私が購入するとなると……。ここは素直に支払っていただくほうが身のためかもしれない。


 「それで? 次に仕立てるのに、なにか希望はある?」


 希望? ドレスに?


 「では、もう少し武器を潜ませることのできるデザインを希望してもよろしいでしょうか」


 「は? 武器?」


 「ええ。殿下の御身をお守りするために、武器が必要なのです」


 とっさのときは身を呈してお守りする。けど、できれば武器を手にして戦いたい。そして刺客を完膚なきまでにノしてやるのだ。

 

 「前回は、長手袋の中に短刀を潜ませておきましたが、それ以外にもっと――プヒッ」


 思いっきり鼻をつままれた。


 「アンタねえ。仮にもドレスを着て何するつもりなのよ」

 

 いや、ドレスを着たって護衛は護衛なんですってば。

 ジャッと広げると円形の簡易盾になる鉄扇とか。ふくらはぎにでも巻いて忍ばせておける短剣とか。髪留めのヘアスティックがそのまま長針になってたら最高なんだけど。

 できれば、いざって時にパッと腰の切り返しのあたりでスカート部分が外れてくれると、動きやすくて助かるんだけど。


 「まったく。世の男どもが放っておかない、最高の美人になれるポテンシャルを持ってるくせに、それを全然大事にしないんだもの。今だって、どうせ胸、押さえ込んでるでしょ」


 うっ。それは……。

 

 思わず視線をそらしたくなる。(そらしてないけど)


 でも、大きいまま押さえ込まないと、メッチャ邪魔なんだもんっ! 揺れると走りにくいし、足元見えないし。剣さばきに支障が出る!


 「騎士として、護衛として頑張るのはわかるけど。もう少し美しく着飾ることも覚えなさい。でないと、ナディがかわいそうよ」


 殿下が? かわいそう?

 ブサイクな護衛を連れてると、殿下のイメージダウンになっちゃうから……なんだろうか。


 「ま、いいわ。アンタの意見も多少は加味した最高のドレス、作ってあげるわよ」


 「お願いいたします」


 あ、もちろん、靴にヒールはナシの方向で。走りにくいし、踏ん張りがきかないことこの上ないから。


*      *     *      *


 殿下の執務室を訪れる人物はかなり減った。

 必要ない人物は部屋に入れない。

 不用意に近づく者は、容赦なく排された。部屋の周囲を見回る衛士も増員され、扉の前に立つ歩哨も増えた。

 毒殺も用心して、ご令嬢方の差し入れも止められた。お食事はすべてライナルがお毒味してからということになった。


 「ちょっと息がつまるね、これは」


 「ですが、御身をお守りするためです。ご了承ください」


 「わかってるよ。でも、ね……」


 ライナルの言葉に嘆息される殿下。

 ああ、その憂い顔。たまりません。

 刺客は地獄に叩き落としても余りあるほど憎い存在だけど、その憂い顔を観れたことは僥倖だと思う。超希少。(しっかり心に焼きつけておきます)


 そんな殿下の護衛、警戒態勢。蟻の子一匹入るすき間はない……と言いたいところだけど。


 「殿下。どうしてもお会いしたくて、こうして参りましたの」


 たった一人だけ、警戒網を堂々とくぐり抜けてきた人物がいた。


 「……フェリシラ殿」


 そう。殿下の又従兄妹君、フェリシラ・ローゼ・ソフィニア・デューリハルゼンさま。

 王族のお血筋にある、彼女の訪問を妨げることのできる護衛などいない。


 「殿下のお命が狙われてる。そう伺いまして、わたくし、居てもたってもいられなくなって……」

 

 フェリシラさまが不安げに柳眉を曇らせる。


 「わたくしなど、殿下の足手まといになる。わかってはおりますが、どうか、おそばに置いてくださいませんか?」


 お願い。祈るように、細い指を絡ませて殿下を見上げるフェリシラさま。


 「少しでも、殿下をお守りしたい。お力になりたい。そう思っておりますの」


 「フェリシラ殿……」


 その真摯な眼差しに、殿下が言葉を失う。


 護衛、警護の観点から言えば、フェリシラさまが殿下のおそばに侍るのは、あまりよろしくない。正直、足手まといになるし、護衛対象が増えて、警備をさらに厳しくしなくてはいけなくなる。いざって時に、殿下だけじゃなく、フェリシラさまもお守りしなくちゃいけなくなるからだ。

 それに、下手にそばにいたことで、敵にフェリシラさまを人質にとられる危険もある。そうなったら、殿下も護衛の者も厳しい選択を迫られることになる。

 守りたい、力になりたいと言うのなら、離れていてくださった方が助かるのだけれど。

 

 「いざとなればこの身を挺して殿下をお守りいたしますわ。ですから、どうか、どうか……」


 殿下が軽く目を閉じる。

 そして――。


 「わかりました。僕のそばにいてください。フェリシラ殿」


 うん。まあ、そうなるよね。

 同性の私だって「仕方ないなあ」ってなるもん。フェリシラさまの健気で一途な想いを知って、「ダメ」って言える殿方はいないよね。逆に「そんなに俺のことを?」ってドキンッてなっちゃうよね。うん。


 殿下のお言葉に安堵されたのか、フェリシラさまの肩から力が抜ける。顔も晴れやかに喜びが広がっていく。


 うう。メッチャお可愛らしいです~~~~っ!

 その健気さ、そのクルクル変わる表情。

 私が男だったら、絶対ムギュ~ッ!!って抱きしめてるわ。


 「ただし、無茶なことはなさらないこと。僕から離れないこと。これだけは約束してください」


 「ええ。お約束いたしますわ」


 「アナタのことは、この僕がお守りいたします」


 さながら、どこかの舞台のような一場面。

 これで、オーケストラがドラマチックな音楽でも奏でてくれれば完璧なんだけどな。

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